894 トランプ試行錯誤
恐るべしトランプ。
一人で向かい合っているとソリティア沼にズルズル引きずりこまれていく。
こんな危険な場所にいられるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!
死亡フラグ。
そんなことよりも一人でダメなら二人でいればソリティア沼だって怖くない。
自分以外に人がいるところでおもむろにソリティア始めるのなんて、同じように他に人がいる前でイヤホン着けるのと同等の高難易度。
どんなにぼっちを極めたとしても、そんなクソ度胸な行いはできぬものよ。
だから今、俺に必要なのは共にトランプの荒波を進んでいってくれる道連れ。
もとい仲間。
誰かいないか?
「……あ、いたいたヴィール」
「ふゆ? 何なのだご主人様?」
ちょうど暇そうにしているヴィールが通りかかったので声をかけた。
こんな時すべての予定から自由なドラゴンの存在感が発揮される。
「まーたなんか作ってたのかご主人様? 今回は食い物じゃなさそうだからおれ様の興味はひたすらに低いのだ」
相変わらず料理に対する欲望がひたすらに高いヤツだ。
いつもだったら呼ばなくてもやってくるのに、今回呼ばれるまで来なかったのはそこにも理由があろう。
「今日作ったのは食い物じゃなくて遊具だからな。遊んでみたら案外楽しいかもしれんぞ?」
「ゲームかー。まあ普段はそんなちゃっちいのに心動かされるおれ様じゃねーが、ご主人様の考えだしたものなら期待せんこともないのだ」
ふふふ、甘く見ているな?
もう読めているぞこういう時のパターンを。
大体こういう異世界文化流入話だと、最初に軽く見てそこからすぐに夢中になるパターン。
ヴィールお前もあっちの世界で大ヒットを飛ばした、先の遊び方を極める遊具トランプの凄さを実感することになるだろう!
『うおおおおおッ!? 何だこれ!? めっちゃ楽しいのだぁあああッッ!!』とか言うに違いない!
「ふへええ……、何だこれただの紙の束じゃねーか? よくわからんマークとかが刻んであって意味不明なのだ」
それがトランプのもっとも特徴的なスートというヤツだな。
スペード、ハート、ダイヤ、クラブでグループ分けしてあるんだ。
「なんで赤い色と黒い色で二種類に分かれているんだ?」
「うッ、それは……!?」
「どうせ四種類あるんだから四色で分ければいいのになあ。赤青黄色ピンクで色分けした方がカラフルで楽しそうなのだ」
そうしたら緑色が仲間外れになるだろうがよ。
そういうことじゃない。
たしかにそんな素朴な疑問を呈されると返答に困るのだが……。
だからと言って『ハイそうですか』と変更するわけにもいかない。
トランプの中にはスペードクラブの黒、ハートダイヤの赤の二種類分けすることで成立するゲームもある。
「あと数字のついてるヤツはまだわかるが、このオッサンの絵が描いてあるのはなんだ? Kって何?」
「き、キングのKです……! 十三の意味です……!」
「じゃあこのスペードとかのマークを十三個並べるんじゃだめなのか?」
「ダメなんだよ!!」
十三個も並んでたら数えにくくてパッと見わからんだろう!
だからこその配慮なんだよジャッククィーンキングは! 多分!!
やべえ、素朴な疑問を次々ぶつけられると所詮素人の俺じゃ答えようがない。
恐るべし無知なる者の無垢なる質問。
なんで期の子どもかよ、ってなる。
「ご主人様、このJが二つもあるのは何なのだ?」
「んー?」
Jが二つ?
……ああ、ジャックとジョーカーの二種類か。
ジャックの方は十一の意味で、ジョーカーは……なんて説明すればいいんだ?
「ジョーカーは……まあ特別なカードってところかな?」
「なんで特別なものがあるんだ?」
知らねえよ!!
いいだろ何事にも例外があっても!!
ジョーカーがあるからこそ成立する遊びもあるんだぞ!!
たとえばそう……ババ抜きとかかな。
「よし、せっかくだからババ抜きをやってみようじゃないか」
「早速遊ぶんだな!? 待ちくたびれたのだー!」
お前がのべつ幕なしに質問してくるからだろうが!
いいか解説するぞババ抜きとは!
