861 大統領誕生
「くげぇッ!! ぼぼぼぉおおおおおおおおおおッ!!」
論理的袋小路に追いつめられて、一人の権力者がメンタルブレイクした。
その権力者は、神という存在に縋ることで保障された権力の保持者だった。
自分が神を信じ、神からも認められているからこそ権力を振るい好き勝手できる。
しかし実際に神と対面し、信じることと認められることのどちらも両立しないという状況に追い込まれた時、彼は精神を崩壊させるしかなかった。
糸が切れたようにバターンと倒れ込む。
その時の衝撃で、頭に刺さっていた矢がスポッと抜けて地面に転がり落ちた。
カランカランと乾いた音が鳴る。
「ぬッ、抜けたーッ!?」
「た、タンカだ! タンカを用意しろ早くーッ!!」
「急患んんーッ!!」
周囲の人たちは慌てて抜けた矢を運び去っていった。
……矢を?
倒れた教皇本体(?)は完全に打ち捨てられたまま、誰も駆け寄らない。
これも因果応報ということだろうが余りにうら寂しい末路であった。
『災いの天空神を祭り上げし信者も、これで完全に潰えたということか……』
神々も、この顛末を見届けて言う。
『地上の人の子たちへの営みに神々の影響は必要最小限としていたが……。ゼウスだけはそんな決め事などおかまいなしに強く人々に近づいていったからな』
『自分の領域である天空だけでなく地上をも支配下に……というヤツらの野望からすれば当然であろうからな。みずからの眷属に命令するには、声が届くだけ近くにおらねばならん』
『その結果が、アレだ。権力は大きければ大きいほど腐り出すのも早い』
ハデス神もポセイドス神も、痛ましい表情で一人の権力者の末路を見届けるのだった。
この神が意味大概アレだという認識があるのだが、それを輪にかけてゼウス神が酷いということなんだろうな。
『かつてワシが身命を捧げて仕えた教団を看取ることになろうとは……。しかも千年もかけて。長生きをすると何が起こるかわからぬものですのう』
そして先生も一際感慨深く、この顛末を見届けていた。
『生きていた頃から腐敗を憂い……改善できぬならいっそ滅びてしまえばよかろうとまで思っていましたが……。ノーライフキングとなった己の数奇さを、今日は一際思いました』
「先生……」
元は教会の聖職者だった先生だから思うところは人一倍だろう。
しばらくはそっとしておこうか。
とにかく乱入してきた教祖撃退を完璧にし、問題は取り除かれた。
本来この場の目的は、そこじゃない。
プレジデントファイト。
新しく立ち上げられる人間共和国の大統領を決めるためのイベントであったはず。
ならば本題は終わってないどころか始まってもいない?
これからプレジデントファイトを本開催し、戦って、戦って、戦い抜いて……最後の一人なるまでに戦い抜いて勝ち残った男を人間国の大統領……ヒューマンプレジデントとしなければ。
「そうです! ここまで大変な思いをして守り抜いたんです! 今こそ代表者を決めて、皆が幸せに暮らせる人間共和国をスタートさせましょう!」
教皇一派撃滅にも大活躍していたリテセウスくんが力強く言う。
そうか、キミもそう思うか。
だったらばこそ俺も告げるべきだな、真実を。
「……リテセウスくんよ、プレジデントファイトは……もう終了している」
「えッ!?」
「キミが教皇の手下たちをぶっ飛ばしただろう。アレで全部だ」
つまり……。
「リテセウスくんこそが人間共和国初代大統領ということで決まりだ!」
「えええええええええッッ!?」
よッ! 大統領!!
