885 人間大統領、訪魔
引き続き、人間共和国での大統領会議にて。
僕が『魔国への表敬訪問』の意を表すと、途端に会議に出席する面々から不穏な空気が漂い出した。
まるで僕が出したこの考えに不満があるかのように。
「恐れながら申し上げます……大統領陛下にはどうかお考えを改めいただきますよう」
「どういうことだ?」
持って回った言い方をしているが、要するに『テメエの意見に反対だ』と言っている。
しかし何故?
魔国との関係をより深めるためにも、人間共和国発足からできるだけ早いうちの訪問は必須のことだろうに。
「まず危険です。かつての敵国である魔国へノコノコと乗り込んで、もしものことがあったらどうします?」
「『もしものこと』とはどういうことだ? 具体的に言ってみてくれ」
「それは……暗殺とか……」
そんなことを言い出す大臣に、僕は後頭部をぶん殴られるような衝撃を受けた。
今この段階に来てそんなことを言い出す輩がいるのかと、しかもこの人間大統領府という中枢にいる人の口から出た言葉がそれとは……。
「何故魔族が僕を暗殺する必要がある? 人間国を乗っ取るためか? しかしこの国はつい最近まで魔族の支配下にあった」
その支配権を彼ら自身から返してくれたんだ。
僕を暗殺までして手に入れたかったのなら最初から返さなければいいだけの話だろう。
「そ、そうではありますが用心するに越したことはありません! どんな危険が潜んでいるかわからぬということを重々承知ください!」
「だから『どんな危険』というのはどういう危険のことだ? 具体的に言ってみろ」
他の大臣まで反対してくるのへ、僕は段々と苛立たしさを隠しきれなくなっていく。
「仮に魔王やその周囲に敵意がないのだとしても、魔族全体がそうだとは必ずしもありえません! 相手はかつての敵国であるということを重々お忘れなく! 個人的な恨みをいまだ抱える者たちが暴走するとも限りません!」
「そうです! もしそんなことが起これば、孤立無援の敵国内で大統領陛下をお守りすること叶いますかどうか! 警護の者は全力を尽くすでしょうが、そもそも御身を永らえさせるためには危険へと飛び込まなければいいのです!」
「どうか、軽率な行動は慎みいただけますよう」
皆が嵩にかかって翻意を求めてくる。
実のことこういうのは割とな頻度であって、僕が考えを述べる時……特にこれまでの常識にとらわれない突拍子もないことを言う時には大抵みんなして反対意見を述べてくるのだった。
もちろんそんな意見に封殺されてしまうようでは、僕も大統領の座を預かった意味はない。
聖者様や多くの人たちから押し付け……もとい託された役割だからしっかりと遂行する。
「僕が魔国へ行くのが危険だというキミたちの意見はわかった。しかし、その逆はどうか?」
「は?」
「魔国の重要人物が、ここ人間国へ足を踏み入れることは危険じゃないのか? 魔国の長……魔王さんは、その危険を冒して何度も人間国へ来訪している」
僕の就任式典の時もそうだった。
僕の前に壇上へ立って見事な演説をしてくれたものだ。
お陰で僕のハードルガン上がりになったけれど。
「魔王さんは平和のため……魔族と人族との友好が揺るぎないものにするためにリスクを冒して表敬訪問してくれたんだ」
実際、その態度に感動して蟠りを解いてくれた人族も数多くいることだろう。
幾度となく魔王さんの姿を目にして親しみがわくこともあるだろう。
「だったら人間国側のトップである僕も、その姿勢に倣わなければ。友好を望んでいるのは魔族側だけではない、人族側も望んでいるということを行動で示さなければ!」
そのための表敬訪問。
先輩支配者の魔王さんの行動に倣うんだ。
「しかし、お待ちください……!」
大臣の一人がまた押し止めに来る。
「安全の問題は別にしても、やはり大統領陛下は軽々しく魔国などに行ってはなりません、我が国が下だと思われます!」
「は?」
「古来より、挨拶とは下の者が上の者へと訪れてするのです。今、大統領陛下が魔国へ向かえば、我ら人族は魔族よりも下ゆえにわざわざ足を運びご機嫌伺いしに行ったのだと謂われない非難を浴びますぞ!」
「何をバカな」
完全に予想だにしない意見が出て、僕は呆れてしまう。
どちらが上でどちらが下かなんて、そんなどうでもいいことに囚われている人が未だにいるのか?
