890 問題山積
表敬訪問が無事終わった僕ことリテセウス、人間国に戻る。
結局、僕との嫁入り問題はエリンギアさんに軍配が上がった。
決め手はやっぱり相手のシェミリさんの立場。
彼女は、つい何年か前まで独立領域であった魔島の主の娘。
魔国に帰属した今では領主の娘というポジションで、封建制をとってる彼の国では当然血統によって一人娘の彼女があとを継がなければならない。
僕の妻の座か? 魔島の跡取りか?
両立しがたい二つの条件に、シェミリさんは泣く泣く魔島の跡取りとしての義務を取った。
彼女の生まれながらの役目であったのだから仕方あるまい。
そうしてからくも僕の妻はエリンギアさんただ一人……という風に収まったんだが、そこで魔王さんが別れ際に余計なことを言い出して……。
――『そなたのような豪傑なら複数の妻を娶ることもあろう! 我ならいつでも相談に乗るぞ』
絶対に相談に乗りません。
一夫多妻制に踏み込んだら完全にとりとめがつかなくなる。
聖者様からも『ハーレムが自動生成されるのはラノベ主人公の基本機能』とか言われたけれど、かまうもんか!!
というわけで人間共和国に戻って表敬訪問の成果を大臣たちに報告するぞ!!
向こうでは、魔王さんと改めて友好的な関係を結び、魔都の多くの人々に僕という存在をアピールできた。
ロゴディアスさんをぶっ飛ばしたおかげで余計にインパクトも残ったことだろう。
さらにはエリンギアさんをお嫁に貰うことで二国の結びつきは益々強くなった。
きっと皆ここまで上手くいったのに喜び、称賛してくれると思っていたんだが……。
* * *
「……なんと軽率なことを」
人間国に戻って最初に開いた閣議で、言われた言葉がそれだった。
「大統領陛下、その決断はあまりに軽率すぎますぞ!」
「そうです、わざわざ魔族どもの付け入る隙を与えてどうします?」
ショックだったのは、異論を唱えるのが一人だけではなかったこと。というか会議に出席している大臣のほとんどが否定的な意見を口にしている。
「人間国の王妃に魔族を迎えるなど、ムザムザこちらの内政に割り込む口実を作るようなものではないですか!」
「さらにその魔族の妃が子を生んだ場合はいかがいたします? 我らは半分魔族の血が混じった者を国王と崇めなくてはならぬのですか!?」
「そもそもお妃の選出は国の大事。我ら重臣に一言の相談もなしというのが口惜しくてなりませぬ」
「我が娘を推薦したとくはすげなく断られたというのに……!!」
と不満が噴出して話にならない。
そもそもの主張が的外れなことも多いし。
彼らはまだ大統領が国王と同じものだと思っているのだ。
だから僕の息子が次の大統領になるのだと当然のように決めつけている。
『大統領は選挙で決めるもの』と何度も口を酸っぱくして言っても、まったく理解しようとしてくれない。
看過している大臣たちは平均年齢五十歳のオッサンばかり。
既に新しい概念を上書きする可能期間を過ぎてしまったのであろうか。
「この婚礼、完璧な悪手であるぞ? 何とか白紙に戻せぬものか?」
「しかし魔王と既に取り交わしたのであろう? ここで反故にし、怒りを買って攻め込まれるということにもなりかねぬ……!」
「やはり魔王め、我らを解放すると見せかけて支配するつもりなのでしょうな。妃を送り込み、新たな人間族王家に魔族の血を混ぜ込もうなどそういう魂胆としか思えません」
「こんなことになるならやはり誰か一人でも随伴するべきだった! 若き大統領陛下にあらせられ場判断を誤ることも充分あったであろうに……!」
「誰も恐れて手を挙げなかったではないか! 敵地のド真ん中になど乗り込みたくないと!」
「過ぎたことを嘆いても仕方あるまい」
「そうだ、これからのことを考えねば! とにかく大統領陛下には早急に第二妃を娶っていただくべきだろう!」
「生粋の人族の、ですな!」
「別に第三妃、第四妃も娶っていただいてかまいませんが、必ずやお世継ぎはその中の一人に生ませていただきます。魔族ずれの第一妃にはけっして胤を与えませぬよう」
「そのためにも、一番いいのは魔族の妃などに指一本触れぬことでござる! 結婚ののちは離宮でも立ててそこに押し込めるがよかろう!」
「表向き丁重に扱っているフリでもしておけば魔王も文句は言いますまい!!」
「その間に、何としても汚れなき純粋なるお世継ぎを!!」
「なれば第二妃には是非とも我が娘を! 男に従い、国に尽くすことを心得た賢婦人にござれば!」
「なんの! 我が娘こそ三国一の美姫ですぞ! 魔族女より遥かに大統領陛下を満足させましょう!!」
ワイワイとわめき合って、結局息つく話題は自分の娘を僕と結婚させようとすること。
そうしさえすれば自分が権力を握れると今でも考えているんだ。
もしかしたら何度説明しても大統領制のことを理解してくれないのは、理解できないんじゃなくて理解したくないからではないか?