そう、これが対教皇一派に立てた作戦で、他のもう一つの問題も一挙に解決してしまおうという目論見だ。
教皇たちをブチのめすための必殺カードとして召喚したリテセウスくん。
そのリテセウスくんに大統領の資格も押し付け……もとい託すことができたらすべての問題が一挙に解決する。
自分の領内を治めることで精いっぱいの領主さんたちも、安心して任せられる人材だろう。
何しろリテセウスくんは、遥かな太古から受け継いできた神の血脈を覚醒させた先祖返りであり、その豊かな才能を農場で磨け挙げた。
農場の栄養過剰な食物を貪って、先生やオークボ、ゴブ吉、プラティなど多くのよい教師から指導を受けて強く賢く成長した。
時たまゲスト講師に訪れてくれる魔王さんやアロワナさんもいたので為政者としての能力も充分に備わっていよう。
そんな人材が野に転がっている……逃す理由があるまい。
「プレジデントファイト優勝者……その者にこそ与えられるヒューマンプレジデントの称号をリテセウスくん! キミがその手に掴むんだ!!」
「ちょっとちょっと待ってください聖者様!! なんで僕がなんですか!?」
「優勝したから」
「僕三回しか戦ってなかったですが!?」
それで皆棄権しちゃったからね。
領主さんたちともそういう風にしようと示し合わせておいたんだ。
万が一にもリテセウスくんが教皇配下の勇者たちに敗けてしまったらその時は全員一丸となって皆殺しにしようと話し合ってはいたけれど……。
そんなことには万に一つもならなかったがな。
「リテセウスくん! キミのような若き俊才こそ新しい人間国の指導者に相応しい! 新しい革袋に新しい酒を入れろとか何とか!!」
「ダルキッシュ様!? アナタも充分若いと思いますが!?」
領主の皆さんもここぞとばかりにリテセウスくんに押し付け……ではなく盛り上げようとする。
「あのあの……突然言われても困ります。僕だって今は故郷で仕事についてるんですよ。領主さまにお仕えし、荒れた領の立て直しをしたりなんだりですね……!」
「そのことなら問題ないぞ」
「領主様!?」
ヒョイと出てきたご老人は、リテセウスくんがお仕えしているという領主さん。
俺はお会いするのは初めてだ。
「お前がよくしてくれたおかげで、バカ息子が荒らした領地も随分潤いが戻った。いや今ではもうそれ以上に栄えておる。だからわかったのだ、お前の才覚は一領内に収めておくには大きすぎると……!」
「領主様……!!」
「お前の手腕を十二分に活かせる場所へ羽ばたくのだ。そして我が領内だけでなく国全体を住みよくしてくれい!」
その背後に『めんどくさいことしたくない!!』という表情がありありと浮かんでいた。
そんなことも知らずリテセウスくんは、育ての親にも等しい主人からの言葉にウルウル感涙を漏らす。
「領主様……そんなに思っていただけるなんて僕嬉しいです……!! 領主さまのためにも僕、必ず大統領の役割を遂げてみせます!!」
「うむ!!」
リテセウスくんは才気煥発なのはいいけど、もっと言葉の裏を読み取れる術を身に着けた方がいいね。
農場でもすべてを教えるわけではないからなあ。
「新しい人間国代表! 謹んで引き受けさせていただきます! 若輩者の僕に御指導よろしくお願いします!!」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」」」
凄まじき反響。
リテセウスくんの決意表明に、ここに集った多くの人々が熱狂する。大抵が人間国を支える重要人物だったがな。
「よかった! よかったぁあああああッッ!!」
「とりあえず無難そうな人が見つかってよかったぁああああッッ!!」
「仕事は増やせない! でも滅多な相手に任せたら却って面倒が増える! このいかんともしがたい状況をどうにかできると思ったらぁあああッッ!!」
領主の皆さんは大体、面倒回避が成し遂げられて大喜び。
さらにはノーライフキングの先生も……。
『育てた生徒が立派になっていくのを見届けるのは何より嬉しいことですなあ……!!』
感激していた。
生前因縁があった人族教会との因縁が切れた直後だけあって、元気が出るきっかけになってくれたらいい。
さらには、もう用も済んだからさっさと帰ってほしい神三名もまた……。
『ほほう、地上の人の子たちも自分たちの足で踏みだすのやよいことだのう』
『よし、それならば今日の素晴らしき決断を、我ら神々で祝福してくれようではないか』
『では、この太陽神アポロンが、人々への祝福代わりに考え付いた新ギャグを……!』
『『それはいい』』
それはいい。
人族たちの新時代への門出を汚さないで。
こうしてリテセウスくんを代表に迎え入れ、新生人間共和国のスタート態勢が整った。
この中世以前の雰囲気なこの世界が、どこまで近代民主主義を受け入れられるか。
すべてはリテセウスくんの手腕にかかっている。
その若き柔軟な思想で、これからの時代に相応しいシステムを構築していってくれ。
……さて、リテセウスくんが騙されていることに気づくのに、果たして何日かかるかな?






