898 バレなきゃイカサマじゃない
今。
俺たちの前には正座したプラティがおります。
首からは看板がぶら下がっております。
看板にはこう書かれています『私はイカサマをしました』。
「本当に情けないわよプラティちゃん。アタシはアナタのことを清廉にして立派な人魚王女となるべく育てたつもりなのに。卑怯なズルに手を染めてしまったなんて……!」
「ウソよ! アタシはママから『どんな手段を使っても勝ちさえすればいい』って教わったわ!!」
日頃の行いからしてプラティの言うことの方が真実味があった。
「まあ、事実ではあるね。『勝てばよかろう』それが魔女の掟……!」
さらにいらんことを口挟むのは、現人魚王妃にして魔女でもあるパッファ……。
「いいぜ、乗ってやろうじゃねえかその何でもありの魔女の戦いに。結婚して子持ちになったぐらいで魔女の心意気を失ったヤツいる? いねえよなぁ!」
また変な闘争心に火をつけてしまったようだ。
ただのトランプゲームにルール無用のサバイバル方式が加わった。
「さすがパッファ……このアタシがライバルと認めた女ね……!!」
そんな描写あった?
「ならばアナタの反骨心に応える形で、勝負の仕切り直しといこうじゃないの。コインもう一度均等に分けて勝負リスタートよ! 地下送りになったエンゼルも呼び戻すわ!」
「え!? また勝負に参加していいの!? お姉ちゃん優しい!!」
妹を思いやる形を見せつつ、リセットすることで自分が一方的に責められる状況を御破算に仕様とする魂胆なのは見え見え。
するってーと何?
これから行われる勝負はイカサマ上等。
カードが巡ってくるツキ以外であらゆる方法を駆使し勝ちに行こうとする、より血生臭さが増すゲームとなることか。
「一応断っておくけど……ズルはダメよ」
「わかってるさ。大手を振って汚いことをすりゃあ、まあ止められるだろうなあ?」
「当り前よ、トランプは紳士淑女のゲームですものねえ」
「わーいわーい、今度こそお姉ちゃんたちをボコボコにするわよー!」
現時点わかっている未来はただ一つ。
前回と同じようにエンゼルが寄ってたかってボコボコにされるだろうということ。
他三人の言動の趣旨を汲み取ると……。
――『イカサマはするよ? でも見破られたらギルティね』
――『バレない限りは何をやってもいい』
――『オレは全力でズルするけど、同時に全力でお前らのズルを見破る』
ってことなんだろう。
それがイカサマ合戦の作法。ズルは大手を振って誰にもおもねることなく行えば、ルールはしっちゃかめっちゃかになりゲームは完全崩壊する。
そうならないために、表向きだけでもルールを守っているていを示すことでかろうしてゲームを成立させるのだった。
「ここからのゲーム……荒れるぞ……!!」
何せ二つの要素が複雑に絡まってくるんだから。
一つは純粋にゲームとして勝つか負けるか。その裏で相手のイカサマを看破するために厳しく状況を見守り、かつ自分の人知れずイカサマを遂行する……。
という感じのゲームになっていく!
なんと奥深い、主にカルマが!
「ではゲームを再開しましょうか。種目は引き続きポーカーでいいわね?」
プラティが、首から下げられた反省板を取り去って言う。
「ではカードを配るわ。じっくりシャッフルして……」
「待ちなさい」
サクサクゲームを進めようとするプラティを、シーラさんが止める。
「何またしれっと自分がカード配り役に収まろうとしているの? 一度既にイカサマが発覚した女に山札を触らせるわけがないでしょう」
「ちッ」
あからさまに舌打ちしすぎ。
お義母さんの懸念はもっともで、むしろプラティの方こそなんでまだ自分がディーラー役に収まれると思っていたのか?
「わかったわ……、カードは別の人に配ってもらいましょう。ゲームにまったく関係ない人がいいから……そこで暇そうにしてる旦那様はどう?」
え?
俺?
「いいわけあるか! テメェの旦那だろうがよ! 結託してない保証がどこにあるってんだ!」
「そうよねえ。婿殿は公正な人だけども、愛しい妻からお願いされたら悪事に手を染めかねないからねえ」
「だったらウチの旦那様を呼んでカード配ってもらいますか、お義母様!?」
「アタシの言ったこと聞いていなかったのかしら? どうせやるならもっと徹底的に無関係の人にお願いしましょう。……そうね、向こうの遠くでボール遊びしているお子さんなんてどう?」
その人選が既にイカサマフラグ。
この際いっそ、戦線復帰したエンゼルにでも配らせたらどうですか?
