923 S級昇格試験本戦:山編1
さあ、こうして始まりましたS級冒険者昇格試験in農場。
この試験に挑戦する若人たちは、ウチの農場にある三つのダンジョンをクリアすることで栄光の未来を掴むことができるのです。
皆、一様にやる気にギラつく表情を……してない。
心を折られたような憔悴した顔色だ。
なんで?
「そりゃあ、初っ端にノーライフキングとドラゴンを見せつけられちゃ勝つ気も吹っ飛ぶでしょ」
プラティがまた淡々と言っている。
「調子に乗る時間すら与えず最初の一撃で仕留めに来るなんて、さすがS級冒険者はえげつないわね。こんな風にして合格者を出す気なんて本当にあるのかしら?」
「もちろん、誰も合格者を出さない無意味な試験で、聖者様の膝元を騒がせるなど無礼なマネはできませんよ」
プラティの独り言を拾うかのように、壇上から降りてきたシルバーウルフさんが言う。
「これもS級冒険者に必要なものの有無をたしかめる一手です。冒険者には能力よりも知能よりも、どんな困難が立ちはだかったとしても諦めずに進める精神力こそがS級には必要」
「引き返す勇気も重要なんじゃない」
たとえ目指すものの最奥に絶対勝てないバケモノが待ち受けているとしても、歩むのをやめない心の強さがあるかどうかをあの一手で見極めたわけか。
たしかに大半の冒険者はゲッソリして『もう帰りたい……』と顔に書いてあるが、一部には……。
「ヒャーハハハハハ! 主ありダンジョンなんてイカしてるじゃねえかあああッッ!!」
「主のいるダンジョンは宝の山だからなああああッッ! 拾える素材も出てくるモンスターも一級品だぜヒャッハーッ!」
「聖者の農場のダンジョンともなりゃ、これぐらいでなきゃなああああッッ! 一日一善!」
とテンションアゲアゲの冒険者も中にはいる。
「……まあ、S級冒険者ともなれば主ありダンジョンにも果敢に入ってかないといけないんだし、ここでビビッてるようじゃ、たしかに目はないわね」
プラティもなんか認めた。
そして受験冒険者は早速三方に分かれて散っていく。
主催者側が示したダンジョンへと向かっているんだろうが、中には戦わずしてギブアップを唱える人たちもいた。さもありなん。
「……さて、じゃあ俺も行くか」
「行くってどこに? アタシたちと母屋に帰らないの?」
プラティ、次男を抱っこして言う。
「いや、俺は受験生に紛れてダンジョンに潜ろうと思う」
さっき聖者として大々的に拍手された俺だが、影の薄さだけには相応の自信がある。
きっと紛れたところで名も知らぬ受験生と見られて目立つことはあるまい。
「何故そんなことを?」
「だってホラ、ジュニアいるじゃん」
何故かジュニアは昂然とやる気で、群れに交じってダンジョンへ向かっていく。
ジュニアがただの五歳時ではない……バイタリティと生存能力については春日部在住の同年齢と比肩するレベルではあるが、さすがにだからと言って上位冒険者たちがたむろする修羅場に向かわせて何の心配もしないほど俺も肝っ玉の据わった父親ではない。
「かといって無理やり連れ帰るのも可哀想だし、俺も一緒についていって見守るのが一番いいと思った」
「親バカねえ旦那様も」
何とでも言うがいい。
俺は子どもたちの笑顔のためなら神をも殺す男だ。
「わかったわ。じゃあアタシは母屋に戻って、万一居住区に侵入しようとする輩がいたら焼き尽くすんで旦那様も安心してジュニアを見守っていて」
「そんなトラブルになったら私が腹かっ切らないといかんのですが」
シルバーウルフさんが心配そうに言った。
ともかく俺はジュニアの無事と楽しさを保障してアイツの影となり見守ろう。
ジュニアはどこに行こうとしているのか?
山か。
* * *
山ダンジョンはヴィールの領域。
最強ドラゴンである彼女によって支配されたダンジョンは、その魔力も手伝って広域化しており。
構造も多重化していて攻略するならなかなかの歯応えがあると思う。
「おおー、ここが聖者様の支配するダンジョンの一つ……」
「他の山ダンジョンよりも穏やかな感じだぜ。さすが聖域ってことか?」
侵入した冒険者たちも、その雰囲気に圧倒されている。
ハハハ、どんどん言ってくれたまえ。
ただ、途上の歯応えが硬かろうと柔らかかろうと、最後に控えているボスキャラの強度でなんも関係なくなってしまうものだが。
『おおおおおおおおおおッッ! ジュニアよくきたのだーッ!!』
三組に分かれてダンジョンを目指した者たちの一組……山ダンジョン組は入り口に差し掛かる傍からラスボスの熱烈歓迎を受けることになった。
接近した段階で恋しいジュニアの来訪を察知して、自分から飛来してきたんだ。
『さすがジュニアはお目が高いのだなあああああッッ! おれのところに一番最初に来るなんて、おれのことがそんなに好きなのかあああああああッ!』
「いちばん攻略しやすいところから、きたー」
『なにぃいいいいいいいッッ!?』
一番やりやすいところからとっかかっていく。
ジュニアはダンジョン攻略の基本を押さえているようだった。
『ま、まあいいのだ。貴様らおれの支配するキング・ドラゴン・マウンテンへようこそなのだ! おれ様こそはご主人様第一のしもべグリンツェルドラゴンのヴィール!!』
そんな名前だったっけお前のダンジョン?
