925 S級昇格試験本戦:洞窟編
ヴィール山での冒険者たちはそんな感じで、結局中腹にすら到達することなくあえなく全滅していった。
難易度設定が雑、これに尽きる。
誰にもクリアできない設定にしておいて、それが真っ当な試験と言えるのか?
俺はこの感想により確信を深めるために、他のダンジョンも回ってみることにした。
「ジュニアも行こうなー?」
「いくー」
我が子と連れたって一旦山ダンジョンを離れ、次に辿りついたのは洞窟……。
先生のダンジョンだった。
* * *
「ほうう、これは……!?」
先生の洞窟ダンジョンへとたどり着くと、一種異様な光景が広がっていた。
ヴィールの方のダンジョン同様、S級冒険者昇格試験絶賛開催中となっているこの場所には、数多の冒険者が挑み悪戦苦闘のていを成している。
ただ、それに加えて……。
「えいえいー」
「頑張れ頑張れー」
それらを観戦し、あまつさえ声援すら送っている一団。
何?
歳の頃は十代で、チラホラ見覚えのあるその顔らは……。
「農場学校の生徒たちじゃないか?」
我が農場で運営されている、若い世代を教育し、未来を背負って立つエリートに育て上げようという機関。
……いや、先生の暇潰しという意味合いも強かったり弱かったりするが……。
はッ。
もしやこの状況先生に関わりが!?
『ホホホ、よくいらっしゃいましたのう聖者様』
先生!
噂をしたら早速登場!
このダンジョンのご主人!!
『せっかくなので生徒たちに見学の場を設けたのですよ。プロの冒険者の仕事ぶりを間近で見る機会など少ないですからの。これも彼らの後学になればと思いまして……』
さすが先生!
教育熱心!
こんな時まで教え子たちの指導を考えているなんて教育者の鑑だ!!
……そうか?
『では聖者様もいらしたところで、再び冒険者たちの動きを観察してみることにするかの』
「「「「「はい!!」」」」」
生徒たちいい返事するなあ。
しかも『観察』って……冒険者、アサガオみたいになってるじゃん。
『まず冒険者たちに注目。モンスターに出会うと一歩下がって様子を窺うのう。あれは相手の特徴能力を見極めつつ、罠を警戒しておるのじゃ。どんなときにも用心深く、それが最後まで生き残るコツじゃのう』
「なるほど!」
『冒険者は一見考えなしに飛び出しているようではあるが、実際には常に用心深くしたたかじゃ。ダンジョンなどの危険な場所において、用心深さこそが生き残るカギだということを知っておる。皆も心に刻むのじゃ、時に臆病さが、勇気に勝ることもあると』
「はいッッ!!」
マイペースに授業を進めておる先生。
そんな先生たちを横目にひたすらダンジョンを進まんとする冒険者たちだが……。
「「「「「「やりにくい……!」」」」」」
と顔に書いてあった。
そりゃあ毎秒隙間なく動作を観察されて、しかもそれを子どもらに余さず解説されてたらやりにくいことこの上ない。
「なんかもっとサービスした方がいいかな? 必殺技見る?」
「あれはそう……オレがまさに『死んだ』と思えるような過酷な体験で……」
冒険者たちの気が散りまくっている!?
おいコラもうやめよう!
冒険者さんたちだって自分たちの人生懸けてS級昇格試験に臨んでいるんだから、彼らの戦いに集中させてあげましょうよ!
そうだ先生! ここにおられていいんですか!?
だってアナタ、ここのダンジョンのラスボスでしょう!? ラスボスは一番奥でドッシリ待ち受けているもの!
そして『我が腕の中で息絶えるがいい!』みたいなカッコ怖いいセリフを決めてくるもの!
こんな入り口付近でコンニチワしない!
……というわけで先生、課外授業はこれくらいにしてラスボスらしく一番下で待ちましょう?
『ホホホホホ……、それなら心配ご無用ですぞ、この重要な日に備えて代役を立てておきましたからな』
代役?
『今日はそやつが、このダンジョンの主ですぞ。冒険者の皆々様もふるってソイツに挑戦し、一方的にボコボコにするとよかろうぞ!』
そんなことを呼びかけられて……。
「ノーライフキングの代役って何者だよ?」
「なんにしろまともに敵う気がしねえ。一方的にボコられるのこっちだって……!」
と戦々恐々している。
それ以前に、ラスボスからエールを貰えるダンジョンというのも他に類を見ないわけで。
「ノーライフキングって気さくすぎない?」
「あんないい人もいるんだ」
という声も上がっていた。
しかし先生の代役でダンジョンの主になっているヤツって……誰?
