866 天下一茶道会
このファンタジー異世界で一体何が起こっているというのか?
一つたしかなことは、この世界に正しい茶道はまったく伝わらなかったということだ。
異世界茶道の創始者エルフのエルロンは、俺から漏れ聞いた情報を元に、試行錯誤でこっちの茶道を再現したという。
そんなんで完全再現できるわけないだろうがよ。
そもそも情報源である俺自体がロクに茶道のことも知らない素人なんだから。
そんな俺が、話の端々でうろ覚えで語ったことを断片的にパズルのピースで組み直して……。
そんなものを基礎にして、ちゃんとした茶道を再現できたらそっちの方が凄いわ。
直感超能力持ちでなければ無理。
となれば……、エルロンが試行錯誤で組み立ててみた異世界茶道とは、一体どんな感じなのだろう?
「茶道とは……武道……!」
既にここから方向性が違っていた。
エルロンは茶道のことを、剣道とか柔道とかの親戚筋と判断したらしい。
「茶を摂取しつつ心身を鍛え、さらには茶の覚醒作用によって精神を高揚させ、さらなる苛烈な運動効果を呼び起こす。究極の格闘技……それが茶道!!」
違います。
そんなギラついた感じのものじゃないです。
「それぞれがなみなみと注がれた茶器を手に戦う……! 迂闊な動きで茶器を傾け、茶をこぼしてしまえば当然失格! 一滴でも茶を粗末にする者に茶道を極める資格はない!」
「その行動自体が粗末なのでは?」
「両手で茶を支える以上、格闘の主体になるのは蹴り技! 蹴り技主体の求道系格闘術、それが茶道!」
曇りなき眼で言うエルロン。
彼女の中で茶道は武道として再生した。
「私はこの茶道を、世界中に広めてスタンダードとして見せる! 既に各地方にて大会を行い、茶道に魅せられたフリークが着々と増えている……!」
「ん……?」
なんか、周囲から続々と体格のいいお兄さんたちが集まってくる……!?
空間の密度と温度と湿度が上がってくる!?
「今日はその集大成! 世界中から集まってきた茶道家たちが、頂点を巡って競い合う……! この催しの名は……天下一茶道会!!」
天下一茶道会!!
そんな何かのパクリ臭いネーミングが、今日の催しなのかッ!?
茶道という名の格闘技で、戦って戦って戦い抜いて……!
最後の一人を決めるまで戦う!
ついこないだプレジデントファイトという格闘系のお話があったばかりなのに胸焼けする……!?
「茶道の試合ルールその一! 闘者は茶の注がれた碗を手にして戦う! 注がれた茶を一滴でもこぼせば失格! 茶への敬意のないものに茶道家は務まらん!」
だからその行為自体がお茶への冒涜では?
「ルールその二! 立てられた茶は美味しく頂かなければ意味はない! よって試合時間は立てられた茶が冷めるまで! いや、冷めるより前に決着をつけて美味しく茶を飲み干さねばならん! それが茶への礼儀というものだ!」
「だったら戦ってないでさっさと飲めば!?」
勝者は、その栄誉の下に茶を飲み、敗者も悔しさと共に苦い茶を飲み干す。
そうしてより美味しいお茶を探求していく。
それが茶道!
……本当にそう?
「茶を売り出してから一年経ち二年経ち……! 着実に茶道を収めんとする者が増えている。天下一茶道会は、そうした者たちを一挙に集め、大きな区切りとなるだろう、皆の者! 今日は現時点で最強の茶道家を決めるため、死力を尽くすのだ! レディゴー!」
「「「「「おおおおおおおおおおッッ!!」」」」」
本来茶席では絶対に上がらないような野太い声を挙げて、茶会がスタートした。
手にお茶をもって戦う以上、手が塞がり主体的な攻撃手段として使われるのはやはり脚。
蹴り技こそが場を制する。
茶道とは、蹴り技を主体とした格闘技だったのだ!
んなわきゃねえ!