自分の娘を王妃にして、王様の親戚として実権を握る。
そうした栄達の仕方が染みついた彼らは、別の方法で立身出世する方法を知らない。
だからこそ制度が変わることを許さない。
絶対に。
水の中でしか生きられない魚は水から出ることを拒否するだろうが、それと同じだ。
しかし、そんな連中に合わせていたら、世の中は絶対に変わらない。
「いっそ魔族の妃を密かに殺してはいかがでしょう? 何危険はありません、弱い毒を幾日にも分けて……」
ズドン!!
大きな音と共に会議室の机が割れた。
綺麗な真っ二つに。
僕の拳を叩きつけたらそうなった。台パンというヤツ。
その机を囲んでいた大臣たちはあまりの出来事の言葉も失い、呼吸も忘れている。
「……僕は席を外す。あとはアナタたちで進めておいてくれ」
「し、しかし……何事も大統領陛下の御裁可がなくては決定には」
「まとめた議題をあとで報告しに来ればいいだろう」
「それでは円滑さに欠けまする。報告はは後にしてとりあえず進めるというのは……?」
「いいわけないだろう」
僕に睨まれて『ヒッ』と喉を鳴らす大臣。
僕はもうあとは一言もしゃべらずに会議室から出た。
城からも出た。
そして向かった場所は……。
* * *
「わぁあああああああッ! 助けてよワルキナ!!」
「何だいきなり訪ねてくるなり抱き着いて!? やめろ変な勘繰りを受ける!!」
僕が訪ねたのは旧友ワルキナのところ。
お隣同士の領で育った僕らは、双方が領主に仕えていたということもあって、それなりに馴染みがあった。
そこから共々農場留学生に抜擢されて、より付き合いが親密化。
農場で同じ釜のご飯(メチャクチャ美味い)を食べ、ほぼ同じ時間に寝起きし、苦楽を共にした親友の間柄になった。
農場から卒業した直後はお互いの故郷に戻り、それ以来疎遠になっていたものの……。
「助けて! 助けてよぉ!! 大臣がもうアホばっかりなんだよぉおおおおッッ!!」
「……直接会ったのは、こないだの大統領就任式の時だっけ? あれから随分やつれたなあ……」
そうそう!
あの時、農場留学生の皆がお祝いに駆けつけてくれたんだよね!
来れる人は全員!
あの時に『協力できることがあったら何でも言ってくれ』って言質取った!!
説明中……。
「……要するに、政治を補佐しているオッサンどもが頭古臭すぎて害悪レベルだと?」
「そこまで酷い言い方はしてないんだけれど……!?」
「飾らずに言えばそういうことじゃん」
ワルキナは率直に物事を言う癖があるからなあ。
しかしいい加減どうにかしないと現実が許容してくれなくなる。
とにかく僕と一緒に改革を押し進めてくれる人を大募集!
ここまで話せば僕の来訪の理由は察してくれたかなワルキナくん!!
「オレに大統領府に入れって言うの? 嫌だよ」
なんで!?
なんでそんな即座に断るの!?
「だってオレもう、領主のお嬢様と結婚してるんだぜ? 次期領主のフラグ立ってんの。これから義父になった元主人をサポートして、領主としての下積みをしていかなきゃならない大事な時期なの」
そんなこと言わずにいいいいいいいッッ!!
今僕の手伝いをしないとこの国全体の雲行きが怪しくなるぞ!
次期領主としてそれはマズいだろう!?
「国の命運を人質にしてきやがった……!? 国主になってしたたかさが上がったな。……まあ、いいだろ」
えッ!? では!?
「義父上もまだまだ元気だし、今日明日領主の席が空くなんてこともないだろ。その間中央で経験なり人脈なり築いておくのも有意義かもな」
やったぁあああああああッッ!!
これで改革推進の足掛かりができた。
僕と一緒に農場で学び、先進的な考えの染み込んだワルキナならきっと最高の片腕になってくれるはず!
それを思えば同じく農場で一緒に学んだエリンギアさんがお嫁に来てくれるのも頼れる人材が駆けつけてくれたものと思えばいい!
でも、人材には質も必要だが量も必要だ。
協力してくれそうな旧友に声をかけただけじゃ、あの頭が古い人たちに対抗しきれない。
もっと別の手を考える必要がある……!?






