886 歓迎
引き続きリテセウスです。
……あッ、人間大統領のリテセウスです。
いまだに慣れないなこの肩書き。
本日は、魔国へ表敬訪問する日。
かつては敵国として長く戦争し、その戦いに敗けて占領下にあったりもしたが無事国家として再興し、一国として正式にお隣りへ挨拶に行く初めてのこととなります。
魔国と人間国。
正式に友人として一緒に歩きだす、これが第一歩となることでしょう。
魔国の首都……魔都に到着すると、すぐさま魔王さんが出迎えてくれた。
「よくぞ参った! 人族の若き導き手よ!」
僕も応え、早速固い握手を交わす。
周囲には魔国の偉い人たちや、一般民衆の見物人たちが多くいて、とにかく大賑わいだった。
隣国からの訪問者を、とにかく盛大に歓迎しようという意志が受け取れた。
「史上初、友人として訪問してくれた人族の指導者を、我は魔国の代表として全力で歓迎しよう。今宵は魔王城にて舞踏会の準備をしてあるので存分に楽しんでほしい!」
魔王さんの歓待は心からのものであると疑いなく感じ取れる。
本当なら属国扱いでもいいぐらいなのに、魔王さんの態度はあくまで対等の相手として扱ってくれる。
この器の広さこそが魔王さんの覇者たるゆえんなのだろう。
いくら戦争に勝ったからと言って、資質がなければ魔国人間国と二つの国を大過なく治め続けるなどできなかった。
「上手くやっているようだな人間国大統領」
「はッ、恐縮です!!」
そして下っ端気分の抜けきらない僕。
「そなたは、最初の農場留学生を募集した時にやってきた者であったな。あの時の政策が正しかったと、今のそなたを見て確信できるぞ。新しい人材が、新しい世代を切り開く……そういうことなのだからな」
と、温かみのある言葉までいただいた。
「農場で学んだ様々なことを実践するに、今の役職ほどの打ってつけはあるまい。そなたを指導した聖者殿や先生の期待に応えるためにも全力で、共に国を栄えさせていこうではないか」
「はいです!」
「ダルキッシュ殿と肩を並べて進んでいくのも楽しみであったが。思い切ってひたすら若い人材を登用するというのも一つのやり方ではあったな。これからが実に楽しみだ」
そうですな。
人族の領主の一人ダルキッシュ様は、その立場才覚から充分に人間大統領を狙えるポジションにはいましたけど、迷うことなくそのルートから一抜けしましたからね。
ダルキッシュ様が治める領地では、毎年オークボ城のイベントが盛り上がっていて魔王さんもそれに参加している。
その縁で仲良くなるたっていたようだが、彼らの絆はオークボ城でのみ輝くという感じなのかな。
とにかく僕は、魔都で想像以上の歓待を受けた。
魔都に入ってから魔王城に辿りつくまでの道筋はパレードだった。
魔王さんと肩を並べて、魔都の人々から歓声を受けて手を振って応えた。
それだけでも魔国人間国の親密さをアピールできたことだろう。
人族はもはや、魔族の敵ではない。
人間共和国は、かつて魔国を脅かした人間国とは違う。
そのことを充分に伝えるための表敬訪問は、いきなりその目的を充分に達せられたのだった。
* * *
魔王城に到着してからは、魔王妃さんやその王子王女などとも対面を果たし、さらに大勢の前で友好宣言に調印したりもした。
外交としてなかなかの成果だ。
そのあと魔王さんと一対一で、魔国人間国が共同で進めている政策の確認、さらに協力し合える分野はないかと話し合いを重ねる。
僕としては、現政府の慢性的な人材不足……、特に民主制という新しい概念に追いつける価値観の持ち主がいないことに改めて懸念を伝え、魔国側からの協力を求めた。
「うむ……、我らとしても協力は惜しまぬが、民主制という仕来り自体、この魔国においてもなじみが薄い……。やはりそのような考え方はやはり農場からやってきたもの。その根源にある聖者殿らに相談した方が早いのではないかな?」
やっぱりそう思います?
