900 涼を呼ぶ野菜
ここは農場なんです。
俺は農業をしております。
知ってた?
……と問いただしたくなるほど最近の俺たちは初心を忘れているとは思わないか?
今さらか。
うん。
だから初心に帰ろうというわけではないけれど、今日は農家的な話だ。
農場外で様々なものを築いたり、各国の政治に介入したりしている間も無論、その傍らで農作業はしていた。
せっせと耕し、種を撒き、せっせと世話して実ったら収穫しということを繰り返して、蔵はいつだって満杯だ。
そろそろ二十七棟目の蔵を建てるべきだろうかな?
それはさておきこれだけ長いこと農業をしているともう育てていない作物はないだろ? ってあるかもしれないけれども、実はある。
何だと思う?
スイカだ。
意外にもこれまで作ったことがなかった。
なので思い立って作ってみた。
出来た。
「これまた立派に実ったなあ」
農場の一角で新たに拵えたスイカ畑には、多くのスイカがゴロゴロに実っている。
各々見事な大きさであった。
ボーリングの球に匹敵する。
その独特の縞模様が、異世界渡りの俺の目に懐かしい。
しかしここまで来るのに長い道のりだった……!
他の多くの作物がそうであるように、スイカにもそれを盗み食いせんとする害鳥害獣害虫の類がやたらと出てきて……!!
その中でも特に、スイカを育て出すとどこからともなく湧き出してくる新種の小型モンスターまで現れた。
その小型モンスターが、スイカに小さな穴を空けて中身を綺麗に食べていく。
モンスターの名前は、アライベアと呼ばれていて小さいながらも獰猛で凶暴で、子どもたちなどを下手に近づけさせられない危険なヤツだった。
当初は必死になって防衛していたが、ある時ふと思い立って綿菓子を与えてみたら、その種族の習性なのか食べる前に洗おうとした。
しかし綿菓子なのだから水に入れると当然解けてなくなり、それにショックを受けたのか以来、寄り付かなくなった。
などと脇道に逸れた話もしたが、要するに幾多の困難を乗り越えてスイカは完成に至ったぁあああああああああッッ!?
え?
何故スイカかって?
……特に意味はないけど?
強いて挙げれば美味しいから?
美味しいよねスイカ。
夏の風物詩といえばスイカ。
スイカに風鈴、あとすだれもつけば夏の風物詩三点セットが勢揃いだ。
どんなにクソ暑くとも涼めるぜ。
「やりましたな聖者様! 新しい作物が実りました!!」
俺と一緒に畑仕事に精を出していたオーク、ゴブリンたちも大喜び。
「実ったからには早速味をたしかめましょうぞ!!」
そうだな。
食べておいしいと実感してこそ、ここまで大切に育ててきた苦労の報われる時だ。
「で、この作物はどう調理するのでしょう!?」
「ん?」
「煮ますか? 焼きますか? それとも酢を交ぜ込んで浸しますか?」
何を言っているのかな彼らは?
「スイカは調理するものじゃないぞ、野菜じゃあるまいし」
「野菜では?」
「え?」
何故スイカが野菜だと?
いや待てよ?
俺は眼前に広がる野菜畑に注視を送る。
このスイカは畑で採れたものだ。
畑で採れた作物は皆野菜。
……ということになるのか?
「ちなみにキミらにとってフルーツとはいかなる?」
「それはダンジョン果樹園で成るものでありましょう」
彼らの認識の中では、フルーツとは木に成るものであった。
畑で、茎かツタから実るのは野菜。
その認識は概ね正しくはあるが……!
「うーんとね、キミたちの常識を覆して悪いが、頭を柔らかくしてよく聞いてね」
「は、はい……!?」
「スイカは、フルーツです」
いや、そんなことはないかもだけど。
『スイカは木には生らない、だから野菜!』という人たちも一定数いるということは事実。
スイカは野菜なのか? フルーツなのか?
しかし俺の考えとしては果物屋が扱っていたら、スーパーの青果売り場に置いてあったらフルーツということでよくない? とは思う。
そうだ、試しにその道のプロに聞いてみるというのはどうだろう?
