919 試験に呼応する者たち その三
オレの名はコーリー。
人族のようでいて……人族ではない。
いわゆる獣人という種族だった。
獣人が果たして人族なのかどうか、長い間議論は分かれてきた。
そもそも獣人がどうやって生まれてきたかというと、それは遠い昔に始まったことらしい。
今から数百年も前には、人族の間で『人と獣を合成させる魔法』というのがあった。
その魔法でもって生まれてきたのが、人でありながら獣の特徴を持った獣人。
獣人たちは獣の高い身体能力も持ち合わせるため、戦いでも有利になる。
そこで魔族との戦争にも利用されて、多くの獣人が生み出されて前線投入されたという。
獣の合成させられたのは多くが犯罪者。
罪の償いとして獣人化し、敵と戦って生き残れば許される……ということだったらしい。
実際に多くの獣人が生き残り、その子孫が脈々と引き継がれて今も存在している。
それがオレたち、今の世代の獣人だ。
獣人化の魔法は、今は失われて新たに合成されることもなくなったから世代を経るごとに少なくなっている。
現存する獣人はすべて何世代も前に合成された初期獣人の子孫たちだ。
血も薄れ、ほんの少ししか獣としての因子しか残っていないし獣人としてのパワー付加もごく僅かでないも同然の人とかいたり。
逆に先祖返りでほぼ獣のような姿に激しい野生パワーを備えた人もいる。
オレは血が薄れた方で、オオカミ獣人として生まれながら外見はほとんど変わらない。
精々犬のような耳と尻尾が生えているぐらいで、それ以外はまったく普通の人族と変わらなかった。
それでもオレが生まれた時家族は大混乱になったらしい。
オレの両親とも普通の人族だったから、父ちゃんは浮気を疑い、母ちゃんは否定して大ゲンカとなったらしい。
『人族には等しく獣人の因子が血脈の中に隠れていて、それが何かの拍子で表れることがある』という村の長老の言葉でなんとか治まった。
すべてあとから聞いた話だが。
それでも夫婦仲はギクシャクしていて、オレが物心ついてからも何だか不穏な空気だったことは幼心ながらに察せられた。
それでもしばらくしてから妹や弟が生まれて……犬耳や尻尾がないのに両親が酷く安心しているのが傍から見ていてわかった。
両親は目に見えて弟妹を可愛がって、オレのことはまるでいないかのようだった。
時代が下って獣人への差別は薄まってきている。
しかし根源的に獣人差別は明らかにあった。
そもそも『獣交じり』という本質からして純粋人族から見れば汚れてもいたし、過去獣と合成された人族が犯罪者であったり奴隷であったりしたという歴史的な事実から見ても、獣人差別は根強く人々の心に残り続けている。
結局オレはいたたまれなくなって、十歳を越える頃にはもう自分から故郷の村を出た。
かといって希望があったわけではない。
所詮獣人はどこに行っても見下されるものだとあの頃は思っていたから。
しかし、そんなオレの当時の価値観を覆す、凄まじい世界があることを直に知る。
それこそ冒険者の世界だ。
どんな社会的しがらみにも囚われず、生まれも種族も関係ない。
実力さえあって成果さえ出せば誰でも地位が上がり、尊敬される。死の危険と隣り合わせだが、それに相応しい見返りは必ず貰える世界でもあった。
事実、冒険者社会の頂点を極めるS級の顔ぶれを知った時オレは衝撃を受けた。これまでの人生で積み上げてきた常識すべてが粉々に砕け散るほどの。
S級冒険者シルバーウルフ。
S級冒険者ゴールデンバット。
S級冒険者ブラックキャット。
いずれ皆、獣人だったのだから。
オレの中で獣人とは、常に爪弾きにされて底辺より下を這いまわっているものじゃないのか?
そんな獣人が頂点に立ち、純然たる畏怖尊敬を受けるなんて。
それが冒険者の世界なのか?