このジョーカーがババだ。互いにカードを配って、数字がペアになったカードを二枚捨てていく。
そうして手元からカードが少なくなっていき、先にカード枚数ゼロ枚になった者が勝ちっていうゲームだ。
しかし必ず最後まで手元にカードが残る人がいる。何故ならジョーカー=ババは一枚しかないので、ペアを作ることができない。
だから最後までプレイヤーの手元に残り続けるんだ!!
「でもジョーカーも二枚あるぞ? これならペアになるんじゃないか?」
「プレイ時はジョーカーは一枚別にしておくの!!」
「仲間外れってことか? 可哀想なのだー」
それを言ったらなあ!!
……いや、たしかに可哀想かもしれないが……ゲームが成立しないんだよコノヤロー!!
とにかく! 試しに一回やってみようではないかババ抜きを!!
「よしきたのだ。やるからには絶対負けない受けて立つのだー!!」
ではまずカードを配る!
シュッシュッシュッシュッシュッシュ!
そして手持ちの中から既にペアになっているカードを捨てていく。
サッサッサッサッサッサッサッサッサッサッサッサ!
これで準備は完了だ、互いの手元には、ペアのいない数字カード、そして一枚のババが残されている!
上手いこと相手の手元にババを押し付けてすべてのカードを捨て去るんだ!!
「……………………」
こうして実際始めると……。
俺の手元には数字のカードが何枚か残った。
多い。
想定よりずっと多い。
まあ、二人でやるんだから当然か。普通ならもっと大人数でやるはずのものが集中してるってことだしな。
そして、交互にカードを取り合うと、ほぼ百パーセントの確率でペアができて、二枚のカードを捨てる。
それも当たり前だ。
プレイヤーが二人しかいない以上、俺の持ってるカードとペアになるべきもう一枚を持つのは相手側しかいないんだから。
なんだよもう。
引けば確実にペアができて捨てる。
それは相手側も同様。
そしてもっとも重要な事実……。
俺がババを持っていないということは……。
相手のヴィールがババ持っている可能性、百パーセント。
だって俺とヴィールしかプレイヤーがいないんだから。
俺が持っていないものは、ヴィールが所持している以外にない。
「…………」
「……」
お互い無言のままカードを引き、ペアにして捨てていく。
完璧なる消化作業で、結局最後に俺が一枚、ヴィールに二枚のカードが残った。
ヴィールが提示している二枚のうち、一枚が俺のカードとペアになるもので、もう一枚がババ。
ここでやっとゲームに緊張感が生まれる。
ジリジリと二枚のカードに視線が巡り……意を決して一枚引き抜く!
「ババだぁああああああッッ!?」
「今度はおれの番だな。はい数字、二枚捨てておれの勝ちなのだ!!」
負けた……。
ねえねえ楽しかった?
「いやあんまり、佳境まで流れ作業感が果てしなかったのだ」
やっぱりね。
俺だってそうだったもの。
学んだこと一つ。
ババ抜きは二人でやるゲームではなかった。三人以上でするからこそ自分の持ちカードのペアや、問題のババがどこにあるかわからず緊張感の持てるゲームだったのだが……。
「次のゲームやろう」
「何だ他の遊び方があるのか? だったらとっとと教えるのだ!」
「七並べだ」
七並べ。
それは各スートの七から上下番号順にカードを並べていくゲーム。
自分の手持ちのカードから、連続するカードを並べていき六以下もしくは八以上の列を作っていく。
ババ抜き同様、先に手札を使い切った方が勝ち。
勝つためのテクニックとして、連続するカードがあるのにあえて出さず、相手がカードを出すのを妨害することもできる。
今回俺もそれを使った。
妨害テクニックによってヴィールはカードを出せなくなる。
しかしヴィールも学んですぐさま真似し、俺がカードを出すのを妨害してくる。
「おらあああああッ! ハートの四だせやああああッ! 続きが出せねえだろうがあああ!」
「ご主人様こそクラブの十出しやがれなのだあああ!!」
自分の他のプレイヤーが一人しかいないので、誰がどのカードを持っているか丸わかり。
よって誰がどのカードを止めているかも丸わかりで、結局妨害行為に対する抗議という名の罵り合いで極まってしまうのだった。
結論。
七並べも二人でやるゲームじゃねえ。
トランプって大抵どのゲームも三人以上でやるのが推奨なんだ!!






