926 S級昇格試験本戦:ピラミッド編
うーん、ヤバい。
本日農場で開催中のS級冒険者昇格試験。
試験本会場三ヶ所のうち二ヶ所回って持った感想がコレ。
ヤバい。
何がヤバいかって言って、まったく試験のていを成してない。
ただひたすら各ダンジョンのヤバさに冒険者たちが翻弄されるのみ。
エグいって。
だって各ダンジョンに陣取っているのは先生とヴィール。
世界二大災厄のそれぞれが固めるところに突っ込んでいけなんて『死ね』と同義かと思われる。
そんなわけでここまで俺が見学してきた二ダンジョンは散々たるありさまだった。
これでもう家に帰って夕飯の支度でもしようかと思ったが、まだ最後に一つだけ見てないダンジョンがあるんだよな。
でも待て?
そのダンジョン俺にまったく心当たりがないんだが?
農場にあるんだよね?
でも我が農場近隣にあるのは先生のとことヴィールのとこの最大二つと昔から相場が決まっている。
なのに三つ目って何?
俺の記憶が疑われている?
このまんじりともしない嫌な感じを払しょくするためにも、実際に確かめに行かねばなるまい。
一体、農場にある三つ目のダンジョンとは、何のことか?
実際、現地に到達してみてわかった。
そこにあったのは……ピラミッド。
「ああ、これか……!」
見たらすぐさま思い出した。
ピラミッドだピラミッド。
ピラミッドと言ったらエジプト名物のアレで、エジプトと言ったらピラミッドしかないと言っても過言だ。
そんなエジプトにしかないピラミッド……いや中南米辺りにもあるとかいう話も聞くけど……が、どうしてここ農場にあるのか?
それは遡って、かつての農場留学生……いわば農場学校第一期生の卒業試験。
その試験会場として使われたのがピラミッドだった。
わざわざそのために建設されてさ。
ピラミッドの正四角錐の形状が生み出すピラミッドパワーで様々な世界への扉が開き、色々な界隈の神様仏様が集って農場留学生たちの心技体を試したのだった。
……今となってはいい思い出よな。
そんなピラミッドだが、試験終了後も取り壊されずに保存された。
将来は俺のお墓になるらしい。ファラオかよ。
しかしそもそものピラミッドパワーが試験終了後も押し留まることなく、噴出して異界化。
空間を歪め無事農場三つ目のダンジョンが爆誕したんだった。
そうだそうだすっかり忘れてた。
そういえばダンジョン化したピラミッドにはシルバーウルフさんも踏み込んだんだっけ。
その内部に大変興奮していた様子を思い出す。
だったら知っているのも当然だ。
しかし俺はすっかり忘れていた。
いかんな物忘れは老いの足音。しっかり脳を活性化させて若さを保たねば。
しかしながら、このピラミッドこそ一番難易度低めの初心者コースではないの?
やっぱ他の二ダンジョンと比べて主がいないのが大きい。
主がいるかいないかでダンジョンの難易度は倍増するからな。
主がいないダンジョン=簡単。
そう考えていいだろう。
「はっはっは! そのように簡単に考えては冒険者には向きませんな聖者様!」
そんなことを言うのはシルバーウルフさん!?
今回の元凶!?
「日頃はたしかに主のいないこのピラミッドですが、今日のS級昇格試験に合わせて臨時に主役を招くことになったのですよ。先生が協力してくださって!」
ノーライフキングの先生がいたら大抵の無茶は実現する。
奇跡の大盤振る舞いお控えいただけませんか!?
「臨時の主役って……一体誰が?」
「なんでもかつてここで試練を与えた神仏の中から、暇な人が再来してくれるとかいう話で……何という名前だったかな?」
人じゃねえ神仏だ。
お願いします! できる限りマイルドな方ご降臨くださいませ!!
降臨するだけで世界の成り立ちが変わるようなそんな大層な御方、ご遠慮ください!!
