883 究極の豆
古代の神クロノスが封印から解き放たれた上に、和解もなって世界は一気に平和へと傾いていく。
クロノス神は現役の息子神たちと絆を確かめ合ったあと、再び地下世界タルタロスへと帰っていった。
『またご馳走になりにくるわ』
とか言って。
それに便乗してハデス神やポセイドス神も……。
『余も余も』
『私も私も』
とか言ってたんだが、これって農場にたかりにくる神がまた増えたってことですかねえ?
その他会談中にまったく霊圧を感じさせなかったがクロノス神に追従する神々も、非常に喜びながら帰っていった。
『タルタロスの服役明けにいいもん食わせてもらったっす』
『ご馳走様、また食べに来ますね』
とか言って。
アンタらもタカりにくるんかい、と。
時にクロノス神に従う眷属の神々は、いま世界を支配しているオリュンポスの神々とは別の一族でティターン神族というらしい。
ティターンの神々たち。
つまりはティターンズ。
まあ、いいとして。
とかくティターンズの台頭は、思ったよりトラブルなく円滑に進み、平和にことが成り立った。
しかしまったく世の中に何の影響も及ぼさないというわけでもなく、この世界にほんの些細な爪痕を残していった。
今回はそんな話。
* * *
「こぉおおおおおおおおおおおッッ!! きてはぁあああああああああああッッ!!」
朝から雄叫びを挙げているのは誰だ?
この騒音に抗議がてら庭先を覗くと、そこには凄まじい闘気を発した魔人がいた。
「まめぇええええええええええええッッ!!」
ああ、レタスレートか。
どうしたんだそんなに発声して? タンスの角に小指でもぶつけたか?
「体の芯から力が漲るわッ! これこそ古の神々が私に与えた力ぁああああああああああッッ!!」
えッ?
レタスレート何か貰ったの神々に?
まさかこないだ食うだけ食って帰っていったティターン神族が?
「まさに古代神の賜物です」
「おッ、ホルコスフォン……?」
「素晴らしい食事のお礼に、クロノス神始めティターンの神々は農場の住人たちに加護を与えようとしました」
そんなことしようとしてたの?
「しかし農場の住人たちにはほぼ全員もう既にオリュンポスの神々からの加護が送られています。『神々は人の子に、さらなるものを与えてはならない』。オリュンポス神族によって定められた約定ですが、この世界に和を成すためにティターン神族もその約束を批准した模様です」
ああ、前にハデス神やらが農場でどんちゃんした終わりに、なんか色々与えて行ってたものね。
それで農場住人の大抵は、なんか特殊な能力を授かっていた。
「しかし、その際レタスレートは何もいただいていなかったので、手透きの彼女にティターン神族からの贈り物が与えられたようです」
「それであのザマに……!?」
黄金色の覇気を放ちながらシュインシュイン言うレタスレート。
俺も折角だから農耕神であるクロノス様から加護でも貰いたかったが、俺にはヘパイストス神から貰った『至高の担い手』があるからなあ。
このギフトのお陰で異世界でも安定して暮らせているんだから感謝を忘れてはなりません。
「ホルコスフォンは何か貰わなかったの? ハデス神たちから色々貰った当時まだここにいなかったよね?」
「私は、この体自体が神々の御業ですので。機能追加はバランス面を考慮して細心の注意を払わないといけません」
左様か。
で、肝心のレタスレートはティターン神族の加護を受けて一体どうなっちゃったの?
究極の戦士にでもランクアップしちゃった?
「見て見てセージャ!」
「なんだ普通に正気だのう」
「これが農耕神クロノスから授かった私の力よ!!」
と言って差し出される手の平に乗っているのは……・
……豆。
また豆かい?
「ただの豆ではないわ! 農耕神の力が宿った霊験あらたかな豆よ!!」
農耕神の功徳、豆に宿っちゃったか?
農家の俺としてはもっと全体的にご利益あってほしかったんだかな?
「んでんでんで、この豆はクロノス様の力が宿ったことで、どんな効能を得たのかなんて?」
「百聞は一見に然らずんば虎児を得ず! 実際に見てもらった方が早いわ!! いいえ味わってもらった方が!!」
そう言ってレタスレート、手に持った豆一粒を俺へ向けて叩きつける。
いや正確には俺の口の中に放り込むように!
