884 若者の懊悩、位人臣の極みにて
僕はリテセウス。
新生・人間共和国の初代大統領だ。
…………。
ダメだ、まだ全然実感が伴わない……!
聖者様曰く、大統領とは国の長。
責任の重さは国王と同等。
まさか僕がそんな大層な役職に就くことになるなんて!!
なるなんてッ!!
僕のような小僧がですよ!
こういうのってもっとこう経験豊かな年長者がつくものじゃないんですかッ。
現在人間国は深刻な人材不足……というわけでもなく、戦争後もしっかり生き残ってくれた各地の領主様など、国家の長に相応しい人材が取り揃えられているというのにッ!
なーんで僕みたいな若僧がトントン拍子に就いちゃったんでしょうかね!? 誰かに説明を求めたい!
そもそも大統領に就くプロセス自体が、今振り返れば謎ですもん。
なんでバトルで決めてるの!?
仮にも新しい人間国の新しい長……これからの国家の行く末を決める重大なことでしょう!?
もっと慎重にやれや!
話し合いとか多数決とか色々方法はあるだろうに、よりにもよってバトル。
しかも一対一のケンカですよ。
そんなの街のガキ大将を決める方法であって、断じて国家の長を決めるものではないと思うんだが!?
……って言うのを散々ゴネたんだよね、実際に就任する時に。
しかし周囲から寄ってたかって説得された。
曰く『若い体制には若い指導者が必要だ』とか『旧弊を打ち払わなければならない』とか。
僕、リテセウスはかつて農場という場所で多くを学んだ。
農場といっても普通の場所ではない。
聖者様が築き上げ、多くの超越者が集った凄まじい場所。
そんなところで学べば多くのことが身に着く。
普通に生きていたら絶対に知ることのないような世界の神秘すらも。
僕もそんなところで学び、常ならぬことの多くを知って覚えたならば、そのことを生かして世界で活躍しなければ。
……とは思ったんだけども、いきなり大統領は最終ステージすぎはしませんか?
僕だって段階を踏んで世の中に貢献して生きたかったんですけれども?
いかに常ならぬ場所で多くを学んできたからって、まずは下積みから始めないと。
そうしてゆっくりと段階を上げていきたかったのに、早速国家の長って!!
段階飛ばしが過ぎませんかね!?
だから危うく任命されかかった時に全力でゴネたんだけど、ダルキッシュ様を始めとした現役領主さまたちに全力で説得されて、断るという道はもはや残されていなかった。
本来であれば力ある領主さまのうちの誰かがなるべきであろうに、何がなんでもそれを避けようとしているんだが。
旧人間国が乱れて衰退したのって、ここにも理由がある気がするんだけどどうかな?
そう思った僕は一から思い直して、やっぱり大統領職を引き受けることにした。
僕が何とかしないと!
って。
……と僕が人間大統領となるまでの悩みと葛藤を振り返ってみました。
今さら。
だってなかなか語る機会もなかったしね。
結局就任式の演説も大失敗して上手く喋れななったし。
ジュニア様があそこまで会場を沸かせていて、どうしてそのあとに僕がどうすればより盛り上がるというのか?
