909 タイトルは商品の顔
さて、ここで問題を洗い直してみよう。
ヴィールは『ゴンこつスープ』というカルマを背負っている。
『ゴンこつスープとは何ぞや?』という話からであるが、最強生物ドラゴンからとった出汁のこと。
豚骨とかけてゴンこつと呼んではいるものの、ドラゴンの骨からではなくフツーに湯につけておくと染み出してくる。
しかもだしを取られたドラゴン自身は何の問題もない。
しかしこのゴンこつスープが大層な曲者で、最強生物のエキスをたっぷり含んだこれを人間程度が摂取しようものなら、たちまちエキスに含まれた高エネルギーに飲まれてトンデモないことになってしまう。
曰く『発狂しながら不死身になるか、爆散して死ぬ』とのこと。
そんないわくつきのもの迂闊に捨てることもできない。安易に海とかに流そうものならその辺一帯が海王類の巣になりかねない。
ゴンこつスープの作成以来、ヴィールはずっとこの産業廃棄物を抱えて生きることになってしまった。
それでも何百倍かに薄めれば人間が摂取しても大丈夫なぐらいにはなったので、それを屋台で振舞ったりしつつちまちま消費しているのだが、それでもすべて使い切るには程遠い。
ここでついに、ヴィールは起死回生の一策で勝負に出たということか。
大量生産のインスタント麺にゴンこつスープの素を入れて、それでもって世界中の人々に消費してもらえば、加速度的にこの産業廃棄物を処理できるんじゃないかと!
「数百倍に薄めても、数万人に食べてもらえばドンドンガンガン減ってくに違いないのだ! これでもうおれは使っても使っても減らない無限スープ編からオサラバしたいのだーッ!」
「テメエの背負ったカルマだろうが、しっかり功徳を積め!」
とは言っても、今回のインスタントラーメンで大量消費という案は中々悪くないんじゃないかな?
全世界の人々をターゲットにしたものだし、関わる人間が多ければ多いほど薄まるわけじゃないですか。
浅く広くってことだ。
全世界数十万……いや総人口いくらなんだこの世界?
数えたことないからまったくわからんけれど、それこそ何十億といたらもう余裕でゴンこつスープも全消費できるわけだ。
「…………子どもとかが食べても大丈夫なように調節するんだぞ?」
「わかっているのだ! 用法用量を守って楽しくデュエルなのだー!!」
そこはかとなく不安が残る。
まあでもヴィールはラーメン作りに関しては真摯で誠実だから信じてやるとするか。
「どうせやるなら満遍なく世界中にばらまくか。魔王さんやアロワナさんにお願いして、魔国や人魚国で売り出してもらうのもいい」
リテセウスくんにもお願いしたら人間国での販売も可能だな。
いい友人を数多く持った俺。
「おおー、版図拡大だな!? 夢が広がるのだーッ!!」
ヴィールも目を輝かせて展望を語ってきた。
……コイツが調子に乗るとロクなことにならんのだよな。
「よーし! こうなったら生産を急ぐのだ! 中身が出来上がったら次はパッケージングだー!」
ああ。
まさかラーメン剥き出しで販売するわけにもいかんからの。
「ラーメンはこの袋に詰めて販売するのだ!」
袋麺か。
一瞬カップラーメンかな? とも思ったがカップ麺の容器は大抵発泡スチロールだし、この世界で発泡スチロールを求めたらまた一段階挟むことにもなりかねんよな。
そう考えるとまだ袋麺のほうがハードル低いか。
なんだか懐かしみがあるよな袋麺。
カップ麺より作る手間はあるけれどもノスタルジーを掻き立てられる。
「よーし皆の者! 出来上がったラーメンを順次袋に詰めていくのだー!!」
ヴィールが号令をかけていく。
え? 袋詰めって手作業?
ラーメン量産みたいに機械使わんの?