* * *
『我は大威徳明王』
『我は降三世明王』
『我は軍荼利明王』
『我は金剛夜叉明王』
『我は不動明王』
『『『『『五仏合わせて五大明王』』』』』
……。
なんか一番ヤバいのがいる気がする。
鬼や悪魔も裸足で逃げ出しそうな憤怒の形相で、全員背中に炎を背負ってるから暑苦しいことこの上ない。
そんな魔神より上の存在が、一体だけでも気が遠くなりそうなのにさらに全部で五体。
ピラミッドの内部に居並んでいるから、その気迫だけで建物内が充溢してピラミッドが崩壊しそうだ。
もちろんそんな仏性を前にして、突入した冒険者たちはもう経験技術も関係なく吹っ飛ばされて魂も消滅しそうだ。
神仏の最高位にしてもっとも過激な教化身に人が接したらまあそうなる。
でもなんで五仏も群れになって押し寄せて来てるわけ!?
スケールがデカすぎやしませんか!?
『……我、かつてこの地に降臨せし縁にて再び呼ばれたり。まあ、たまたま暇だったので』
暇なの!?
『時間を超越せし我らは大体いつも暇なのだ。千手観音や十一面観音みたいに物理的にマンパワー増やしてるヤツもいるし。なので仲間も誘って皆で来てみることにした』
そんなカラオケみたいに!
そんな恐れ多いですよ! たかが人類の一組織の試験に五大明王が降臨とか!
世が世なら世界を作り替える儀式に使えそうじゃないですか!!
ホラもうピラミッドに突入した冒険者さんたちが一目見た途端戦意喪失してビビり散らかしてるじゃないですか!
「ドラゴン相手にも臆さないオレが……!」
「体が動かない……! 心がざわめく……!」
「出家します、仏門に帰依します……!」
気迫だけで冒険者たちを改宗させている!
やめて!
『しかしこの空間、やはり訪れるだけで力が漲るわ。何故かな?』
『ピラミッドなる構造体がマナを大きく吸い取り、かつ洗練しているからだろう。これがピラミッドパワーというヤツだ』
『そこに我ら五大明王が集うことでさらにマナの高次化が進んでいく』
『仏はある一定数集まるだけで宇宙を形成するからな』
『それが曼荼羅。つまりピラミッド明王曼荼羅……!』
何言ってるんです!?
いかんやっぱり新しい宇宙が形成されるぞ、もはやS級昇格試験どころの話じゃない!
誰か彼らを止めて!
しかし仏を止められるものなどこの世にもあの世にもいるものか!?
「ちょっとまつですー!」
いた!
何者!?
「ウチのシマで勝手しやがるとはいーどきょーですー!」
「ここが、あたしたちのシマだと知ってのろうぜきですー!?」
「シマにうるさいシマシマ団ですーッ!」
この可愛く間延びした声は……!
大地の精霊!?
可愛い女の子の形をした精霊たちが、厳ついオッサンの明王たちをたしなめている。
「こんなところでうちゅーをけーせーされたら、大めいわくですー!」
「びっぐ・ばーんで、すべてが吹っ飛ぶですー!」
「じちょうしろですー!」
と正論パンチで叱りつける。
『ううむ……たしかに軽率であった……』
「あたしたちのシマではあたしたちにしたがってもらうですー、それがじんぎなのですー!!」
よかった。
大地の精霊たちのお陰で新宇宙誕生は回避できたようだ。
彼女たちこそが真のピラミッドの主だったようだ。そう言えばピラミッドにこもって革命ごっこしてたこともあったな。
大地の精霊たちが五大明王を従えて、農場ピラミッドの防衛体制はここに完成した。
さあ、冒険者たちはS級となるためにこの難関を突破せよ。
「あたしたちこそが、だんじょんのあるじさまですー!」
「ごしゅじんさまですー!」
「げぼくのみょーおーさんたちが相手になるですーッ!!」
なんかすごい罰当たりなことしているきがしないでもないけど。
「みょーおーさんのソードがカッコイイですー!」
『これか? この剣は俱利伽羅剣といって人に巣食う三つの煩悩……即ち貪・瞋・癡を切り伏せ人を迷いから救い出すための……』
「うしさんにさわってみたいですー!」
『首の下を撫でると喜ぶぞ』
「おじさん、なに踏んでるです?」
『シヴァとパールバティだ』
もはや冒険者そっちのけでじゃれあう大地の精霊と明王。
そこへ迂闊に突入するわけにもいかず、ただその様を眺めているだけで時間は経過していくのだった。
結果、ここピラミッドでも突破した冒険者は一人もいなかった。






