870 ダンジョン体験
冒険者、俺。
これより業務に就きます。
とはいえ今回、実際にシルバーウルフさんから委託を受けた案件なので、お遊び気分じゃなくてしっかり勤めなくては。
職業体験でも仕事は仕事だ。
現地で地元の冒険者と落ち合ってくれと言い使っているが……。
あー、あー、あー。
アレかな?
「いゃー、よろしくお願いしますー」
まずはフランクな挨拶で距離を縮めるとする。
待っていた冒険者はヘリジェーヌさんという方で、黒い肌の魔族の女性だった。
前職は魔王軍の軍人で、こないだ転職したばかりというのは事前の情勢話の通りっぽい。
彼女に冒険者としてのお仕事を直で見せて、その意義を感じ取ってもらおうというのが第一目的だった。
「今から突入するのは新たに発見されたダンジョンだ。タイプは洞窟型。全容が解明されていない分、ヘタな上級ダンジョンより遥かに危険で、もしかしたら中にノーライフキングでも住んでいるかもな……?」
またそんなフラグのようなことを……。
「まあ、たとえそんなことになっても視線を潜り抜けた我ら魔王軍人なら動じないだろうがな。ご自慢の冒険者なら、きっとそれ以上のことをやってのけると期待するぞ。ククククク……」
……。
ああ、これは。
お決まりの新人イビリパターンですな?
『お手並み拝見と行こうかクックック……』的な。
実力主義の現場ではよくあること。
それでは、ご期待に応えんと早速ダンジョンへ突入しようではありませんか。
「皆、まだ見ぬ深淵の奥底へと、行くぞ!!」
「「「「「おおおぉーーーーッッ!!」」」」」
同行のオークゴブリンたちも血気盛んだ。
それを見て同じく同行するヘリジェーヌさんは……。
「あれ? 人族もモンスターのテイムできたの……?」
と首を傾げておられた。
まあこれから実際にダンジョンに入って、互いを理解し合ってこうじゃありませんの。
* * *
入ったぜダンジョン。
洞窟型である内部は地下へ向かって長く伸びる。
ひんやりと肌寒く、ただの洞窟ではない悪寒が充満している。
「ダンジョンは異界……。それゆえに常人が入っただけで耐えられなくなるような瘴気が漂っている片一歩踏みいればすぐわかる。これに入って逃げ出さないなら、冒険者も最低限の資格はあるということかな?」
一緒に進んでいるヘリジェーヌさんが何目線かで言う。
きっとまだ魔王軍人としてのプライドとかそんなのが蟠っているんだろう。
現場がまだ納得しきっていないことはあとで魔王さんにも報告しておくかな。
……お。
そうこうしているうちに現場で動きがあったぞ。
こちらへ迫ってくるあからさまな殺気。
複数。
「キキキキキキキキキキキキキキ……ッッ!!」
人間には発せない超高音のうなりを上げて飛んでくるのは……。
……コウモリ?
コウモリ型のモンスターか?
大型犬よりもう一回り大きい。常識的には充分あり得ないレベルの巨躯を持ったバケモノコウモリがこっちに飛んでくる!?
「ギガントコウモリ……。魔国では一般的な洞窟出現モンスターだな。下がっているといい。高速飛行するヤツらの動きは慣れていなければ捉えがたい」
そういって進み出るヘリジェーヌさん。
彼女がみずから対応しようという感じだが……。
「皆、頼む」
「「「「「承知!」」」」」
俺の仲間のオークゴブリンたちで一瞬のうちに殲滅してしまった。
「はええええええッッ!!」
驚く同行の人。
ウチの子たちにかかったら一般水準のモンスターなど恐るるに足らぬよ。
ゴブリンたちの素早さは、たまにまかり間違えて音速を超えることもあるので一般水準のモンスターではたとえ飛行していたとしても逃げられない。
大きなコウモリは次から次へと何十体と湧いて出たが、即座に首を落とされて危機は去った。
「……ッ!?……ッ!?」
その様をあんぐり口開けて凝視するヘリジェーヌさん。
目の前の出来事が到底信じられなかったらしい。
たっぷり何十秒かは呆然として呼吸すらも忘れていた。
「一方的に……!? ゴブリンがこんなに強いなんて聞いたことが……!?」
はっはっは驚かれましたか?
