869 天職を探して
私はヘリジェーヌ。
栄光ある魔族の精鋭軍人。
……だった。
今は違う。
つい先日、ほぼ強制のような形で退役となって今は無役。
絶賛無頼の徒であった。
どうしてこんなことになったの?
魔王軍と言えば最強魔王様のお膝元、世界最強の戦闘集団として誰からも恐れられる対象であった。
味方にとっては万全の守護神として敬われ、敵にとっては絶対の死神として恐れられる。
魔王軍の現れるところ敵の死体が積み重なり、その名を聞くだけで誰もが震えあがる。
そんな魔王軍に所属することは私の誇りでもあった。
魔王様の手足となって敵を駆逐し、最強無敵の一旦ながらも担う役割を、我が天命と思い続けて戦ってきた。
それがいつの間にやら唐突に終わり。
きっかけはやはり終戦。
何百年と続いてきた人族と魔族との戦争が急に終わりを迎え、平和が訪れた。
それと同時に魔王軍は大規模な軍縮を打ち出していく。
早期希望退役者を募り、戦時は十二まであった壊滅旅団が、最終的には六になるまで削減していくとまで発表された。
戦いのない時代に凶器は必要ないということか。
魔族の刀槍として名を馳せてきた魔王軍も、戦争終結を経てどんどん縮小の方向へと舵を切っていき、活発だったあの頃は見る影もない。
我が同期の士官たちも次々希望退役に手を挙げ、多めの退役手当を貰って新しい職に就いたり、そうでない者も内勤へと転属していった。
その中で私だけが最後まで前線任務に残り続けた。
そうでなければ誇りが保てないから。
私は最強の魔王軍に憧れてこの道に入った。
それなのに今さら平和になったのでもういりませんなどと言われて誰が納得できるだろうか。
私は今でも最強魔王軍を追い求め続ける。
たとえ私一人となっても。
そう思い日夜訓練に明け暮れていたのだが、そんな私にも最近ついに年貢の納め時がやってきた。
人事課への呼び出しを受けて、致し方なく出頭したその場で予備役への転属を打診された。
しかも……。
「……冒険者?」
「そうです、人間国にある独自の職業ですがこのたび、魔王軍人員削減の一環として取り入れられることとなりました」
人事課の職員もまた魔王軍人であるはずなのだが、その対応は事務的で役人という方がずっとしっくりきた。
だから私はこんなヤツが同類だとは認めたくなく、内心低く見ている。
「冒険者とは、みずから危険を買ってでて世人の生活を守る職業……とのことです。人間国は政が脆弱ですからね。民の間でそうした動きがなければとても安心して暮らせぬのでしょう」
「ふぅむ……!?」
「我ら魔族には関係ない話ながら、昨今かまびすしく軍縮が議論される中で注目されるようになりました。要するにその冒険者が担う社会的役割が、我ら魔王軍にかさなるのではないかと」
「ふむ?」
「つまりはモンスターの排除やダンジョンの管理。今現在魔王軍が行っていることをそのまま冒険者に委託できないか、という話が上がっているのです」
そんなバカな!!
モンスター退治にダンジョン探索……。それらは人魔戦争が終結した今、魔王軍が直接戦闘で華々しく立ち回れる唯一の舞台ではないか!
我々の最後の誇りまで奪おうというのか!?
