874 聖者を追え
人族領主のダルキッシュさんがウチに訪ねてこられた。
こないだ人間共和国も無事発足したことだし、それの経過報告とかかな? と思ったが、用件はまったく別のことであった。
「巷で聖者狩りが流行っております」
「へえ」
随分と一風変わったものが流行りだしたなあ。
聖者狩り。
一体何それ?
キツネ狩りとか潮干狩りとか、紅葉狩りとかマスク狩りとかは聞いたことがあるが、聖者というのもそんなに気安く狩れるモノとは知らない遭った。
……。
俺、前後からラリアットで挟まれてしまうのかな?
いやそれ以前に、聖者ってそんな数たくさんいるものなの?
ブドウのように房でつくもの?
「いえいえいえいえ……、聖者と呼べるべき御方は、この世界にただ一人アナタ様のみ。それ以外に聖者などはおりようがありません」
「となると?」
「世の多くの者たちは、世界にただ一人アナタ様を探し求めている様子。懸賞金をかけ、人々からの密告を求め、草の根分けても探し出す所存でいるようです」
「そんなに!?」
狙いは俺そのもの?
しかし何故そんなに執拗に追い求められているんだろうか? ヒトから恨みでも買った? 日々を慎ましやかに暮らしてきたつもりではあったのだがなあ。
「もちろん聖者様は品行方正なる御方。その行いは常に世の中に貢献する方向であり、不用意に恨みを買うこともなければ正義に反することもありません」
いやあ、そんなに褒められると今度は照れ臭いのですが……。
しかしだったらなおさらなんでWANTEDされているのかな俺?
狩られようとしてるってことでしょう?
「そもそも、聖者様の存在はけっこう以前から取り沙汰されてはいました。まだ魔族との戦争中だった時代、戦場にドラゴンが飛来した事件から……」
あー。
あったねそういうの。
どこぞの何でも話を大きくしてしまうドラゴンが不用意に俺の存在をチラつかせたおかげで聖者キダンの名は世界中に知れ渡ったとか知れ渡っていないとか。
「少なくともドラゴンを従えることのできる実力者……。と言うことで聖者様には注目が集まっていました。特に群を従える権力者たちから。しかし時間が進むにつれてもっと一般の層にも興味持つ者が出てきたようです」
「なして?」
「それは……様々な場所から聖者様の噂が聞こえるようになってきたからかと」
はあ……。
心当たりがありすぎるというかなんというか……。
パンデモニウム商会を通じて農場の商品を売り出したり。
人魚王家の親戚筋として色んな重要行事に顔出したりもしたしなあ。
そして目の前にいるダルキッシュさんのことについても、彼の領で毎年執り行われる風雲オークボ城に聖者の俺が関わっていると噂されるところだ。
こうして振り返ると、俺の農場外への露出かなり頻繁になってそうだなあ。
ここ最近外出の機会も増えたし……。
「そういう感じで、聖者様の噂を聞く者はずっと増えてきているのです。そういうものの中には実際聖者様をこの目で見たいと願う者も……」
「一体なんでまた?」
「万能の聖者様にお会いして、願いを叶えてもらおうとか……」
七つの玉から出てくる龍扱い?
「富、名声、力を求めてとか……」
一繋ぎの秘宝扱い?
「普通に一目見てみたいとか……」
珍獣扱い!?
「とにかく様々な理由で、聖者様を探し当てることが娯楽のような扱いになっているのです。今や一部の者たちの間で、誰が最初に聖者様を探し当てるかで競争が起きているかのようなありさまで……!」
ダルキッシュさんは苦悶のこもった表情で言う。
何やら疲れややつれが窺えた。
「実は、私のところにも押しかけてくる者がいまして……。我が領ではオークボ城があるため聖者様との繋がりを疑われて。『教えろ』と迫られまして……。実際にそうなのだから言い逃れも難しく……!」
そんなことが起こっていたとは!?
俺のことが原因でダルキッシュさんに迷惑をかけていたとは誠に申し訳ない!
