850 コーヒーショップの個性
「うげっぷ……苦しい……!!」
俺、サンドウィッチ完食!
いや、ただのサンドウィッチならここまで苦戦もしなかったんだろうが、俺がチャレンジしたのは『三十分以内に食べたら無料!』みたいなリスキーさを納得させる量だ。
けっして大盛りではない。
Lサイズとかでもない。マシマシとかでもない。
普通サイズの普通盛り。
それなのに空前絶後の物量。
胃が破裂するかと思った。
しかし俺は勝った! 出されたものをすべて食べきったのだ。
……いや『食べきれないなら残せばいいじゃん』というかもしれない。しかし農家にとって自分が手掛けたかもしれない食材を使い料理は一粒たりとも残せない。
「食ったものが食道をせり上がっていく……!? コーヒーもう一杯貰って流し込むか? いやでも却って胃の内容量を本格的に超えて一気に戻しそうな……!?」
肝心のコーヒーの味も飯量のインパクトに押し流されてよくわからなかった。
それでいいのか、俺のコーヒーショップ偵察……と思っていたところ……。
「いかがですかな? 我がギルドが経営するコーヒーショップの味は?」
といきなり呼びかけられてビックリ。
やめて、今ビックリしたら胃の中のものが盛大にエクソダスしかねないんです!
一体誰だ? 俺というパンドラの箱を徒にこじ開けようとするヤツは!?
……と思って視線だけ動かしたら、そこにいたのは何とも恰幅よさげなオッサン。いかにも脂の乗りきった仕事人という人相は……。
……見覚えがある。
「……誰?」
でも思い出せない!!
違うんだ。きっともう随分会ってない時間的空白で記憶が劣化してきているだけなんだ!
しかし今こそ脳神経のサーキットを駆使して記憶を奥底から掬い出す時!
魔族! 商業! コーヒーショップで検索範囲を絞って……!
ああ、そうだ!
「居酒屋ギルドのマスター、サミジュラさん!!」
「おお、覚えていただけていたとは光栄です!」
「あるわけないじゃないですか! 一度会った人の顔を忘れるなんて!」
魔族さんたちの住む魔国では、仕事をする人たちが相互補助を目的として立ち上げたギルドがたくさん存在する。
職種と同じ数だけあるそうで、その中の一つ……居酒屋ギルドのマスターを務めているのがサミジュラさん。
いつぞやまた別件で魔都に居酒屋を開いた時にトラブルで知り合うきっかけを作った。
やっぱり事前の許可は必要ですな。
そのことが教訓になって喫茶店の時はしっかり根回しをしたものよ。
「でもサミジュラさんが何故ここに?」
「それはもちろん、このコーヒーショップが我ら居酒屋ギルドの系列店だからでしょ!」
マジで?
「『サミダ珈琲店』はギルドマスターである私みずから手がけた店で、魔都内に二十の支店が建っております。これからも店舗を増やしていく予定で、まさにコーヒーブーム様様と言ったところですわい! はっはっは!」
はあ、それは景気のいいことですね。
居酒屋ギルドは、魔都内でお酒を出しつつ店内で飲食させるお店の相互扶助組織なのだから、コーヒーを楽しむコーヒーショップのノウハウと重なるところがあったのだろう。
経営に乗り出してくるのは大いに頷けるが、しかしここに現れたのはなして?
「それはもちろん聖者様が来店されたと報告を受けたからには、出迎えに行かぬわけにはまいりますまい!」
「ええッ!? 俺が来たのに気づいたんですか!?」
アポなしですよ!
それに一応……敵情視察という気分で乗り込みましたんで、一応気取られぬ風に気配を殺したつもりだったんだが……!?