「インスタント麺づくりオートメーションを具現化させた辺りでおれのイメージ力が尽きたのだ。だから袋詰めは手作業なのだ」
「手作業はいいけど、誰がするの」
手作業には実際に手が必要になりますが。
農場から人手でも狩ってきた。
「樹霊のヤツらに任せるのだ」
「アイツらかあああああッッ!?」
ここヴィールの山ダンジョンに住み着く、樹木に憑りつく精霊たち。
「アイツらを動員するなよ! アイツらだって自分たちの憑依している樹木の世話で忙しいんだよ!」
「おれ様のダンジョンに住み着いているからには、おれの命令には従ってもらうのだー! こういう時のために住まわせてやってるんだからなー!」
そう言われると正論なんだが。
しかしダンジョン果樹園に住まうリンゴやバナナの精霊たちが、ちまちまインスタント麺を袋に詰め込む光景は何となくシュール。
あ、ちなみにインスタント麺を入れているのは紙袋です。
「さて、モノが出来上がったところで、そろそろ重要なことを決めなければならないのだ!」
「重要なこと? なんかあったっけ?」
意気込むヴィールのテンションについていきづらい。
「おお、もちろんなのだ!! 商品名を決めなきゃならんだろー!」
商品名。
またハイカラなものを知っているな?
「いかに顧客にインパクトを与え、記憶に残る商品名をつけられるかどうかが売り上げにダイレクトに繋がると聞いたのだ!! ちょうどいいからご主人様も一緒に考えて、ハイセンスかつ大胆なネーミングをつけるのだ!」
案外とツボを押さえたことを言ってくるなこのドラゴン。
商品名はたしかにあった方がよかろうけど……。
インスタント麺じゃなダメなの?
どうせこの世界、他にインスタント麺もないわけだし。
「ダメなのだ! 業界は常に抜きつ抜かれつのデッドヒートなのだ! のんびりしてたらすぐさま後追いの類似商品に埋もれてしまうのだ!!」
まあ言わんとすることはわかるよ。
よかろうそれでは、この俺が……向こう千年はユーザーの心に残る、キャッチーでアカデミックでアスレチックな商品名を考えて見せようではないか!!
……。
袋ラーメンの商品名……。
「……ドラゴン一番」
「ほおおお、一番とはまた大きく出たのだなあ」
素直にヴィールが感心している。
そこはかとなく盗作の臭いを感じ取っているのは、異世界からの情報を持ち込んでいる俺だけだ。
しかしこっちの人たちは袋ラーメンの定番とか知らないんだから何も問題はない。
問題ない。
「しかしなー、ご主人様。一番という響きはたしかに素晴らしいが、同時に慎ましさも必要じゃないか?」
「というと?」
「『おれこそが一番だぞ!』という自信に満ちた宣言は、力強さとは裏腹に高圧的な印象も与えるのだ。それが人によってネガティブなイメージとなりかねないか?」
……回り回って、この場にまったく関係ない何かをディスる結果となってはいないか。
そっちの方が心配になってくる。
「よしわかった。では別の案を考えてみようじゃないか」
「おおー、素直なご主人様なのだー」
失敬な、俺はいつだって素直だよ。
……では、別案別案……。
……。
うん。
「どらごっちゃん」
「意味不明なのだー!」
たしかにな。
どうしても前の世界での知識経験に引きずられてしまうんだよ。
いいじゃん九州民に愛される袋ラーメン。
とんこつラーメンは細い直麺なの。それ以外は許されないの。
唯一許されるのがアレなの。アレなら真っ白い豚骨スープに縮れ麺が入っていようと皆ニッコニコなんだよ。
「情熱は伝わったけどやっぱり字面でわけがわかんないうのは苦しいのだ。申し訳ないがこれは却下ということでー」
ううむ仕方がないな。
じゃあもうちょっと率直でわかりやすい。他に誰もマネできない商品名ということで……。
「……ドラゴンラーメン」
チキドンドン。
今どきはもうこのリズムでは通じないのだろうか。
あまりにも安易なネーミングであったが、ヴィールも了承した。
コイツ自身ももうダレて早いとこ決めたかったんだろう。
結局のところ商標登録したら容易にかぶりそうな安易極まる『ドラゴンラーメン』のネーミングで……。
異世界初インスタント麺が世界中に広がっていく。