「あくまで一部の者たちですが、そうして聖者様との関係がありそうなところに突っ込んでいき、迷惑を振り撒く者たちもいるようです。中には暴力沙汰にまで行きかけたこともあるとか、たしかな問題になっているようです……!」
俺の与り知らぬところで、俺を原因にそんな問題が発生していたとは……!
全然知らなかった。
「私などは、領主として戦力を有しているからには力づくで来る輩にも対抗できます。ただ他に聖者様のことを知る者の中にはそうした対応策を取れない者だっておりますでしょう」
「そうだな……心配だなあ……」
「私自身も、現状では知らぬ存ぜぬで通すことはできても冬になってオークボ城開催の時期になれば聖者様を直接お迎えすることになりそのタイミングで突撃されては守り切れる自信はありません。それにオークボ城の運営にも警備の面でいらぬ不安要素を抱え込むことになります」
た、たしかに……。
「これは私一人の手には負えぬと、今のうちに聖者様ご本人へとご相談に上がった次第。何とか妙案を授けていただけぬかと……」
ぐぬう。
この分だとパンデモニウム商会の人々や、エルフの森のエルフさんたちからも同様の苦情が来そうだなあ。
今まで持ちつ持たれつ助け合ってきた人たちに、俺が原因で迷惑が掛かるのは不本意なることだ。
できることならそんな事態は未然に防ぎたい。
しかし何故今になってこんな騒ぎになってしまったんだろうか?
俺もこの異世界に移り住んでけっこうな月日が経った。
騒ぎになるならもっと早めになってもよかったと思えるんだが……。
「それは……最近聖者様はよくお出かけのご様子ですし……!」
そうだった……!
最初に農場を始めた頃に比べて俺、けっこう色んなところに出かけてるんだよな。
魔族の国の首都に行ったり、人魚国の都に行ったり……。
人間国でもダルキッシュさんの領地を始め、エルフさんたちの住む森やら、ついこないだだと何でもない地方都市にまで行ったりした。
……ホント俺あっちこっちに出かけているな。
転移魔法があるからといって気軽にアチコチ出かけすぎたな。お陰で各地で噂になるほどであったか。
一体どうした対策をとったものか……。
一番安直な解決策が俺が表に出て存在を明るみにすることだろうか。
しかしながら、その方法をとると俺のことを珍獣扱いしている連中の格好の餌食ってことだろうな。
それは俺自身としては非常に面白くないし、何より世の中に対する影響を考えても避けるべき手段だと思う。
そもそもどうして俺や農場の存在を公から隠しているか。
俺自身がのんびり穏やかに過ごしたいという望みと共に、世間に不用意な影響を与えたくないからだ。
それくらい農場の所有する様々なものはオーバーなテクノロジー。
技術は数世代先を行っているし、武力的には世界征服も容易い。
もし俺や農場の存在が公になれば、それらが流出して最悪、争いの火種となりかねない。
その割に野放図に外で様々な催しをしているよな……というツッコミが聞こえてきそうだが、それも最低限の気は使っているんですのよ。
農場公開してしまうと果てに待っているのは誰にも制御できない混沌かもしれない。
だから公開は断固なしの方向で!
俺たちののんびりスローライフも脅かされるし。
とすれば次に考えるのは完全なる断絶だろうか?
今まで気楽に出かけてたりしたのを禁止して、完璧に農場に引きこもり、外界との関わりを遮断する。
外にさえ出なければ俺こと聖者の目撃情報は更新されないのだから、時間の経過と共に記憶は色褪せ、忘れ去られることであろう。
そうして自然終息を狙っていけばいいんだろうが、そうなると俺たちの農場外での活動は制限され、今まで自由に会うことのできていた人々と会うこともできなくなる。
なんで俺たちがそんな不自由を強いられなければならないのか?
俺たちは常識の範囲内で満喫できる自由を一切譲歩したりはしないんだ。
ヒトの迷惑も考えずに押しかけるような連中のためと思えばなおさら。
では、それ以外にいかにして解決する方法があるか?
その点考えて考えて考え抜いて……。
一つの案が思い浮かんだ。
「よし! これならきっと大丈夫!!」
という感じで、これから妙案を実行に移すことになるぞ。
作戦名は、『よいこのお約束作戦』。






