924 S級昇格試験本戦:山編2
二分と経たず、ヴィールの山ダンジョンの裾野には冒険者たちの死屍累々が広がるばかりだった。
彼らもS級には及ばぬものの、冒険者ギルドを代表する猛者たちであるのだろう。
それが第一ステージでまったく歯が立たぬとは。
『聖者様、聖者様!』
『ボクたちついに、狩る側に回れましたよ!』
戦いに勝利した角イノシシたちは嬉しげだ。
こんな時、どんな言葉をかけてやればいいものか?
「は、はは……!」
空笑いが漏れるのみだった。
対してブチのめされた冒険者たちは命こそ別状はないものの……。
「オレたちがスクエアボアごときにまったく歯が立たないなんて……!?」
「聖者のダンジョンでは、モンスターの個体そのものが他ダンジョンとまったく違うって言うのか……!?」
ノックアウトされながらもショックの言葉はとりとめもない。
彼らはどうなってしまうんだろう?
もうリタイアで、強制失格?
『よぅし! このまま聖者様にも挑戦だ!』
『今の勢いなら聖者様にも勝てそうな気がする! 三千世界を越え抜いた先に勝利という名の涅槃を見つけよぉーーッ!!』
角イノシシたちが俺へ向かって猪突猛進。
愚かなイノシシたちだ。少しの成功体験で俺に勝てるだなどと思うなんて。
俺は腰に下げた邪聖剣ドライシュバルツを抜きはなって、あとは手にしたものの性能を百倍にする『至高の担い手』でもって……。
「とんとん豚汁剣!」
『『『『『『ぶげぇえええええええええッッ!!』』』』』』
一刀一振りでもってあえなく散った。
『さすがは聖者様……!』
『どうか美味しいステーキにしてください……ガクリ』
一度にたくさん獲りすぎたからハムにでもして保存しておくかな?
「ぱぱすげー、ぱぱー」
ジュニアにも父親の威厳を示すことができたぜ!!
「あの強力なスクエアボアの群を……真正面から叩き潰した……!?」
「一体何なんだ!?」
と倒れたままの冒険者たちは困惑気味。
そこへ……。
「我が君ー、調子よさそうですなー」
後方から声がすると思ったら、ウチのオークゴブリン軍団じゃないか。
どうしたんだこんなところへ?
「いつも通りモンスターを狩りに」
「催しの間でも農場の運営は変わりませんので、今日は保存食用の肉を確保しに来ました」
それはいつもご苦労様。
ここに俺が蹴散らしちゃった肉があるので持ち帰って加工してくれない?
「承知!」
「我が君が先に屠ってくれて手間が省けました!」
などと言ってテキパキイノシシたちを運んでいく。
『嫌だぁああああッ! ステーキになりたいぃいいいッッ!!』
『ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ、ハムは嫌だ……!』
『せめてプロシュートにしてくれ……!』
一方、ボコボコにされた冒険者たちは……。
「ひぃ!? オークやゴブリンまで!?」
「おしまいだ、この状態で襲われたらひとたまりも……!!」
と死を覚悟する様子だったが。
「おや、そこの方々大丈夫ですか? 山は危険ですからね、何が起こるかわからない」
「へッ!?」
「こんな時のためにガラ・ルファ先生から預かった万能薬がありますのでどうぞ。非常食も持ち歩いていますからね」
ウチの農場のオークゴブリンは優しいのだ。
そして彼らが携帯する薬や食料は、いずれも農場謹製の優れものなので食べた瞬間全快する。
「うおおおおおおおおおおおッ! 漲るぅううううううううううッッ!!」
「これならダンジョンも楽々クリアだぜぇええええええええッッ!!」
また言ってる。
ヴィールのゴンこつラーメン食った時も同じこと言ってたよね。
そしてブチ上がったテンションのままに突進して……。
奥に現れたモンスターにボコボコにされた。
「ぐお……また変則的な動きを……!?」
「このダンジョン……今までの常識のすべてが通じねえ……!」
学ばない人たちだなあ。
「我が君」
「あれオクトーバー、まだ帰らないの? 角イノシシいっぱい仕留めたのに?」
オークの一人に言う。
「はい、今日はもう少し先まで進むつもりでしたので……。あの方たちはどうしましょう?」
復活させても秒でボコボコにされる冒険者たち。
あれでは薬や食料がどれだけあっても足りない。
「まあテキトーに放っとくといいよ。傷ついても自力で帰れる体力はあるだろうし。キミらは自分の仕事に専念してオールオッケー」
「ははっ承知!」
こういうところウチのオークゴブリンたちは素直でいい。
俺たちは俺たちの生活を支えなきゃならんということで、ガンガン山の奥へと分け入り出てくるモンスターを狩っていくが……。
「……」
ん?
