921 試験当日
はい、ある記念すべき日の俺です。
かつて農場がここまで賑わった日があったであろうか?
本日の来場者数三百人(主催者発表)。
冒険者ギルド及び農場共催、S級冒険者昇格試験in農場ダンジョンの開催です!!
「聖者様……本日はお話を受けてくださり改めてありがとうございます……!」
そう礼を言いにくるのはシルバーウルフさん。
S級冒険者にして、冒険者ギルドを統括するギルドマスターの地位にある人だ。
「今日の試験が実現したのも聖者様が、こちらの提案を快く受け入れてくれたことがすべて。感謝に堪えません!」
「やめてくださいよー。そう言って今日まですっとお礼し通しじゃないですかー」
シルバーウルフさんが話を持ってきた時はビックリしたがな。
彼の現役引退にまず驚いた。
シルバーウルフさんは冒険者の顔のような存在だから、いつまでも現役であろうと漠然と思っていたから、まあそんなわけないのに。
物心ついた時から大御所だった芸能人の訃報を聞くような心境であろうか。シルバーウルフさんは死んでないけど。
それもアレなことながら、シルバーウルフさんの退いた空席を埋めるため新たなS級冒険者を選び出す試験を行うのにもビックリ。
しかもその会場に、ここを使いたいなんて……。
『ここ』ってどこ?
ここ。
農場だよ!!
「シルバーウルフさんが訪問してきた時には一体何事かと思いましたけれど、まさか会場使用の許諾申請とは……」
「ずっと思っていたのです! 農場で大きな冒険者活動はできないものかと!!」
シルバーウルフさん力説する。
頼み込みに来た時も、こんな感じだった。
「農場は、実に凄まじい場所です! 普通の世界にはないものが溢れかえっていて、それだけで冒険者魂を刺激される。未知のもののに触れて心躍らない冒険者はいない! そしてそれだけでなく、冒険者にとってもっとも冒険心をくすぐられる超優良ダンジョンが三つも隣接している!」
三つ?
……いや、まあいいや。
「これを何らかの形で利用したいと冒険者なら思うであろうか! いやない!」
「シルバーウルフさん、興奮のあまり反語に失敗してますよ」
「これが私のS級冒険者としての最後の偉業! この農場の最難関にして実り多いダンジョンで、過去最高の冒険者イベントを執り行う! それをもって私の現役の花道としたい!!」
左様で。
まあ、そんなにまで評価されるのも悪い気はしないので、俺も二つ返事で申し出を受け入れてしまったんだが。
案外おだてに弱い俺。
そんなこんなの経緯で開催されることとなったS級昇格試験in農場。
既に所定の位置には、未来のS級を目指す新進気鋭の若手冒険者たちでごった返している。
「安心してください聖者様。参加者には、指定範囲から外れることは厳に禁じています。違反すれば即失格。冒険者資格の剥奪も仄めかしてありますので不逞の輩が聖者様の居住区などに侵入することはまずないでしょう」
「そこまで気を使ってもらわなくても……!?」
「とんでもない! 善意でこちらの施設を使わせてもらっているのだから、これぐらいの配慮は当然です!」
気配りが足りているシルバーウルフさん。
だからこそ冒険者というアウトロー寄りな職業にいながらギルドマスターの座に就くこともできるんだろう。
そんなシルバーウルフさんもいよいよ現役を去る。
彼のあとを継ぐ者が、果たしてあの三百人の中から現れるのだろうか?
「しかしまあ、たくさん集まりましたねえ?」
「これでも絞った方ですよ。受験者の気概を試そうと参加条件を一切なしにしたら、最初四千人も集まりましてね。やむなく予備試験を行わなくてはならなくなりました!」
よんせんにんッ!?
いや参加条件なしって、そんな開けっぴろげにしたらそれこそ希望者が雪崩れ込んでくるでしょうよ!
「それでもまさか冒険者でもない素人までもが参加してくるとは……。そういうのは各地の主要ダンジョンで実力を計り、しっかり脱落させてやっと絞れたのが、この三百人です。既に一度試練を乗り越えているから顔つきが違うでしょう?」
……素人の俺にはよくわからない兆候ですが。
まあ、とにかくさすがに四千人も来られたら農場もパニックになってしまうので、あらかじめ篩ってくれたシルバーウルフさんの気配りに感謝だな。
こういうところが信頼できるので、彼の頼みともあれば許可したんだが……。
「かつてない騒がしさねぇー」
やはり賑やかすぎたのか、ウチの妻プラティが次男ノリトを抱えながら様子伺いに来た。
「今回意外なほど安請け合いしたわね旦那様。てっきりこんなにまで農場を衆目に晒すのは嫌がると思ってたんだけど?」
「うん、まあ……!」
たしかに最初の方針としては、のんびり静かに暮らしたくて農場の存在は秘密にしていたがなあ。
しかし魔王さんを始めとして、今では色んな人が出入りしているし。様々な人の努力で世界も平和になってよからぬことを企む人は、絶無ではないが限りなくゼロに近まっている。
そうした状況で、主催者であるシルバーウルフさんが最大限気を使ってくれるならいいかなって。
「ふーん、まあアタシはノリトと一緒に母屋の方にいるから。許可なく近づこうとする不審者がいたら魔法薬で吹き飛ばしてあげるから安心して?」
それは安心していいのか心配していいのか……?