ウチの子たちは強いんですよ。俺の仲間たちが称賛されると我が事のように嬉しい。
「我が君―。仕留めたコウモリどうしましょー?」
ゴブリンたちが聞いてくる。
モンスターは大体が素材として活用するのがセオリーだからな。
しかしコウモリの素材なんて何に使ったらいいかサッパリわからん。
これだけ大きければ毛皮で何かできるか? 唐揚げにしても美味しくなさそうだな……?
「あッ、そうだ。魔国特有のモンスターならヘリジェーヌさん何かいい方法知ってませんかね?」
「指揮官の影響か? 人族には使役するモンスターに能力負荷を与える特殊クラスがあるとか? 魔物使い? いやいやそんなのがあるなら戦争で投入してくるはず……。でも異世界召喚されたスキル使いの例も……!?」
まだブツブツ考えていた。
アレはそっとしておいた方がよさそう。
彼女が正気を取り戻すまで待ってるわけにもいかんし、その間もサクサク進めておくかなと前へ行く。
「……あッ、危ない! 迂闊に進むなッ!!」
「んッ?」
と思った瞬間、洞窟の天井が丸ごと落ちてきた。
罠だッ!?
このままだと一行ペチャンコと天井に押し潰される!?
と思うが、その前に……。
「ふんぬ」
お供のオークが天井を支えた。
片手で。
そのまま押し戻す。
片手で。
適度に押したところでカチッと音が鳴り、そしたらもう天井は落ちてこなくなった。
ロックかかった。
「はにゃああああッッ!? いくらオークが怪力でも天井を支えきるなんて!? しかも押し戻すなんてぇえええええッッ!?」
またお姉さんが驚愕しておられる。
しかしうちのオークにしてみれば天井なんてバーベル上げにも匹敵しませんよ。
怪力自慢の子たちですから、その気になればドラゴン丸々一体も軽快に上げ下げできるであろう。
それでもリーダーであるオークボやゴブ吉はこれよりもっと強いしな。
彼らはまだまだ新婚であることを鑑みて今日の職業体験には同行させていないが。
「しッ、しかし使役するモンスターが強いからと言って、それがお前の力と言えるのか魔物使い!? 本当に信じられるのは自分自身の強さだぞ!?」
いつの間にかお姉さんの中で俺が魔物使いだと確定してしまっている。
まったく違うと否定しきれないところが辛いが……。
『我がダンジョンを荒らすバカどもは、ここかぁああああッッ!!』
そこへ現れる自律可動型の白骨。
この馴染みのある瘴気は普通に心当たりがあった。
「ノーライフキングか」
やっぱりフラグ回収しに来やがったぜ。
ここは主のいるダンジョンだったか 。
「ひぃいいいいいッ!? まさか本当に出てくるなんてノーライフキングぅうううううッッ!?」
ダンジョン突入直前は大口叩いていたお姉さんも、一気に腰砕け。
あの様子では初遭遇かな?
まあ最強のアンデッドなんてそうあちこちに溢れてるわけでもないし基本、遭遇=死という存在だから、ビビり散らかすのも無理はない。
『命ある下等生物の分際で、このノーライフキングの大佐の領域を踏み荒らすなど言語道断! すぐさま貴様らの灯火を消し去り、我が尖兵として鍛え直してくれよう!!」
「と、とにかく逃げよう! お前の使役するオークやゴブリンたちを捨て駒にしていく手を防げば、時間稼ぎぐらい……!」
捨て駒? 時間稼ぎ?
俺の仲間のオーク&ゴブリンたちをそんなことさせるわけないだろう。
俺は聖剣を抜刀。
そのまま振り抜くと発生する閃光に、こちら在住のノーライフキングが普通に飲み込まれて消えた。
『ぐふぅうぉおおおおおおおおッッ!? こッ、この光は聖剣!? 何故こんなところに聖剣の使い手が!? いやぁあああああッッ!?』
断末魔の叫びを残し吹っ飛ばされる不死王であった。
「安心せい、峯打ちだ」
多分だけど命までは失っていないはず。
無益な殺生はしたくないからね。相手は既に死んでるけど。
「バカな……!? 魔王様だけが所持するはずの聖剣? 冒険者風情が一体何故……!?」
そして魔族のお姉さんは腰を抜かしたまま身動き一つできなかった。