「そこでヘリジェーヌ魔佐。アナタに提案があるのですが、この冒険者になってみませんか?」
「はう?」
人事課の説明を聞くと、ここ数年で大分進んできた軍縮と人員整理だが、まだまだ目標削減人数に達していないということ。
そこでまだ残っている魔王軍人を冒険者に転職させることでさらなる削減を狙おうということらしいのだ。
「先ほども言ったように冒険者の職務は、魔王軍人と重なるところが多い。職を変えたことでの戸惑いは最小限に留められるでしょう。ここまで居座り続けた人たちの『軍人以外の生き方を知らぬ』などという言い訳も通じません」
「ぬぐッ……!?」
「今回、冒険者への転職を聞き入れた方には予備役という形で引き続き魔王軍に席を置き続けてもらう形になっています。これから先、万が一にも有事のあった際には軍属に復帰し、再び魔族と魔王様のために命を振るってもらうこととなるでしょう」
その言葉が決め手となって、私は魔王軍を去ることに決めた。
戦争が終わって、モンスターと戦う機会まで奪われたら軍に残り続けても戦闘者としての誇りを保ち続けるのは不可能だと思ったからだ。
ここまで完璧に実戦の機会を失えば、軍内ではそれこそ演習とデスクワークのぬるま湯生活しかなくなってしまう。
それならば魔王軍という誇りある肩書きは失っても、実戦の中に身を置ける冒険者とやらでいられる方がなんぼかマシに思えたから。
その場で転属……転職?……届けにサインし、ついに魔王軍から去ることに同意してしまう。
「助かりました。軍縮の動きが始まってから数年。ここまで残り続けてきた人たちは筋金入りの頑固者が多いものですから」
「……貴様は関係なくて安穏そうだな。デスクワーク組は失職の不安もなくていいか?」
せめて精一杯の皮肉を込めて言い返してみたが……。
「あら、内勤だからってリストラの危険がないわけではありませんよ。むしろこういう緊急性のないところから優先されて削られていくものです。かく言う私自身、今月いっぱいで退役が決まっています」
え?
そうなの?
「常に前線で戦ってきたアナタたちと違って、私らなどこれといった取り柄もありませんので。退役後は結婚して家庭に入る以外ありません。先日八回目のお見合いでやっといい方と巡り合えまして。心置きなく職場を去ることができます」
と女性士官は言った。
何と言うか……、おめでとうございます?
* * *
こうして期せずして新たな人生を歩むことになった私。
今日から私は魔王軍人ヘリジェーヌではなく、魔族冒険者ヘリジェーヌ。
なんだかふざけんなという気持ちになってきた。
誇りある魔王軍人であったはずの私が何故今さら、こんな無所属で何の箔もない職業につかなければいけないのか。
魔王軍から離れて数日、私も自分なりに冒険者なる職業を調べてみたが、調べれば調べるほど失望が濃くなっていく。
要するに冒険者とは、社会のはみ出し者たちのことではないか。
時の権力者に従わず、自分たちだけで問題を解決しようとした結果ならず者が集団を形成した。
それが冒険者ギルド。
その構成員一人一人が冒険者と呼ばれるようになったにすぎん。
真っ当に生きることができないから危険と隣り合わせの仕事を請け負うしかない。
誉れある魔王軍とはまったく違う生き方ではないか。
そのような無頼どもに魔国内のダンジョンやモンスターを一切任せるというのか?
今まで魔王軍が担ってきた職務を?
まったく納得がいかない。
そもそも戦争に勝ったはずの我ら魔王軍が、敗者である人間国などに倣うということ自体が屈辱的だ。
こうなったら私個人でも、同じように魔王軍から流れてきた元軍人冒険者と協力し、自警団となって魔国を守っていこうか。
そう考えていた矢先……。
「人間国から冒険者が?」
報せを聞いて戸惑う。
先触れによると、冒険者の本場……人間国からプロの冒険者が派遣されるのでそれについて学ぶようにと伝えられている。
本場の技……、プロの技か。
くだらぬ。
どれだけ場数を踏んだとしても、所詮はならず者。
我ら正規の魔王軍に及ぶべくもない。
やってくるというなら、逆に我々の魔王軍仕込みの強さを見せつけ、ならず者の限界というものを悟らせてやろう。
冒険者など役に立たんということが明確になれば、やはり魔国のモンスター対策は魔王軍でなければ務まらんということになり、我らの魔王軍復帰にも繋がるかもしれんのだから。
そうしてやってきた冒険者は、思ったよりヒョロヒョロとして頼りなげだった。
「いゃー、よろしくお願いしますー」
と物腰も頼りなさげ。
本当にこんなのが、人間国の誇るプロの冒険者なのか?
何かの間違い。
……いや、こんな弱そうなのが来るのはむしろ好都合。
予定通りに我らの強さ恐ろしさをたっぷりと目前で見せつけ、ほうほうの体で追い返してやるとしよう。
こんな弱腰そうなヤツ、ダンジョンに引き込んでやればすぐさまビビり散らかすに違いない。
それほどに恐ろしい場所なのだからなダンジョンは。
今から楽しみだ。






