872 演説
引き続き、人間共和国建国のハレの日に立ち会っている俺です。
式典会場には、この記念すべき瞬間を目撃しようと多くの人々が詰めかけています。
『なんやわからんけど楽しそうだから参加したれ』という感じの人々も多くおる。
そんな中で人間共和国の発足を宣言し、その志を謳う演説をぶつのが初代大統領としてリテセウスくんの最初の仕事となる。
所信表明演説というヤツだ。
国家の代表となる人は、必ず最初に演説をする決まりになっているのだ。
だからリテセウスくんも演説する。
式典に詰めかけた老若男女も、新たなる自分たちの指導者がどんな者なのかを見定めるために、まだ誰も立っていない演説台への注目が集まる。
そして……ついに演説台へと足をかける者がいた。
それは。
「……魔王さん?」
舞台袖辺りで見守る俺も困惑。
なんとまず演説台に立ったのは、隣国の王であるはずの魔王ゼダンさんだった。
「まずは我から祝辞を述べたく思う。人族の新たなる政権発足並びに若き指導者の誕生を……」
まさかの前説から始まった。
舞台の主役が登壇するよりも前に、他の誰かが舞台に立って場を温めること。
それが前説。
魔国の王……さらには今や地上の覇者ともいうべき魔王ゼダンさんが前説を務めるなどと、何とも贅沢な人員配置ではないか。
魔王さんは、いまだ為政者としては若く気力充溢しているものの、統治期間は長くなってもはやベテランの領域。
民衆を前にした演説もお手のもので、わかりやすい言葉遣いでかつ印象的な声色で、聴衆の心をガッシリ掴む。
「これからの時代は、人族と魔族が手を取り合い…………」
などといったことを語って、人々の注目を引き寄せる。
しかしこれはなかなかに大変な状況だ。
リテセウスくんにとって。
何故なら先の演説が見事であればあるほど、彼自身に課せられたハードルは高いものとなる。
だってリテセウスくんは今日の主役なんだから、彼の演説は一番見事なものでなければならない。
そんな中で百戦錬磨のベテラン……魔王さんの演説と聞き比べなければならないなんて。
この構成、考えたヤツ誰だ!?
「……というわけで、人族の未来に心より祝福申し上げる」
魔王さんが結びをとると同時に、万雷の拍手が巻き起こった。
掴みはバッチリ。
魔王さんが充分に場を温めてくれたともいえるが、これを肝心かなめのリテセウスくんがドン冷えさせてしまったら元も子もないんだが。
そんな状況を受けて次に壇上に登ったのはリテセウスくん……ではなく。
別の人だった。
「アロワナさん?」
今度は人魚王のアロワナさんではないか。
何故彼が?
「これからは地上だけでなく、世界中の人類が手を取り合って一緒に歩んでいくべき時代……ということで人魚族を代表してこの私が、人族の新たな門出に祝福を述べに参った」
なるほど。
全人類融和としての第一歩としてはわかったが、それもまたリテセウスくんにとってはハードルガン上げの第一歩ではなかろうか。
先の魔王ゼダンさんよりは若手であるものの、人魚王アロウワナさんとてもはや王者として経験豊富。
演説だってお手のものであろう。
王者二名の模範的な演説のあとにズブの新人が、それ以上のクオリティをぶち上げねばならないのだ。
高まるプレッシャー。
「……ここらで一杯のお茶が怖い、おあとがよろしいようで」
アロワナさんの演説が終わった。
さあ、ここで充分すぎるほどに場は温まったぞ!
この世界に三つある国家の二人の王が演説を終えたんだ。これでもう残るは最後の一国、新生人間国の若手指導者の演説しかない!!
行くんだリテセウスくん! そして先輩指導者二人に敗けない最大印象でインパクト、かつ教科書に載るような国語としても最適解の演説を頼む!!
……とハードルを上げに上げたところで……。
次に壇上へ出たのは、やっぱりリテセウスくんではなかった。
「……レタスレート!?」
何をやってるんだ、あやつは!?