「……ん? ノリトだけ? そういえばジュニアは?」
「ジュニアならホラ、あそこでS級昇格試験の受験者に交じってるわよ」
「はあッ!?」
よく見たら……ホントだ!?
受験者の群の中に、明らかに異質な五歳児がいる!?
その姿は見慣れた我が息子!
なんで受験者の中にいるの!? まさか……挑戦する気!?
「アナタに似てお祭り騒ぎ好きに育ったわねー。まあアタシの息子なんだから案外簡単にS級冒険者になっちゃうんじゃない?」
プラティそんな親バカな!?
いや、ウチのジュニアならありえるかも!? 俺も親バカか!?
それ以前にどうやってジュニアは受験者に紛れ込んだんだ!? 冒険者ギルド側は受験者の選考管理ちゃんとしてるの?
どうなのシルバーウルフさん!?
「うん? 書類上にない受験者が交じっていましたか? いやあこの人数になるとギルド側も俊敏に対応できなくなってしまい申し訳ないワッハッハ……」
今シルバーウルフさんへの信頼度が一気にダダ下がりになりました!!
このままウチのジュニアが一位でもとっちゃったらどうしてくれんの!?
マジでS級冒険者にしてくれるつもり!?
いや、親バカか。
「さて……それでは満を持して私が開幕の辞を執り行うとしますか」
シルバーウルフさん、たった今起こったトラブルはガン無視してイベントそのものを進行させる。
皆の注目が集まる、一段高い位置へと上がり……。
「あーあー、注目してほしい未来のS級冒険者たちよ。私はギルドマスターにしてS級冒険者のシルバーウルフ。しかし一方の肩書きはもうすぐ返上となる。そうS級冒険者の肩書きが……」
その瞬間、その場全体がしんみりとした空気に包まれた。
シルバーウルフさんの引退を、彼自身だけでなくここに集った全員が名残惜しんでいる。
ルールに縛られぬ荒くれの冒険者たちにここまで慕われるのがシルバーウルフさんの何よりの強みであると実感する。
「私が冒険者として実りある半生を送ることができたのは、冒険者ギルドあってこそだ。冒険者を支援する相互扶助の組織があるから私は、目の前の冒険に全力を集中することができた。冒険者ギルドこそ、冒険者という人種を数百年にわたって生き延びさせてきた宿り木だ」
ウンウン……と肯定する空気が聴衆から返ってくる。
何だこの一体感?
これは冒険者通しの連帯感が出すものか、あるいはシルバーウルフさん個人の人徳によるものか。
何故かジュニアまで一緒に頷いている。
お前知らないだろ冒険者の心得なんて。
「ゆえに私は冒険者ギルドへの恩返しのためにも、これからは一線を退きギルドの長として、組織を束ねキミたち現役を援護していきたい。今日のイベントはその手始めにして、現役冒険者としての最後の晴れ舞台だ」
「「「おおおおーーーーッ!!」」」
場が一気に盛り上がる。
なんだこの空気?
「私の現役最後にして、専任ギルドマスターとして最初の仕事は、私の後継者となる新たなS級冒険者を選出することだ。その意気あって集まってくれたのが今、私の目の前にいるキミたち。それで相違ないな?」
「「「「「おおおおおおおーーーーーッッ!!」」」」」
益々歓声が高まる。
「私が退いた席に座り、新たなるS級冒険者として栄光を掴み取る意志はあるか? 様々な大冒険を乗り越え、その名をギルドの記録に刻み込む覚悟はあるか? お前自身が冒険者の歴史となる心構えは?」
「「「「「あるぞぉおおおおおおッッ!!」」」」」
「あるぞー」
え?
今ジュニアも応えた?
「ではキミたちの野望に応えて今、開催する。S級冒険者昇格試験。この試験に見事耐え抜いき、乗り越えた者こそ……今日から新しいS級冒険者だ!!」
過去への決別、そして未来への希望を示され若者たちの野心に火がついた。
三百人も集められた実力たしかな冒険者たち。
この中でたった一人がシルバーウルフさんの抜けた穴を埋めるために新しいS級冒険者に選ばれる。
一体その栄冠を手にするのは誰なのか!?
「あー、言い忘れてたけども今回の試験でS級冒険者に選ばれる可能性があるのは一人だけじゃないよ」
え?