この素晴らしい事実を知った時、オレも冒険者として一生を貫くと誓った。
どうせこの耳、尻尾がある限り普通の人生で身を立てることはできないんだ。
だったら実力のみでどこまでも上へ行ける冒険者にすべてを賭ける。
オレにはこの道しかないと思った。
しかしそれでも不安は残る。
だってオレに含められた獣因子は、S級冒険者たちよりずっと薄いんだから。
シルバーウルフ様もブラックキャットらも、実に濃厚な獣因子を含んでいて全身を厚い毛皮に覆われて、顔かたちはオオカミやトラそのもの。
ゆえに凶悪な四足獣が持つべき強靭な顎、鋭い牙もあり、戦闘時にもそれが役立つという。
あの人たちに比べればオレの獣因子は随分薄い。
獣らしい部分といえば耳と尻尾だけ。戦いの時にもほとんど役に立たず、身体能力は普通の人族とほぼ変わらなかった。
何故こんな中途半端に生まれたのだろうかと何度悔やんだか。
能力的には何の役にも立たないケモ耳と尻尾。
しかしそれだけでも異類と見做され爪弾きにされるには充分だ。
結局すべてにおいて中途半端で利点にできることなど何もない。
同じオオカミ獣人でも、シルバーウルフ様のような完全体に何故生まれなかったのかと我が身を呪ったことは数え切れない。
それでも、他に生きる道がないと腹を括ったのと、同じオオカミ獣人でS級の頂を極めたシルバーウルフ様へのあこがれ。
その二つを支えにして冒険者の世界を生き抜き、何とかA級冒険者の座にまで登り詰めることができた。
しかし、これ以上のし上がるのは無理だろうと評判的に言われている。
理由は潜在能力の枯渇。
因子の少ない獣人であるオレでは、S級に認められるだけのさらなる高難易度ダンジョンに挑んで生還することは不可能だろうってこと。
悔しいが……認めたくはないが、その通りなんだろう。
食いしばりすぎて奥歯が噛み砕けるぐらいに悔しいが、自分自身の可能と不可能のラインを見極めてこそ冒険者は、危険な冒険を乗り切って生きて帰れる。
冒険心を忘れたら冒険者は終わり。
A級の頂に立って、なおもうず高いS級の山に挑むのは僕にとって自殺行為なのか?
葛藤と焦燥に身もだえしている最中、衝撃的な報せがオレをさらに揺さぶることになる。
* * *
「シルバーウルフ様が……引退!!」
これほど動揺する報せがあっただろうか。
ずっとオレの目標として追いかけ続けたシルバーウルフ様が、もう冒険者じゃなくなる……!?
ここ最近はS級冒険者でありながらギルドマスターまで兼任、前代未聞のことというのでさらなる称賛が集まり、シルバーウルフ以上の冒険者は今後も現れないだろうとまで言われたのに……!?
一体何故?
詳細を詳しく聞くと、引退の原因はまさにギルドマスターの兼任にあるようだ。
引退し、冒険者としての職務から身を引くことでギルドマスターとしての職に集中しようとのこと。
しかしそれでいいのか!?
シルバーウルフ様は、冒険者だからこそシルバーウルフ様なのだろう!?
いかなる危険にも果敢に飛び込み、どんなに傷を負っても必ず生還し、どんなに無様でもカッコ悪くても復活して再び挑戦する。
そんなシルバーウルフ様の姿がカッコよくて今まで追いかけ続けてきた。
あの人がいなくなったら……オレはこれから何を目標にして走り続ければいいんだ!?
そんな風にオレが絶望する寸前に、新たな報が入ってくることでかろうじて救われる。
「……S級昇格試験……!?」
どうやらシルバーウルフ様の引退でできた空席を誰かに埋めさせるということなんだろう。
シルバーウルフ様の空いた席。
そこに別の誰かが座って、シルバーウルフ様の代わりを務める……?
ヤツの時代は終わった、とか言って?
シルバーウルフなんて所詮は過去の人間さ、アイツが時代遅れだってことをオレ様が証明してやるぜ! とか言って?
……そんなの許されるものか。
シルバーウルフ様の偉業、シルバーウルフ様の偉大さを知らない者がその跡を継ぐなど断じて許されない!!
獣因子が薄いとか、伸びしろが尽きたとかそんな言い訳は不要!
オレが、オレこそがシルバーウルフ様のあとを継ぐ!
この同じオオカミ獣人であるこのオレが!
このオレが、オオカミ獣人であることを初めて誇りに思えたのはシルバーウルフ様の存在を知ってから。
その恩返しのためにも必ずオレがS級冒険者となって!
シルバーウルフ様の精神を継承してみせる!!