「奥義、烈脚斬陣!!」
「三十二文ロケット砲!!」
「ローキックッ! ローキックッ! ローキックッ! ローキックッ!」
「エッフェル・フィール・キック!!」
出場者たちも多彩な足技で試合を彩る。
しかしただ蹴りまくればいいというわけでもなく、これらの試合には茶道ならではの要素が勝敗を左右する。
たとえば……。
「ふぉぉおおおおおおおおお……!」
参加者の一人が、手元をシャカシャカ言わせている。
それは、お茶をかき混ぜる音。
茶道でよく見る、かき混ぜるための道具……茶筅というヤツだっけ?
アレでシャカシャカ言わせるのに呼応し、本人の気力も充溢し、オーラが迸っていく。
そして必殺技ゲージがMAXまで高ぶるお茶をグイッと飲み、当人の気力もMAX!!
万全状態から繰り出される必殺技!
「飛燕鳳凰脚!!」
茶によってエネルギーを得る、茶道家ならではの闘法だ。
試合中にお茶をキメるのは当然許される。
何しろこれは茶道なのだから、お茶を楽しまずして何の試合だというのか。
しかしながら碗の中のお茶を飲み干してしまったら試合終了なので、喫茶のペースには注意が必要となる。
無論お代わりなどとはしたないマネはできない。
一期一会、一つの試合の中で注がれたお茶をどう楽しむかで茶道家の真価を決める!
そんな激闘の中、ひときわ異彩を放つのはやはり彼女。
エルロンだった。
異世界茶道の創始者たる彼女の動きは、他の茶道家とは一線を画する。
「こぉおおおおおおおお……!!」
小宇宙を高めるかのような唸りを上げて、茶筅を回すエルロン。
その動きは、他のどの参加者よりも速い。
速すぎて手先が見えないほど。
「なんという速さ……!? これが異世界茶道創始者の動き……!」
限界まで高め切った濃茶を、一気に口に含んで呷り飲む。
「ふぉぉおおおおおおッッ!! 我が守護神、軍神ベラスアレスよ御照覧ありゃあああああああッッ!!」
そして茶宇宙を爆発させたエルロン、天高く飛翔し究極奥義を発動。
「エルフ流裏茶道究極奥義!! エルフ烈蹴拳!!」
拳なのか蹴りなのかどっちだよ?
とにかくエルロンの放つ奥義にて対戦相手は吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされながらお茶を全部飲み干してからKOになった。
茶道語る者、負けるにしても茶を飲み終わらずにいることは恥辱。
エルロンも相手の沈没を見届けてから、その器に残った一滴の緑をグッと飲み干し……、試合終了。
「勝者、エルロン宗匠!!」
「さ、さすが茶道創始者!!」
「本物の実力!!」
「やはり今回の優勝者もエルロン宗匠で決まりか!?」
惜しみなく湧き起こる勝者への拍手。
既にエルロンの存在は、超え難き最強者としての立場を確立している感じだった。
でもまあ……。
ここまで真の意味での茶道はまったく行われていないんだけどね。?
異世界の茶道どうしてこうなった?
伝えられる者なら俺が伝えたのに。
しかし実際に茶道を習ったわけでもない、経験知識のない俺じゃあ正確な茶道なんてやっぱり伝えられないし……。
……どっちにしろこうなる運命だった!?
この異世界に茶道を伝えたのはエルロンの欲望と情熱。
それさえあれば主義主張も無限に広まっていく。
それを体現したのが今のエルロンではなかろうか?
それでもやっぱり正しい茶道は異世界に伝わっていないんだが。
「さあ、この天下一茶道会……。よいテンポで進んでいると言える」
一試合目を終えてエルロン、マイクパフォーマンスめいて言う。
っていうかこの大会、どんな形式で進んでいくというの?
トーナメント方式?
一応戦って優勝者を決めるんだよね?
「ここでさらなる盛り上がりを求めて、ゲスト選手を紹介しよう! 彼ならばこの天下一茶道会にさらなる旋風を巻き起こせるはず!」
へえーそんな人材が?
一体誰かな?
誰だろう?
「その名は……聖者だ!!」
やっぱり俺か!?
現実逃避したところで何の意味もなかった!!
迂闊に視察なんてするものじゃなかった。
天下一茶道会に俺、参戦!?






