889 民主主義の力
リテセウスです定期。
まあ、こうなるってことは何となくわかってたんだ。
大体いつもバトルになるんだもん展開的に。
今回も想定して、訪問前に軽くトレーニングして体をほぐしておいてよかった。
これから急に体を動かして肉離れとか起こすこともあるまい。
「まままままま、魔王様! 舞踏会でこのような野蛮なこと、前代未聞でございます!」
「いいではないか余興としてはちょうどいい」
魔王様と、なんか偉そうな貴族っぽい人が話をしている。
貴族っぽい中年のオジサンが、顔中汗ビッショリで魔王さんに縋りついているという構図。
きっと今夜の舞踏会の取り仕切りみたいな立ち位置の人なんだろうな。
ごめんなさい、急遽予定を変更させてしまって。
でもきっとすぐ済むと思うから安心してください。そしたらすぐに優雅で穏やかな舞踏会へと戻れることでしょう。
「覚悟はいいな、貧弱な人族め……!」
ケンカ相手の……誰だっけ? ロゴディアスさんだったかいう大男の人は、まさしく臨戦態勢とばかりに上着を脱いで、指の関節をポキポキ鳴らしている。
「まさか大統領様みずから戦われるとは殊勝なことだ。まさか陰謀かな? このオレに隣国の王を殴らせて、その罪で処刑でもさせようと?」
「そんな小ズルいことは考えてないから安心してください。このケンカでのことはお互い何があっても罪には問わないと魔王さんと約束してあります」
「その心配りを後悔しなければいいがな……!」
ロゴディアスが力を入れる。
全身の筋肉が盛り上がって、シャツの一番上のボタンが千切れとんだ。
定番の演出だなあ……。
対する僕は舞踏会用の正装のネクタイも緩めず、そのまま立ち会う。
「フン、バカめ。敗者人族風情が魔族に盾突くなど……、しかも人族でもまあまあ手強いのは、鬱陶しいスキルとかいうものを持つ勇者ぐらいのもの。お前が勇者でないことは調べもついている。だったら一方的に殴りつけて、種族の優越というものを思い知らせてやろう」
「また間違いだ」
僕は言う。
「人族と魔族に……いやすべての種族に優劣などはない。あらゆる種族にも、得意なことと不得意なことがそれぞれあるだけだ」
「ぐぼっははははは! そのような小賢しい屁理屈で、今から負けた時の予防線張りか? だったら前もって教えてもらおうか、人族は何を得意として、この最強魔族ロゴディアスに立ち向かってくるのかな?」
そうだな……。
まあ色々あるけれど、今はデモンストレーションを兼ねてこの一点をアピールしよう。
「……民主主義、かな?」
「は? なんだそれは?」
案の定、聞き慣れない言葉に虚を突かれる魔族さん。
「人族で新しくできた考え方だよ。これから新しい人間国は、その考え方を基に国家を運営していく」
「なるほど……、ではそのミンシュシュギとやらがどれほどの力のものか見せてもらおうではないか! 弱小人族が編み出したものなどなんであろうと魔族には通じないと実証させるだけだがな!!」
お喋りはここまでとばかりに襲い掛かってくる巨漢魔族。
やっぱり見た目通りに肉弾主体のパワーファイターなのだろう。
対する僕は、自分で言うのもなんだが小柄で細い。
ムキムキマッチョくんから見たらそれはもうへし折りやすいザコだろう。一発で捻り潰せると思っていることよ。
「さあ、今すぐ死ねぇえええええッッ!!」
しかし僕には民主主義がある!
さあ見るがいい、僕の必殺の……。
「民主主義パンチ!!」
「ぐいべふぅ!」
突進気味に僕に駆け寄ってくるロゴディアスが、それよりも速く逆方向に吹っ飛ばされた。
僕に頬を殴られて、その勢いに踏みとどまることもできなかったんだ。
本当にボールのように飛び跳ねていった。
「なにッ!? なんでこのオレが人族ごときの細腕に殴り飛ばされる!? 魔王軍の中で最大体格とされるオレがなすすべもなく!?」
「民主主義キック!」
「おげッ!?」
ここで手を緩めない。
民主主義が大いなることを見せつけるために民主主義の力を全力で発揮していく!
