854 共和制の行方
人族のダルキッシュ。
領主を務めている。かつての人間国の一部……かなり端っこのごくごく小さい領の主、ではあるが。
連日連夜、難しい問題に追われている。
人間国の新生に伴う諸問題だ。
かつて魔族に制圧された我ら人間国も、様々な問題や葛藤……それに蟠りを乗り越えて、新しい人間国として独立する時がやってきた。
長く人間国内に駐屯していた魔王軍占領府が近々撤退し、主権を我ら人族へ返すことになる。
敗戦によって一度は、自分たちの国を自分たちで動かす権利を失ったが、勝者の慈悲によって幸運にも、再びその手に戻ってきた。
今一度、自族による舵取りが許されるのなら……。
私も人族領主の一人として、その場に立ち会い、また協力しなければならない。
人間国新生もあとも継続して協力していく。
それが領主としての責任であるからだ。
かつては王族という絶対権力の下その横暴を許し、さらには王権に寄生する教会にも好き勝手させてしまった。
その成れの果てが敗戦による旧人間国滅亡であったのだから、同じ過ちを二度と繰り返さぬように細心の注意を払って立て直しを図らねばならない。
それで提案されたのは、人間国にはあらず人間共和国の設立であった。
提案したのはレタスレート王女だったか聖者様だったか?
普通、人間国の復活を企図するならば王族の生き残りを見つけ出して新たなる王に即位していただくことだろう。
しかしそれでは、かつての間違いを繰り返すことになりかねない。
人魔戦争に敗け、国土をここまで荒廃させたすべての罪を王族に帰するならば、やはり旧体制の復活は賢明ではなかろう。
当の王族唯一の所在明らかなレタスレート王女もまったくやる気がないし。
だからこその共和国制。
『共和』というのはつまり一人の絶対支配者に決断を委ねるのではなく、数人の話し合いによって国の方針を決定していく。
権力が一人に集中しないだけ暴走を防ぐことができる……という意図らしい。
それを聞いた時、王族の暴走によって滅んだ旧人間国の反省を踏まえるにもっとも都合がいいではないか! と思った。
複数人による国家意思決定を話し合う……そういう場を議会と呼ぶのだそうな。
議会を構成する議員は、当然我ら領主が行う。
思えばかつての人間国がここまで荒れ果てたのも、王族や教会が為してきたこととは言え、我ら領主たちがまったく止めることなかったのにも非はある。
償いと、同じ愚を繰り返さないためにも今度は我らがしっかりと舵取りしていくべきだろう。
そして、どんなに皆で決めようということになっても集団にはまとめ役が必要だ。
でないと各自が勝手に主張するばかりでは何も決まらない。
……ということで議員議会を取りまとめる議長を、まず誰が務めるか……を決めなくてはならぬ。
実質的にこの議長が、新生人間共和国の頂点となることだろう。
責任重大だ。
慎重に決めなければ。
もちろん議長もまた我ら領主の中から選び出されることとなる。
賢明で力強く、それでいて経験も豊富な完全無欠の人材がよかろう。
そんな好人物が、現状の人間領主の中にいるか……?
* * *
そして今。
国中の領主たちが一堂に会し、円卓を囲んで話し合いに向き合っている。
「ダルキッシュ殿! アナタこそ議長に相応しい!」
「嫌です」
私はにべもなく拒絶した。
何故かって?
無理無理無理無理無理無理無理。
そんな責任重大な役割私に務まるわけがない。
私は所詮、片田舎の小領主にすぎない。
領主といってもピンキリなのですよ。
そりゃあ最近の我が領はちょっと調子がいいけどさ、羽振りもいいけどさ……。
それは領内にオークボ城という最強アトラクションができたからで、私の腕前とはまったく関係がないのですよ。
ある日ポッとできたものだからなオークボ城。
だから私を過大評価しないでください。
私より議長に相応しい人材は、他にいくらでもいるはず。
オセンニム殿、アナタはどうです?
たしか王様になりたがっていましたよね?
「とんでもない、とんでもない! アレは教会に操られた時の世迷言ですぞ! あんな粗略な洗脳にかかってしまうワシこそ、議長にはふさわしくありません!」
オセンニム殿は大領グランドバルドを治める、それこそ実力者であるが……。
かつて邪な企てを持った教会関係者に誑かされてやっちまった過去をお持ちのために議長立候補に前向きでない。
もうずいぶん昔のことなんだし気にしないでいいのに。
治めている領の大きさからしたら、益々オセンニム殿なのになー!!