それでも当日の主役が僕なんだからと無理してまでいいスピーチをしようとしたら見事に自爆してしまった。
今なを思い出す苦い思い出になってしまった。
そんなこんなでスタートした僕の人間大統領としての生活。
今のところは順調と言えそうです。
かつて魔王軍占領府があった場所、さらにその前は旧人間国の王城だった場所に政庁をかまえ、そこで日々政務をこなしたり法律を制定したりと皆で話し合っています。
「大統領、この書類にサインを」
「各地の災害予測が上がってきました」
「備蓄の再調査ですが、前回と比べ誤差があります。何者かによる横流しの可能性があるかと……」
「選挙制度に関する草案が上がってきました」
などと対処しなければいけない案件が数え切れない。
王様たちはいつもこんな大変な仕事をしているんだなあ、と頭が下がる。
さらに目下僕たちが打ち込まなければいけない重要な案件は、選挙制度の確立だ。
農場で学んだ僕だからこそわかる、その制度の大切さ。
選挙は民主主義の要だ。
王制を廃し、人間共和国になったからには民主の理を完全なものにして、人間族の一人一人が国を動かすつもりでいなければならぬ。
しかしそんな意識を一日二日で備えるわけにもいかず、初代大統領の僕としてはまず、実力ある領主様たちの任命によって、この座に就くことが許された。
しかし、これからもそうであるわけにはいかない。
僕の次にも第二代……第三代の大統領が選出されるとき、また限りある実力者からのみの認定でなっては結局、この国は一部の実力者によって動かされるのだということになってしまう。
それでは王制だった旧人間国の頃と何も変わらない。
なので、とにかく次の大統領が選出される……現在のところ初代である僕の任期が十年と定められているので……、十年後に行われるであろう第二代大統領選出の際には全国民によって投票される総選挙を是非とも来ないたい。
いや、行わなければならぬ。
新生・人間共和国に選挙制度を定着させてこそ、この僕が初代大統領になった意味があるのだと心の底からそう思って選挙の準備に取り組んでいる今のうちから。
十年後に備えて。
『気が早すぎじゃね?』『他にやることがあるんじゃね?』という意見がよく上がるがとんでもない。
これまで『選挙』というものをまったく知らない人たちに選挙の概念や意義を教え、きっちり実行までできるようにさせる。
しかも国中の全員に、一人の漏れもなく。
それがどれだけ大変なことなのか、想像もつかない。
想像ができないというよりは、想像力が追い付かないという感じ。
これまでずっと王制に慣れ切り、何も考えずに支配者に従っておけばよかった民衆さんたち。
『そっちの方が楽なんだから、これからもそうしておけばいんじゃね?』などと思われたら絶対ダメなんだ。
人々の徹底的な意識改革。各地に学校を開き、読み書き計算をキッチリ教えつつそう言った民主制のことを浸透させていかねば……と思っています。
これを完遂するにはやっぱり十年は必要になるだろう。一年二年でパッと済むようなことではない。
やはりこの大変さは、創業に伴うものだってこともあるんだろうが、やっぱり大変だなあ、目が回るほどに忙しい。
そんな風に思っていたある日のことだった。
* * *
「魔国への表敬訪問する」
本日の会議にて、僕はその議題を挙げた。
政務を助けるために集まった各大臣的な人々か僕の意向にリアクションを示す。
王制から民主制、王様から大統領に代わって首脳部の呼び名もなんか変えたいとは思ったけど、特にいいのも浮かばなかったので引き続き大臣と呼んでいる。
その大臣の大半が困惑であった。
「魔国へ表敬訪問……つまり、魔国へ訪問すると?」
「そうですけど?」
言い換えがまったく『つまり』になってないが、そこは深く掘り下げないことにしよう。
「魔族は人間国の主権が返してくれることで人間共和国が新たに発足した。本来ならばいかに求められても手放すべきものではない占領国の統治権を自発的に返還してくれた。そのことについて我々は感謝の意を表するべきだ」
「しかしそれは大統領就任式の際に一度表明したはずでは?」
あの僕にとって忌まわしい演説でね。
先のジュニア様の演説の方が素晴らしすぎて、僕の方は何人の印象に残っているやら?
だからこそ……。
「感謝の意は何度表明したっていい。それに就任式の演説は所詮人間国の中でのことだ。たしかにあの式典には魔王さん……さらにはその重臣も数名列席してくれたが、それもまた精々十人以下。僕はもっと多くの魔族の人々へ感謝の意を伝えたい」
「そのための表敬訪問だと?」
「そうだ」
公式に訪問すれば、その話題は国中……とまではいかなくても首都である魔都ではもちきりになるに違いない。
そうすることによって数千人数万人の人々に、人族が魔族に対して謝意……あるいは好意を持っていると伝わる。
それこそがこれからの平和の礎となっていくのではないか。
「人間共和国発足直後は、さすがにバタバタしていて日程を組む暇もなかった。しかしいくらか月日が経って僕たちも政務に慣れ、いくらかの余裕も生まれたことだろう。それを機に、かねてより懸念にしていた魔国への表敬訪問を実現したい」
早急に先方へお伺いを立ててほしい……と通達しようとした、その時だった。
大臣たちの様子がどうもおかしい?