あッ、冒険者の一部がオークゴブリンたちの最後尾にくっついている!?
そして彼らと一緒に移動して……。
オークゴブリンたちがモンスターを蹴散らしていく背後を続いて無傷で進もうとしている。
「待った待った待った待ったーーッ! それ反則! 反則です!!」
それ明らかなパーティ寄生だろ!
仮にも最高冒険者を決める試験なんだから最低限自力で進めや!!
「な、何を言う! これこそ環境を利用した機転じゃないか!」
「危機を突破するのに知力は不可欠! これこそまさにS級冒険者に必要な力! まさしく環境利用闘法!」
もっともらしいこと言って煙に撒こうとしやがって……!
しかしこれはまさしくルール違反に違いない。
ウチのジュニアの教育にも悪いし、とっとと訴えて運営に排除してもらわなければ……。
「まあまあ、ここは一緒にダンジョンをクリアするために協力しねえか?」
ん?
冒険者の一人が馴れ馴れしく俺に手を回してくる。
「……何か?」
「パーティ組もうってことだよパーティ。ダンジョン攻略でパーティ組むのは鉄則だろ。現場で顔合わせた相手と即組んで、どれだけの連携ができるかもS級に相応しいかどうかの判断材料だろう?」
はあ。そうかも知れませんが。
「じゃあパーティ成立ってことで、早速お前、先頭を進んでくれよ。モンスターが現れたら捨て身で突っ込んでけ。その間にオレたちは進むからさ」
……。
それはただの囮というんでは?
「あぁ? 文句あんのか? このオレがS級になれる手伝いをできるんなら本望ってもんだろ」
「ずるはだめー!」
おおッ!?
会話を聞いていたのかウチのジュニアが義憤を振りかざしておる!
たしかに彼のしていることはズル以外の何物でもないが発言は慎重にするんだジュニア!
正論ほど相手を苛つかせるものはない!
「おお? 何だこのガキは! ここはS級冒険者を決める神聖な試験場だぞ。生半可なガキがしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
粗暴な冒険者がウチのジュニアへ手を伸ばそうとする。
その手で何をする気だ!?
いずれであろうとウチの子に指一本触れさせない。必要とあらばその腕を斬り落としてでもジュニアを守ると動かんとしたが、その前に……。
ドスンと地響きがした。
『何をしている……!?』
いつの間にやら背後に、ドラゴン形態のヴィールが。
『真面目な試験というのでおれのダンジョンを使わせてやってるっていうのに……。目的そっちのけで遊び惚けるとはいい度胸なのだ……!』
「え? なんでここにドラゴンが……!?」
『それだけでなく、よりにもよってジュニアを苛めようとはな。どうやら死にたいらしいのだ。逆鱗がもともとは竜にあるものだってことを思い知らせてやるのだー』
そう、このダンジョンは最奥だろうと手前だろうとどこにでもラスボスを発生させるスイッチがあったんだった。
それこそがジュニア。
哀れズルでもってS級になろうとした冒険者は、ここで失格となった。
死ぬほど怖い目にはあったが死にはしなかったと言っておく。
きっと予備試験でも同じようにズルして突破したんだろうなあ。