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08 人魚姫プラティ

「アタシの名前はプラティ。種族は人魚よ!」


 と、俺の釣り上げた人魚は堂々と名乗った。

 年齢は二十歳前後といったところだろうか。溌剌とした表情大きく開いた瞳が文句なしに美人の印象。

 肌も透き通るように張りがあり、髪は艶めいて鮮やかだった。


 地上の人間としても、絶世の美女で通じるであろう。

 下半身が魚類でさえなければ。


「お、俺は糸波……、もといキダンだ」


 ファンタジー世界に移り住むにあたって改名したというのに、その名前を忘れかけていた。

 開拓を初めてずっと人と会っていなかったので、名前を忘れても仕方ないか。


「キダン……! それがアタシの旦那様の名前……!!」

「だから、ちょっと待って」


 この人魚様は、完全に僕と結婚することで話をまとめようとしている。

 何故そうなるんだ?


「アタシたち人魚は基本、地上の種族を舐めてるのよ!」


 何故いきなりケンカを売る?


「そんな心の底から侮っている陸人に釣り上げられるなんて……! アタシのプライドはズタボロよ! どのツラ下げて海中に戻れっていうのよ!?」


 ああ、そういうこと。

 普通に帰っていただければ、いいんじゃ?


「アタシはもう汚されてしまった。アナタに汚されてしまった! もう海には戻れない! だからアナタに責任もって養ってもらうしかないのよ!!」

「そんな!!」


 しかし待ってほしい。

 俺は人間、彼女は人魚。

 種族的に結婚とかありえるんだろうか!?


「いやあの、国際結婚? と言うか、それぞれ違う種族同士の結婚は大変だと聞きますし……! ここはひとつ考え直した方が……!」


 一般論から翻意を促してみる俺。

 元の世界で聞いた昔話とか思い出すに、人魚との結婚とか悲恋になる予感しかしない。

 泡になって消えられても寝覚めが悪いので、ここは素直にお帰りいただけないだろうか?


「違う種族? ああこれね?」


 人魚……、プラティと言ったな。

 彼女は自分自身の魚類な下半身を見下ろした。


「たしかに、こんな尾ひれじゃ。交尾もままならないって思っちゃうわよね。ちょっと待ってて……」


 彼女はどこぞから小瓶を取り出すと、蓋を開けて口をつける。

 中身は液体だろうか?

 それを彼女は一気に飲み干した。


 すると、とんでもない変化が起きた。

 魚の下半身が、見る見るうちに二股に分かれ、人間の足へと変化していく。

 下半身が人そのものになった人魚は、つまりただの人。


「これでどう?」


 艶めかしい脚線美が俺の前に現れた。

 これでもはや彼女は人魚どころか、何処から見ても普通の人間の女性だった。

 いや普通どころか極限まで美しい女性だった。


「これなら地上でも問題なく生活できるし、アナタの子どもを生んでやることもできるわ! これでアタシと結婚するのに文句ないでしょう!?」

「いや……! あの……!!」


 出来上がった二本の足で堂々と仁王立ちする彼女であるが、俺はその姿に動揺せざるをえなかった。

 何故かと言うと、彼女の下半身はついさっきまで魚のものだった。

 鱗に覆われる尾ひれ。他には何も着けていなかった。

 それが人間の脚に変わって、どうなるか?

 そう。

 今の彼女は、人間の下半身に変身したというのにスッポンポンで、色々丸出しにしているのだった!!


「とにかく何か穿いてくれ!!」


 パンツでも腰巻でもいいから!

 でないと俺の理性が破壊されてしまう!!


              *    *    *


 結局下半身スッポンポンの混乱に押しきられる形で、俺は彼女との同棲を受け入れることになってしまった。


「こんなところで一人暮らししてるの? 変わった生き方しているのね?」


 今日まで俺一人の牙城だった小屋に、初めて客が訪れた。

 いや、もはや同居人か。

 マジで一緒に住むつもりらしい、この子。


「陸人――、特に人族って、群れてないと生きていけない種族だって聞いたのだけれど、違うの? 基本的に弱いから、単体だとあっという間にモンスターにやられて死んでしまうって」

「多分それで間違ってないよ」


 山で角イノシシに遭遇した時は本当死ぬかと思ったからな。

 人間とは本来か弱い生き物なのだろう。


「……ふぅん、じゃあアナタが特別ってわけ? たしかに見た目は人族に似てるけどまとってるマナが人族とも魔族とも違うし。……ますますアタシの夫に相応しいってわけね」


 どこか悪戯っぽい妖艶な笑みを浮かべるプラティ。

 改めて言うとプラティが彼女の名だ。


 俺の妻らしい。


 なんやかんや言ってるうちにそういうことになった。

 押しかけ女房にもほどがあるが、彼女と言う同居人が増えてどこかホッとしている部分もある。


 異世界開拓生活を初めてからけっこう日にちが経ったが、思った以上に孤独に蝕まれるからだ。

 さっきの、自分の名前すら忘れかけていた事実に戦慄した。

 人間が人間らしく生きるためにも、やはり他者の認識は必要不可欠なんだろう。


「それでアナタは、ここでどんな風に生きているの?」


 とプラティが聞いてくる。

 彼女は今、人間化した下半身に俺の着替え用ズボンを穿いて、一様の体裁を保っていた。


 最初は「こんなダサい服着たくない!!」と不満タラタラだったが、さすがにここは俺も引き下がれない。

「ズボンを穿けないなら結婚できない」と最後通牒まで叩きつけて何とか折れさせた。

 ゆくゆくは彼女が気に入る衣装を買うなり作るなりしないとな。


「どんな風に……、と言われても。ここで自給自足を目指している感じかな。食べ物、家、道具。全部自分で作って自分で消費する慎ましやかな生活だ」

「ふーん、変なの」


 一言で一蹴された!?

 チクショウ! 自給自足のロマンは理解されないのか!? ただの無意味な行為にしか映らないのか!?


「でも、アタシの旦那様がそういう生き方をしたいってのは理解したわ。まかせて」

「まかせて?」


 一体何を?


「そういうことならアタシに手伝いできることはたくさんあるわ。この出来る妻のアタシが、旦那様のじきゅーじそく? 生活をサポートしてあげる」

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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― 新着の感想 ―
[一言]  彼女は今、人間化した下半身に俺の着替え用ズボンを穿いて、一様の体裁を保っていた。 ここは一様ではなく「一応」なのでは。 他にも「住み家作り」でカナズチとありましたが、それはカナヅチでは。…
[気になる点] 人魚さんの上半身は何か着てたんだろうか?
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