「人魔戦争は魔族側の勝利、人族側の敗北によって幕を閉じた。上下の関係を考えるなら間違いなく人族側……人間国が下だろう」
「何を仰います! 人間共和国として復活した今だからこそ、互いの立場は対等であることをしっかり主張すべきです!」
「対等な立場は、互いの友好信頼の関係を元に示すべきだ。そのために表敬訪問しようという僕の考えを、何度言ったら理解してくれるんだ?」
「ですから、こちらからノコノコと足を延ばしては下に見られます! こちらの異様を示すためにも魔王の方を呼び出すべきです!!」
「魔王さんは既に人間国を訪問しているじゃないか」
僕の就任式の日に。
「それ以前も何度か気軽に訪問してくれた魔王さんだが、あの日のそれは国家の代表としての正式なものだった。きっと魔国には今のキミたちみたいに、くだらない上下論から魔王さんを止めようとした者もいるはずだ」
「それは……ッ!?」
「それを退けて就任式に出席し、祝福を述べてくれた魔王さんは、新生人間国への友好を示してくれた。ならば今度はこちらの番だ」
向こうが『仲よくしよう』と発信してくれるなら、こっちも応えなければいけない。
一方的な好意だけで友好関係は成立しない。
「これから僕の直筆親書をしたためるから、それを携えた使者を向かわせてくれ。その使者に表敬訪問の日程を話し合わせるように」
「……了解しました」
「これは最優先案件だ。他の案感が忙しくて手が回りませんでした……なんていう言い訳は受け付けないぞ」
言いすぎかも……とは思ったが念押しをせざるを得なかった。
今、大統領府に勤めている者たちの大半は、かつて王制時代の人間国に勤めていた官僚たち。
人王に仕え、人族こそが世界最高というプライドを持ち続けてきた彼らにとって、新しく人間共和国が発足したのは我が世の復権……再び人族が世界最高の地位に返り咲いたという理解なんだろう。
それは大きな間違いで、人間国はこれから本格的に立て直しをしていかなければいけない段階なのに、こうした古いプライドは人間国の再興&世界平和へ向かうことへの邪魔にしかならなかった。
それでも彼らを雇わなければいけないのは、ひとえに彼らがいなければ政務を回していくことができないから。
かつての人間国が滅びてから、まだ十年と経っていない。
いまだ新しい人材は育たず、慢性的な人材不足に陥っている。
「それもこれからの課題だなあ……!」
会議を終えて、執務室へ戻ろうとする僕の背後から声。
呼び止めに振り向くと、さっき会議に参加していた大臣の一人が駆け寄ってくる。
「大統領陛下。このあと何か予定はございますかな?」
「執務を続けますけれど?」
「是非とも本日の夕食は、我が邸でおとりいただけませんか」
?
何?
夕食のお誘い?
なんで今唐突に?
「実は我が娘が十七となり、歳の頃もちょうど大統領陛下と釣り合います。これを機に誼を通じていただければと……」
「……!」
相手の意図がわかって、僕は返事もせずにそこから立ち去った、足早に。
彼は、自分の娘と僕のことを結婚させようというのか。
彼らの脳みそは、まだ王制時代のままなんだ。
僕が大統領として人間共和国の頂点に立っても、彼らには国王と見分けがついていない。
『国家の頂点に立つってんなら大統領も、王様みたいなものでしょう』とか思っているに違いない。
その証拠に彼らはずっと『大統領陛下』と呼んでいる。
きっと僕に子どもができたら、その子どもが次の大統領になると思っているんだ。
だからこそ自分の娘を僕の隣に送り込もうとしている。
まんま王制時代の処世術だ。
このままではいけない。
意識がまったく王制時代から動いていない。
早いとこ人族一人一人の意識から刷新し、民衆が動かしていく人間共和国を確固たるものにしないと。
そのためにもまず魔国への表敬訪問を成功させないことには。
なんとしても成功させてやる。
……古い考えに縛られた補佐官たちであったが、だからこそしっかり命じればきっかり成し遂げるのか。
魔国側との調整はしっかりと上手くいき、表敬訪問は実現することになった。
本日、僕は魔都へと訪問する。