僕も薄々そう思っていたんですが、あまり聖者様に俗世の政治に関わっていただくのも恐れ多いというか……。
ただでさえここ最近『聖者キダン同盟』なる、聖者様を政治の場へ引っ張り出そうとする連中が自然発生的に跋扈しているところですからね。
いよいよとなったら話を通してみます。
今のところは僕にできることを全力でやり通すぜ。
「では今宵のところは舞踏会で羽を伸ばすがよかろう。魔国の名士貴族たちが、そなたをもてなすために集まってきたのだ。存分にチヤホヤされるがよいぞ」
その言い方もどうなの……とは思ったが、僕も今では人間国を代表する元首。多少はチヤホヤされることに慣れておくべきなのかもしれない。
その辺の感触を確かめるためにも、舞踏会というのに臨むことにした。
* * *
その晩。
案内されるがままにやってきた場所は、僕が今まで体験したこともない雰囲気だった。
一言で言ってゴージャス。
壁やら天井やらが金色にキラキラ光っていた。そこに詰めかける、豪華なドレスやらスーツを着た人々もキラキラに輝いている。
「皆の者、今宵は人間共和国からやってきた若き国王リテセウス殿を歓迎するための宴である」
そして魔王さんもそれなりにオシャレしていた。
普段着よりも袖とかにキンキラ刺繍された上着を着ている。
しかし僕のことを国王呼びとは、やはり魔王さんですら民主体制の正確なところは理解なさっていないのだな。
「憎しみあいの時代は終わり、これよりは人間国と魔国が手を取り合う時代が来る。若きリテセウス殿はその旗手となる者だ。皆、今宵は彼との誼を存分に通じほしい。では楽しんでくれ」
挨拶もそこそこに宴が始まった。
手慣れた人たちはもう音楽に合わせて踊りだしている。
宮廷音楽に身を任せた優雅なダンシング。
しかし僕は、当然のことながらこのノリについていけないので呆然と立ち尽くしていると、途端に囲まれた。
魔国の上流階級っぽい方々に。
「お発にお目にかかります人族の新たな指導者殿」
「このような若さで国家の頂点に立たれるとは。よほどの才覚をお持ちなのか……あるいは子どもを頼りにせねばならないほど人族たちは、人材に事欠いておいでなのかな?」
「そうあけすけに言ってはなりませんぞ? 何しろ人間国は、敗戦の際に主だった者たちを皆殺しにされたそうですからな。そりゃあ人材不足に陥ることでしょう」
「よければ魔国側から何人か割いてあげればよろしいのではなくて? 魔族の中では凡俗の輩でも、人間国では重宝することでしょう?」
中には舐め切った態度の言動もチラホラ見受けられた。
予想はしていたが仕方のないことだ。
どれだけ有効的な関係を築きたくても、魔国と人間国はかつてバチバチにやり合った戦争相手であった過去は変わりない。
そしてその戦いには明確な決着がついていた。
勝者が敗者を見下したくなるのは当然のことだ。
そのためにも頑張って戦い抜いたのだから、戦いが終わってすぐさま対等に仲良くなりましょう……とは感情が許さないものだろう。
「たしかに我ら人間共和国に、必要な人材はまだまだ揃い切っていないと言わざるを得ません」
しかしだからと言って売り言葉に買い言葉……とはならない。
なってはいけないし。
せっかく友好を深めることが目的の訪問なのに、ここでケンカ沙汰にでもなれば、その目的がすべてぶち壊しだ。
だからこそ今は、様々な場所で培ってきた角の立たない話術で凌ぐ!
「何しろ僕がこれから築き上げていきたいのは、これまでにない種類の国家ですので。多くの人が僕の理想をわかってくれずやきもきしております」
「それは……はあ……!?」
周囲の魔族さんたちは曖昧模糊とした返事をするしかない。
しょうがない、僕の言っていること自体が要領を得ないのだから。理想を高く掲げすぎてかすんでしまっている内容に、相手も精々打てる相槌は『はあ、まあ……』ぐらいのものだろう。
しかしそれでもいい、ヘタに口論になるよりはこうして煙に巻いた方が互いにとってもいいことだ。
「そ……それはともかく、新たな人王殿は随分とお若いが、ご結婚の予定はありますのかしら?」
「人間大統領です。人王ではありません」
向こうも露骨に話題を変えてきた。
これはこれで狙い通りだが、変わった話題の方向性がまた何とも厄介だ。
「まだ独身ですし、結婚の予定も今のところは……。新たに発足した人間共和国の土台固めに手いっぱいですので、とてもプライベートにまで余裕は……」
「それはよくない! 男たるもの家庭を持って一人前ですよ! それに余裕がないというならなおさら結婚するべきです! 仕事に追われる夫を陰で支えるのが妻の役目なのですから!」
と強烈に結婚を勧められる。
実のところこうしたお節介は僕の周囲で頻繁に起こっている。
今の世の中、何はともあれ結婚しなくては一人前と認められない。
大統領として、国家の頂点に立つのならちゃんと結婚して、必要最低限立派な人間になれということだった。
……中には権力欲に塗れた誘いもあったが。
本拠の人間国ですら毎日のように言われていることを、表敬訪問先ですら言われることになって僕もさすがにげんなりする。
「もしよろしければ、私の方からいい娘を紹介いたしましょうか? さすれば人間国と魔国の結びつきもより強くなりますからなあ!!」
……と、僕のことを取り囲む上級魔族から言葉が飛び出た。
それを聞いて僕は辟易する。
まさか魔族からも結婚相手を進められることになるなんて。
魔国の貴族階級の人が、僕に進めてくれた結婚相手は……。