「民主主義チョップ! 民主主義ヘッドバッド!」
「ぐべぇッ!? ごぼッ!?」
「民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義民主主義ッッ!!」
「やっだぁーばぁあああああああああああッッ!?」
嵐のように繰り出される民主主義ラッシュで、体中に拳の痕をつけながら吹っ飛ばされていく。
戦いは、宮殿の中庭で行われていたが、それがよかった。
もし舞踏会のホールから動かなかったら天井をブチ破ってせっかくの魔王さんの宮殿を台無しにしてしまうからな。
場所移動はナイス判断だった。
「ひでぶッ!」
一旦上空に叩き上げたロゴディアスを受け止める。
だって場所移動した中庭であっても、ここは魔王さんのお膝元。バリバリに整えられた庭園にバラの花も満開に咲き誇っているから、そこへロゴディアスの死体(死んでない)を突入させてグチャグチャに荒らすわけにはいかない。
「彼を医務室へ。あるいは病院へ」
むさい男の身体を、これ以上抱え上げたくもなかったので、城内の衛兵さんにパスする。
そこまでの様子を、舞踏会に出席していた貴族的な魔族の人たちもつぶさに目撃していた。
「あんなに一方的に……!?」
「ロゴディアス殿は、怨聖剣の家系に属する有望な魔王軍人と聞いたぞ……!? 見た目通りの剛力無双で、次期四天王の座も充分に狙えるとか……!?」
「そのエリート軍人が、まったくわけもわからいまま敗北を喫してしまった……!?」
そんなポジションだったの彼?
だったらもうちょっと花を持たせてターン譲ってあげた方がよかっただろうか?
どっちにしても最終的に僕が勝つけれど。
「ふッ、見たかな新しく若い人王の力を?」
だから魔王さん。
人王ではなくて人間大統領ですって。
「人族はけっして侮っていい相手ではない。そのことが今の数秒間だけでも身に染みてわかったはず」
「……」
無言でウンウン頷く、舞踏会の出席者。
「我々が戦争に勝てたのは、ただ運がよかったこと。そしてかつての一旦滅亡する以前の人間国に正しい理がなかったこと。我らの勝因はそんなものだが今、再生を果たした人間国に討たれる落ち度など存在しない。それを無視して再び争えば、理を欠くのは今度は魔族側となり、勝利の神はどちらに微笑むかわからなくなる」
魔王さんの演説に誰もが聞き入り、口を挟むこともできない。
僕が圧倒的な勝利を見せつけて度肝を抜いたというのもあるが、人の心の空白に突入するのが上手い人は指揮官としても一流になれる。
「一度勝った相手だからと次も簡単に勝てるなどといった弛みきった考えは、今のリテセウス殿の戦いで吹き飛んだはずだ。頼もしい隣人は、友となってこそ安心を得られる。一つは敵に回すことのない安心。もう一つは困難の時、一緒になって立ち向かうことのできる安心だ」
演説うめー。
皆聞き入っている。
こういうことを隙あらばぶっこんでかないといけないわけだな指導者というのは。
勉強になるなあ。
「そしてこのたび、我が配下でもあるエリンギアが嫁入りしてくれる。個人同士のことではあっても二ヶ国にとって易あること。我も魔王として積極的に祝福したい!」
その宣言と同時に万雷の拍手が鳴り響いた。
これで僕とエリンギアとの結婚は前向きに進むであろう、世界がまた一歩先に進んだという実感が湧いた。
「ちょっと待ったぁあああーーーーーーーーッッ!!」
と思ったのに、いきなりちょっと待ったコールが!?
「その結婚認められないわ! 何故ならリテセウスと結婚するのは私だから!!」
そういうアナタは!?
見覚えのある顔だと思ったら、アナタはシェミリさん!?
魔国本土から遠く離れた魔の島に住む魔族の女性。
かつて帰属問題で本国と揉めた時に、僕が関わったことがあった!
「本土へ謁見に来たタイミングとちょうど重なってよかったわ!! リテセウスの才覚には私だって目をつけていたのよ! 未来の魔島の主として私が連れ帰る!!」
シェミリさんも僕のことを諦めていなかったのかッ!?
そこへ噛みつき返すエリンギアさん!
「ふざけんじゃねーわよ! 見たでしょうたった今、私たちの結婚は魔王様に認められたのよ! あとからシャシャッてんじゃねー!!」
「あぁッ!? 身分なら私の方が上でしょうがよ!! 人間国との繋がりを深めたかったらより高位の私の方が嫁ぐべき! ただの軍人は潔く身を引きなさい!」
「身分高いっつってもだからこそアンタは魔島を継ぐために嫁入りできないでしょうがよ! リテセウスは人間国で一番偉いのよ! 婿入りなんかできるわけないでしょ! 身分の概念をもっと考えなさぁあああああああッッ!!」
「うぐぅッ!?」
僕を巡って争いあう美女二人。
その模様も舞踏会に訪れた上位魔族から目撃されて、益々僕の色んな評判が広がるのだった。
代表して魔王さんからのコメント。
「はっはっは、女性からモテるというのもトップに必要な条件よ! リテセウスは実に先行き楽しみな指導者であることよ!!」
そんなこんなで、僕の名声が魔都中で響き渡ったのだった。
それもまた人魔融和の筋道になってくれるのかな?