フルーツと野菜の見分けのプロっているの? と問われることだろうだが、実はいます。
この農場には。
ダンジョン果樹園に住み着く樹霊の皆さんだ。
彼らは霊的な存在だが、樹木を依り代にすることで体を得て、この世界に影響を及ぼすことができる。
その特性を活かして彼らには果樹の管理をお願いしている。
彼らが果樹に乗り移れば、その時々の調子や病気の有無もしっかり把握できるからな。
ミカンの樹霊、リンゴの樹霊、ブドウの樹霊……様々な種類の樹霊たちが一堂に会して……。
喧々諤々の議論が行われた。
『木に実らないフルーツをフルーツと認めることはできない!』
『そうだそうだ! 我らがなんと名乗っているか思い出せ!「樹霊」だぞ! それなのに木でもない茎やツタのなど乗り移れるか! プライドが許さん!!」
『しかし聖者様から頂いた崇高な使命を考えれば、たとえ茎であろうとツタであろうと憑依して管理しなければでは!?』
『樹木でなくとも、憑依する対象がしっかり詰まった実であればいいじゃないか! 葉っぱや根に宿るわけでもなし!』
『しかし一年草だぞ!』
議論は白熱し、容易に終わる様子もないので一旦放っておくことにした。
今は実ったスイカの出来栄えをしっかり楽しもう。
既にスイカを一つか二つ、井戸に沈めておいた。
何のために?
冷やすためだ。
それだったらディスカスの管理している冷蔵倉においておけばいいのだが、風情があった方がいいだろう?
井戸水もしくは沢の水でキンキンに冷やしたスイカなんて、人生で一度は食べてみたいものだろう!?
その夢を、異世界で叶える!!
さあ、井戸の底から引き揚げたスイカを……邪聖剣ドライシュバルツで、両断!!
スパパパパン!
さすが聖剣、断面がガラスのように滑らかだぜ。
「我が君……!? これは、このまま食べていいのですか?」
「煮たり焼いたりは!?」
オークゴブリンたちがまだ野菜ではないかと疑いをかける今、未調理で生のまま食すことに不安を表している。
だから大丈夫だって。
別に野菜でも全部が全部調理して食べるわけじゃないだろう?
キュウリとかトマトとかも冷やして生で齧ったりするでしょうが!
ビビッとらんと試しに齧りついてみれ!
ほれ!
「これはウマあああああああああッッ!!」
「シャクシャクとした歯ごたえに微かな甘み! そして瑞々しさがとてもよい! その中で種をバリボリと噛み砕く歯応えも堪りませんなああああああッッ!!」
……うん。
種は噛み砕かずに吐き出して。
食べちゃいけないものだからね種は。
こう、プップップップ……と庭先に吹き出して機関銃ぶるのもまた夏の風物詩。
でもまあたしかに種のせいで食べにくいよねスイカ。
もしあんな風にスイカの可食部に、嫌がらせとしか思えない分布で種が仕込まれていなかったらスイカの消費量は倍ぐらいに上がっていたんじゃあるまいか?
ということを考えながら俺は、スイカから種をほじくり出す。
スイカの種を、口に入れてから選り分ける派と、食べる前にフォークとかでほじくり出す派の二派にわかれるとしたら、俺は食べる前は。
「うーんスイカ美味い美味い」
「種も美味い美味い」
結局、種ごとバリボリやるオークやゴブリンたちだった。
アイツらなら歯の硬さも、顎の力も、胃腸の強さも人間とは段違いだから問題ないのかな? と思った。
「ここで一旦出し切ったと思うだろう? しかしスイカにはさらなるステージがある!!」
それは……これ塩だ!
「塩? でもこのスイカは甘いですぞ?」
「キュウリやトマトなら味つけで塩を振りますが、こんなに甘いスイカに塩味をつけたらケンカするのでは?」
そう思うだろう?
しかし騙されたと思って、塩をパッパと振ってみるがいい。
「うおおおおおおおおおおおおッッ!?」
「先に塩味を入れたことでのギャップか!? スイカの甘みがより濃厚にいいいいいいいいッッ!?」
「なんというマジック!」
あえて塩味を追加することによって、スイカ本来の甘みを明確にする。
スイカに塩を振りかける食べ方は皆にも好評だった。