唐突に存在を明るみにされて俺も戸惑う。
俺の記憶から検索するに……、ウチの農場の住人で候補に挙がりそうなのは……。
ゴブ吉とオークボ?
いや彼らはこっちに向かう途中に見たな。
主に農場での畑仕事に精を出していたが、まだ奥さんたちと新婚ラブラブが治まっていない。
時間経過で熱も冷めると思ったが、まだまだ全然熱愛中。
これ以上はさすがに問題なので何か対策が必要だなあとも思ったが、それは今考えることじゃない。
ほかに考えられる候補がいるとしたら……そうだ博士は?
先生と同じくノーライフキングの博士は、いつの間にか農場に住み着くようになった猫。
同じノーライフキングであれば親和性もあることだろうし、あるいは農場からずっと離れた不死山に住むノーライフキングの老師にお願いするとか?
仲よしだもんなあの人たち!
そんな予想を立てつつ割りとサクサク進んでいく。
先生は、ヴィールと違い今日のS級試験のために絶妙な難易度設定をしていて、冒険者たちも苦労しつつなんとかしっかり進むことができた。
そして最奥で待っていたラスボス代行が、ついに姿を現す!
その正体は……!
「……誰?」
俺のまったく知らない人がいるよ?
マジで誰?
ノーライフキングであることはたしかなようだがまったくもって知見がない。
他多くのノーライフキングがそうであるように白骨剥き出しの死体風味だが、貴族風の出で立ちでまあ上品な風格はある。
しかし初見の姿。
俺が忘れているわけじゃないよな?
ここ最近知り合いが増えたおかげですっかり油断していた俺に、不意打ち気味に投げつけられる誰彼クイズ!?
しかし俺が悩んでいる間に正解は冒険者たちの方から勝手に噴出した。
「ああ! あれはノーライフキングの伯爵!?」
「人間国のダンジョンに巣食い、侵入者をハンティング気分で追い回すという残忍極まりない不死王!」
「こないだ自然消滅したって発表があったのに、何故ここに!?」
ふーん、知らない人だ。
だったら俺が答えられなくたってセーフ。
多分すべてを知るお人である先生はマイペースに、その伯爵さんとやらに向けて……。
『ほれ、しっかりキリキリ働くんじゃぞ。せっかく一時的に封印を解いてやったチャンスを生かすも殺すもお前次第じゃ』
『ははッ! 粉骨砕身精励させていただきます!!』
なんか伯爵さん、先生に絶対服従モードですが?
一体二人の間に何が?
『いやはやもう何年前になりますかのう? 生徒たちの社会見学で外のダンジョンへ連れて行ってやったのですが、そこで主をやっているコイツがあまりに悪辣なので世のため人のために成敗することにしましての』
「ちょっと待って!? じゃあ伯爵が消滅したのって自然じゃなくてこの御方の仕業ってことぉ!?」
冒険者の一人が驚愕している。
『厳密にノーライフキングを消滅させる手段はありませんので永久封印に留めていただけですがの。本日はコイツに打ってつけの役どころがあったので一時的に封印を解いてやったというわけですじゃ』
そんな気軽に言う。
『改心の兆しが見えるなら、本格的に封印を解いて元のダンジョンに戻してやってもよいぞ? さあ気張ってラスボスを演じるがよい。凶悪に獰猛に、挑戦者たちに一生心に残る恐怖を植え付けつつ、死者は一人も出してはならん。子犬を扱うように繊細に慎重に戦って、ちょうどいい塩梅でリタイヤさせるのじゃ。あとお土産も用意できればなおよいの』
『注文が多い!!』
しかし伯爵さん、釈放の千載一遇の好機とあって必死にラスボス役を演じる。
その様を見る冒険者たちは……。
「確認される中でもっとも残忍非道と恐れられるノーライフキングの伯爵をビビらせて、アゴで使うなんて……!?」
「もしかして、あの先生ってノーライフキングこそ最強……!?」
「少なくとも伯爵の十倍以上は強い……!?」
結局、農場洞窟ダンジョンでの試験は、受験者そっちのけで先生の恐ろしさが語り継がれるイベントとなってしまった。
【備考】
伯爵については『345 不死伯爵』参照