「ぐおおおッ? 何するんだ!?」
勢いで飲み込んでしまったじゃないか!?
そりゃそうだ、今やレタスレートの腕力は、その辺の巨人族より遥かに上。
その細腕で全速の勢いをまともに食らったら、俺ごときの顔面なんて歯がへし折れるどころか顎が砕け散るかもしれない。
それを避けるためにもすべての勢いを受け入れて、手の平に乗った豆も飲み込まざるを得なかったのだ!
そしてゴックン喉を通った瞬間……!
「んん? なんだぁあああああああッッ!?」
体の底から力が漲る!?
長年にわたる畑仕事で痛んだ腰が! 膝が!
見る見る痛みがなくなっていくぅううううううッ!
目の霞や肩こりも消えていくぅうううううッッ!!
なんだ、これが飲み込んだ豆による効能だって言うのかぁああああッ!?
「そうこれがクロノス神から授かった豆の力! 一粒飲み込んだだけで疲労を完全に回復し、体のあらゆる不調を消し去ってくれるのよ! こんなに凄い豆は今まで育ててきたどんな種類の豆にもなかったわ! ゆえに私はこの豆を神の豆!……神豆と名付けることにしたわ!!」
「神豆ッ!?」
……この。
なんだろう、内角低めをギリギリ通り抜けていったけどやっぱりボールな感じは?
「一粒飲み込めば元気いっぱい! 怪我も病気もすぐさま治る!……しかし神豆の本当の凄さはこんなものではないわ! ホルコスちゃん、お願い!」
「わかりましたレタスレート」
呼びかけられて天使ホルコスフォン、何故かドデカい砲門をかまえて……その砲口は……レタスレートを向いている!?
「マナカノン全力発射」
「ぐぼぁあああああああああッッ!?」
ずがどーん。
吹っ飛ぶレタスレート。
いかに最近の彼女が世界最強クラスに食い込むとしても、さすがに天使の全力攻撃が直撃したら無事では済まない。
案の定ズタボロになって地面に転がる。
死にかけてない?
一般人なら肉片も残らない威力であった。
「さ、さすがねホルコスちゃん。今の私をここまで瀕死に追い込むのはアナタぐらいのものよ……!!」
「お褒めに与り恐縮ですレタスレート」
殺しかけてきた相手を称賛している?
「こんな瀕死の重傷でも……この神豆を食べさえすれば……この通り!!」
おわ復活した!?
今にも死にそうなズタボロだったのが、完全HP百パーセントに!?
「これが神豆の力よ! ただ怪我が治るだけじゃない!! 死の淵から這い上がって力の上限が上がったのよ! 復活した私はさらに強くなる! それもまた神豆の力!!」
……それはレタスレート当人の資質によるものかと思いますがなあ……!!
益々大暴投感が深くなる。
これ以上いくと、インフレの行きすぎた戦士たちの戦闘フィールドとしてあてがわれた地球のように何もかもが完璧に壊されかねない。
ここは一刻も早くその危険物の扱いを慎重に決めるべきだと思ったが……。
「こんなに素敵な神豆だけど……まだ人類が手にするには早いわね……!」
しかし扱う当人たちの方が自発的に危険性に気づいてくれた。
「そうですねレタスレート。こんな物凄い豆を市場に放ったらそれ以外の豆がかすんでしまいます。人はまだ、もっと多くの豆の可能性を追求すべきです」
「そうね……可能性という名の神を信じましょう」
なんか上手くまとまった。
そういう判断ができるからこそクロノス神はレタスレートどもに神の豆を分け与えたのだろうか。
神は、人の手に余る奇跡をけっして人に預けたりはしない。
多分。
「では神豆は、しかるべき時まで封印しておきましょう」
「そうですね、この藁束の中に」
え?
ちょっと待って。藁束の中に保管したら、発酵してしまうんじゃないか?
藁に付着した納豆菌によって。
「神の豆で作った納豆がどのような仕上がりになるか楽しみですね」
「発酵は時間をかければかけるほど熟成に深みが増すから、開けた時が楽しみね」
この二人、神の豆まで納豆に仕立て上げやがる。
これも神の意志なのか?
究極の豆は、その身を進化させて納豆へと移り変わっていく。