「え? アタシ? 配っていいの!?」
「「「……」」」
三魔女三様の残念なものを見る目の色をして……。
「まあ、エンゼルなら問題ないでしょう」
「邪心があったとしても技術の伴わなさで公正さは保たれるでしょうからねえ」
残念な意味での信頼を勝ち取ってエンゼルがディーラー役に抜擢。
人魚王族の一人としての将来が不安で仕方がない。
「じゃあ配るわよ一枚二枚ー」
各プレイヤーの手元にカードが配られる。
エンゼルの手つきは見るからにおぼつかなげで、あんなオンボロ指使いでセカンドディールやフォールスカットのような高等テクニックが使えるとはとても思えない。
こういう場においてエンゼルより安心できるキャラクターはいないことだろう。
さあ、ここでようやくゲームの本格スタートだと思ったが……。
「……ん、パッファ?」
「何だよ聖者様?」
「長袖なんて着ていたっけキミ?」
押しも押されぬ正当なる人魚王妃パッファ、そんな彼女がさっきまでは着ていなかった長袖ジャケットを羽織っている。
……超絶に怪しい。
「検めさせていただきます」
「うおおおッ!? なんだスケベ! やめろ!」
人聞きの悪いこと言うなこっちはルールに則ってしているんだ。
……ってやっぱり!
袖の中にトランプのカードがボロボロと!
「あからさまなんだよイカサマの仕方が!! ゲームスタートと同時に着込んだら『何か隠してます』って言ってるようなものだろう!」
「パッファも浅いイカサマをしたものね。人魚王妃の肩書きが泣きますわよ?」
などと言ってプラティ、相手を揶揄するように眼鏡をクイッと上げた。
……。
は?
「眼鏡? プラティって眼鏡してたっけ?」
「何よ旦那様? イメチェンってヤツよイメチェン! どう? こういう格好も可愛いでしょう?」
二児の母に向かって『可愛い』って……?
いや、そこは触れるべきところじゃないか。
そうじゃなくてプラティ、眼鏡なんてしてなかったよね?
昨日までどころか、ついさっきまで。
しかもこの世界って眼鏡という概念自体あったような、なかったような?
そんな環境で唐突に眼鏡をかけてくるプラティがもはや怪しすぎて、逆に怪しくなくなってくる!
「……ちょっと貸して?」
「あッ、ダメよ旦那様! たとえ夫婦の間でも踏み込んではいけないことが……」
なかば無理矢理プラティから眼鏡を抜き取り、自分でかけてみる。
すると、眼鏡のレンズ越しに見えてきた風景は……!?
「見えるなあ、見えるなあ……!?」
トランプの裏側に浮かび上がる数字!
なんか蛍光塗料みたいな色合いで浮かんでいるぞ! トランプの裏側に!
眼鏡を外すと見えなくなる。
眼鏡をかけると見える!
何だこのビックリな仕掛けは!? ルミノール反応かよ!?
「ふっふっふ、よくぞ見破ったわね! これこそアタシが開発した魔法薬で特殊なレンズ越しで見たときのみ感知できる塗料なのよ!!」
自慢げに言ってるんじゃねえよ。
つまらんことに技術力を全振りする、天才にありがちな行為。
当然ながらプラティには再び『私はイカサマをしました』札を首からかけさせた。
パッファにも。
「粗忽な娘たちねえ。本当に勝つ時は何もしなくても勝つということを知らないのかしら?」
そんな中でシーラさんは泰然自若と経緯を見守るのだった。
それで済むはずがない。
パッファ、プラティとイカサマをしていてこの人だけが潔白だなんてあるわけがない。
シーラさんも何かしている、絶対何か仕込んでいる。
だが一体何を仕込んでいるのか?
そうしている間もカードは全員に配りわって、順番にカードチェンジも進んでいく。
「次はママの番よー。ママは何枚チェンジするー?」
「そうねえ、二枚交換していただこうかしら?」
その様子もいたって普通で、怪しいところもない。
しかしイカサマしているのは間違いない。一体どんなイカサマを?
ん?
一瞬シーラさん、目くばせをした?
その相手は……パッファ!?
息子アロワナさんの妻として、嫁姑戦争の主敵であるはずのパッファと!?
あッ、プラティの目から隠れるように互いのカードを交換した!?
結託している!?
一部のプレイヤーが結託している!?
しかもシーラさんとパッファという、嫁姑として敵対関係にあるはずの二人が!?
普段いがみ合っていながらも、勝負に勝つためなら手を結びもするのか!?
イカサマが結ぶ絆!!
しかし不正は不正なのでしっかり摘発した。
なんで女性の人魚たちはここまで勝つことに貪欲なのであろうか。
結局『私はイカサマをしました』の札は、プレイヤー全員につけられることとなった。