「そッ、それよりもセンデキラス領主サルジオ殿こそ議長に相応しいのでは?」
「へッ、ワシかッ!?」
名指しされたのはここに集った領主の一人サルジオ殿。
この中でもかなりお年を召した、長老格の領主だ。
「お年を召しているというのは経験豊富ということでもある! その知恵と判断力を、この国のために役立ててくださいませんか! 議長として!」
「いやいやいやいやいやいやいや! ワシなどただ長く生きたというだけでロクな経験も積んでおりませぬわい! むしろ老いると頭の巡りも悪くなってきましてのう! 却って若者の方が新進気鋭で安心して任せられますわい! ダルキッシュ殿のようにな!!」
うおうッ!? 投げ放ったはずのお鉢がまたこっちに戻ってくる!?
このままではいけない、何か喋って流れに抗わなければ私が議長で決まってしまう!!
「しかしながらサルジオ殿の領は、修行から帰ってきたリテセウスくんが領運営を担当し、サルジオ殿は基本任せっ放しと聞いた! ならば議長を務める余裕もおありになるのでは!?」
「そうそう! 手の空いた者がさらなる仕事を務めるべき! ここはサルジオ殿でどうか一つ!!」
……。
そろそろおわかりになってきたことだろう。
我ら領主陣、誰一人として議長をやりたくないのだ!!
何故って!?
わかるだろう!?
我々は今の状態で既に領主の大役を担っている!
日々、領内で起こるトラブルを解決したり、税を計算し不公平がないように取り立て、その分を領民に還元したりと大忙し!!
常にキャパギリギリ!
そんな最中でさらなる余計な仕事を増やせるかい!!
と言うわけで領主の誰も議長の兼任なんてしたくないのだった。
面倒くさいとかそういうわけではない!
ただキャパがいっぱいいっぱいなの!
私を日頃の忙しさから救うため! 誰か私以外の領主よ! 議長になって!
しかし他の領主たちも同じ思い!
それゆえにさっきから壮絶なババの押し付け合いが続行されている。
「ダルキッシュ殿は、魔王や人魚王と浅からぬ間からだとか! さすればこれからの人間族を代表するにこれ以上マッチな方はおりますまい! これからの人間国を背負って立つ男!!」
「いえいえ……! それはただ単に私が聖者様と懇意にしているからで……!!」
「この世界の影の支配者とも謳われる聖者様とも繋がりがあるとはこれも優良! やっぱり人間国の未来を担うに相応しき若き力はダルキッシュ殿!」
くそ、やべえ……!?
かねてより懸念していた点が案の定、この場で私のことを追い詰めてくる……!
ただ今指摘されたことすべて、聖者様の近くにいるからってことに過ぎないんですが!!
私自身の手腕と何ら関係ない!!
ここで妻のヴァーリーナが魔族であることも指摘されたら数え役満で王手がかかりかねないから、先手を打って何かしなければ!
「……わかりました! では私が議長やります!」
「!? いえならばワシが!」
「いやボクが!」
「おいどんが!」
「「「どうぞどうぞどうぞ!!」」」
「やっぱり嫌!!」
ふう、どうにか流れを変えられたぜ……!
しかしまあアレだ。
こうしてみると旧人間国が滅んだのはけっして王族だけのせいじゃないって思えるな……!
我ら領主とて、自領を守ることにただひたすら注力していた我らだからこそ、国政にまで意識が向かなかった。
それゆえ起こったのが王族の暴走。
王族たちはけっして一人で暴走したわけではない。
我ら領主たちの無関心……自領さえよければあとはどうでもいいという身勝手な考えゆえに破滅まで突き進んでしまった。
そのことをよくよく心に刻み、反省していかねばと思うけれども、だからと言って自分は議長をやりたくない!!
我が領民を養うための手は、けっして疎かにしてはならない!
「……!」
「……!?」
出席している領主全員が同じ思惑のため、ついには論が出尽くし黙りこくってしまう。
くっそう、こんなことならずっと魔王軍が実効支配してくれてたらよかったのに!!
……そう思ったところで、ふと私は気づいた。
「別に領主が議長にならなくてもよくね?」