旧権力の代表としてもはや姿を隠そうとする気概が一切見受けられない。
既に滅びた王制人間国の代表……王族の一人である元王女レタスレートが、何の用があって今日の新政権誕生の宴に顔を出した?
「……皆さんこんにちは。私の名はレタスレート」
普通に名乗っちゃってるし。
「本日は、人間国の各地からたくさんの人々が集まってくれたわ。そこで思ったの。……今こそ私の野望を大きく前進させる千載一遇のチャンスだと!」
あの元王女は、一体どんな大それたことを考えているのか?
「つまり豆! 皆さん豆を食べましょう!!」
つまりいつも通りのアイツだった。
「豆はタンパク質豊富で、別名『畑の肉』と呼ばれるほどに栄養素豊富! 穀物と並んで主食になりえるポテンシャルを秘めているのよ!! それでいて脂質は少なく、美容を気にする女性にもオススメ! イソフラボンは女性の美しさを高める効果をもっているわ!!」
そして執拗なる豆プレゼンを始めるレタスレート。
知識は俺の受け売り。
人間共和国の建国式典の壇上で。
何をやってるんだと呆れるばかりだが、これはこれで聴衆の心に響いて豆への興味を促進させる。
「豆にそんな素敵効果があったとは……!?」
「そういうことなら一袋食べてみようかしら……!?」
ここに電話があったら即、注文してしまいそうな心境になっている。
さすがは元王族と言おうか、先天的にヒトの心を掴む才能に長けている。
これでまだ旧人間国の復権を狙っていたら恐ろしいところだが、今のところ彼女の興味は百パーセント豆を売ることのみに集中しているからまあ問題あるまい。
今この時に限っては大いに問題があるが。
だって、人間共和国初代プレジデントのリテセウスくん所信表明演説を控えたこの状況だぞ!
魔王さんアロワナさんの見事な前説で場が温まりまくっている状況。
ただでさえハードルが山より高くなっているというのに、この上豆のプレゼンまで見事に成し遂げられたとあっては、益々ハードルがガン上がり!
嫌だよ、歴史に残る初代大統領の演説が、盛り上がりの面で豆の販促に敗けるの!
そんな感じで、次に壇上に上がるのももはやリテセウスくんではない!
何人いるんだ今日の前説!?
次なる語り部は……うちの子ジュニア!?
もはやわけがわからない。
先の二王と元王女はともかく、何の関連性があって今日の演説会に参加しているのか!?
「……なんで子どもが?」
「あの子も新政権の関係者なのか……?」
聴衆も、あまりに唐突なジュニアの登壇に戸惑うばかり。
そんな中で、我が子ジュニアが演説台から放った言葉は……!
「……いえす、うぃーきゃん」
そこはかとなく、どこぞのパクリ臭いフレーズ。
しかし、それだけに聴衆の心には響いたようで、ただの一言に人々の瞳の色は変わる。
「いえす、うぃーきゃん?」
「イエス、ウィーキャン。イエス、ウィーキャン……!」
なんか人々の心に深く伝播していく。
まるで共鳴でもするかのように多くの人々の間を反響し、そのたびに大きな音となって……。
「イエス、ウィーキャン」
「イエス、ウィーキャン!」
「イエス、ウィーキャン! イエス、ウィーキャン!」
Yes we can!!
Yes we can!!
Yes we can!!
Yes we can!!
凄まじい熱狂がジュニアの下に広まっていく。
何なん?
これまで多くの演説の妙手が、その洗練された敵話を披露する中、たったの一言でここまで聴衆を沸かせたのはジュニアのみ。
一体何しに出てきたのかいまだ謎だが、これで場の空気はこれ以上ないほどに温まった。
今こそ満を持して、本来の今日の主役である大統領リテセウスくんの出番だ!
きっと彼なら過去最高の盛り上がりを記録してくれると信じて!
皆さま!
ご清聴ください!!