『ここへ一歩でも足を踏み入れたからには、お前たちの命はないものと心得るのだ! 心づくしのサービスで一生の思い出をプレゼントしてあげるのだーッ!!』
殺意とサービス精神両方高いのやめろ。
こうして俺たち(?)はS級冒険者とも昇格試験、一つ目の関門へ挑んでいく。
いや、俺たちには何の関係もないはずだったんだが?
『さてでは、おれの山に登ろうとするヤツにはまずメシを振舞ってやるのだ! 腹が減っては高楊枝というからなー!』
そう言ってヴィール、何らかの呪文を唱えると、訪れた冒険者と同じ数だけ空から降ってくるラーメン碗。
それぞれの手にしっかりキャッチされ、内からホカホカの湯気が立った。
「ゴンこつラーメンじゃねえか」
もはや恒例の。
先日のインスタント麺騒ぎで相当消費できたと思ったんだが、まだ使い切ってなかったんか!?
『しかたねーのだ! シードゥルのヤツが定期的に送ってくるから使っても使ってもなくならないのだ!!』
ともかく他の冒険者は食ってもジュニアだけには食わせるわけにはいかねー!
ジュニア! ペッしなさい!
ゴンこつスープは二十歳になってから!
「だ、ダンジョンに入るのにドラゴンから勧められた料理を食わなきゃいけないなんて……!」
「これが聖者の農場のダンジョン……!?」
試験を受ける冒険者たちは戸惑いながらもラーメンをズズズとすする。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「漲るぅうううううううううッッ!!」
そしていつも通りの調子になった。
「ふはははははッ! これだけ力が湧いてきたら主ありダンジョンだって楽勝だぜ! パパっと三タテしてS級冒険者になってやらぁ!!」
いかにも開始三秒で殺されそうなモブみたいなセリフを吐いて進む。
もう既にここはヴィールの領域、山ダンジョンの入り口ともいうべき第一層だ。
その刺客ともいえるモンスターたちが現れた。
冒険者たちの進路を阻むかのように湧き出してくる。
「あの角のあるイノシシは……スクエアボアか!?」
「しょうもねえ! スクエアボアなんてその辺のダンジョンにも出てくる有り触れたヤツだぜ! ザコは一層してとっとと次のフロアへ進んでやらあ!!」
冒険者たちは威勢よく、現れた角イノシシへと対処していく。
ヤツらは農場の優秀なタンパク源なので、できることならお肉を無駄にはしたくないんだけれど。
でもきっと、S級昇格=ダンジョン突破だけを念頭に置いた冒険者たちは倒すだけ倒して捨て置いて登っていくんだろうなあ。
「イノシシ系モンスターなんて簡単だぜ! 真っ直ぐ突進してくるだけなんだからなあ!」
「動きをじっくり読んで寸前でかわし、すれ違いざまに急所を突く! それだけで勝利だ!!」
さすが予備試験を突破してきただけに優秀な冒険者たちのようだ。
考えるまでもなく攻略法を算出し、その通りに身体を動かす。
猪突猛進の直線軌道を容易く読み切って、回避&カウンターの一撃を決めようとした瞬間……。
「ぐべふッ!?」
吹っ飛んだのは冒険者たちの方だった。
激突の寸前で角イノシシたちが軌道を変えてきたのだ。まるで平仮名の『ち』でも描くかのように一回引いて側面からドン。
惚れ惚れするほど美しいフェイント。
しかもそれは一ヶ所で起こるでもなく、あちこちに群出した角イノシシと冒険者たちによって繰り広げられている。
いずれも角イノシシたちのセオリーを無視した不規則もしくはフェイントムーブによって冒険者たちが翻弄されているんだ。
「おがぶッ!」
「バカなスクエアボアがこんな動きをしてくるなんて!?」
「オレの冒険者として積んだ十年の経験が通じねえ!?」
そうか。
この山の角イノシシたちは、毎日俺たちによって狩られて食われ、輪廻転生を繰り返すことによって魂の段階が上がっている。
よって知能も上がり、フェイントを絡めた変幻自在な動きができるんだろう。
S級昇格試験。山ダンジョンの部は入り口から全滅ムードであった。