「ガッハッハ! 店内には常に見張りを置いていますでなあ! 何しろウチの経営術を盗むためにスパイの類も遅れこまれることでしょうから!!」
「ギクゥッ!?」
「そのついでに歓迎いたさねばならぬVIPの訪問にも目を光らせねば……と思っておりましたので合わせて見張り役に言いつけておったのですぞ! 聖者様は奥ゆかしい御方ですから、きっとお忍びでおいでになると踏んでおりましたからな!」
「あッ、はいそうです。お忍びです……!」
けっして、このコーヒーショップのやり口を研究し、あわよくばいいところを盗もうなんて思っていませんことよ!
「実に光栄なことですなあ! 聖者様が、我が系列店を御贔屓にしていただけるとは! やはり商会なんぞよりずっと魔都民に寄り添う我ら居酒屋ギルドの理念を、聖者様がお認めくださったということですな!!」
「なんでも自分の都合のいいように解釈するのはいただけませんね……」
と、さらなる登場人物の声!?
今度は誰!?
「ぬぬ、貴様はシャクス!」
パンデモニウム商会のシャクスさんだッ!!
この人はちょくちょく農場へやってくるから覚えているのに、サミジュラさんに先に言われて教えてもらった感じに!!
「商会長のお前が何故ここに!?」
「アナタと同じことをしているまでですよ。もっとも自分の店舗にしか見張り役を置かないアナタ方と違って、我ら商会は魔都中に『眼』を配置していますゆえ。重要な事柄はすぐ耳に入るのです」
シャクスさん勝ち誇るように言う。
「まあ、一商人ギルドではとてもそこまでの監視網は賄えぬでしょう。魔国を代表するパンデモニウム商会だからこそ可能な業。何しろ情報は力ですからなあ、これを疎かにして商人はやっていけませんクックック……!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ~ッッ!?」
……。
サミジュラさんとシャクスさんって、長い反目の末にわだかまりを解いたはずじゃなかったっけ?
それでもことあるごとに張り合うような空気は、そもそもこの二人が生まれついてのライバル同士……よきライバル同士何だという設定にしておこう。
きっとそうだ。
「聖者様におかれましては、この魔都でお会いできたこと恐悦至極に存じます。一言お声がけいただけたら最大の歓迎をいたしましたものを」
「お、お忍び中だもので……!」
「わかっておりますとも! 吾輩も出しゃばりすぎは行かぬと、これまで聖者様ご来訪の際は人知れず様子を窺うだけでしたが、よりにもよって居酒屋ギルドの系列店に入るとなれば黙ってはおれません!」
マジかよ、今までの魔都訪問もずっと見張られてたって言うのか?
知ってしまったらもう気が抜けねえわ。
「まあ聖者様の様子を察するにとりあえず目についたところから入ってみようとしたもので、それがたまたまサミジュラの店だったというだけのこと。つまり入店順で優劣はないということでOKか!!」
「それを主張したくてしゃしゃり出てきたのかい!?」
シャクスさんの対抗心に火が付いたらしかった。
そして対抗心に塗れているのは向こうも同じこと。
「そんなイチャモンをつけたところで事実は変わらんぞ! 聖者様は、我が系列店ににお越しあそばされた! お前ら商会の系列店じゃなくな! それすなわちオレたちをお認めくださったということでお前らは歯牙にもかけられなかったということ!!」
いいえ、違いますよ。
言い当てられるのは心苦しいがシャクスさんの言った通り、たまたま目についたコーヒーショップに入ったのみ。
目的はグレイシルバさんの喫茶店を盛り上げるためのヒント集め。
だからここを始めあと二、三店舗は回るつもりでいたのですが……?
「大体このような下品な店を聖者様が気に入られるわけがないでしょう。たくさん食わせるだけが取り柄では牛馬の店と間違えられるでしょうに」
「何を言う! 大衆にとっては量が多い=正義なんだよ! 安くて速くててんこ盛り! 日々を忙しく働く庶民にとってはリーズナブルな値段でたくさん食べられることが何より嬉しいんだ!」
「それではアナタたちが日夜経営している大衆酒場と同じではありませんか……。別の分野で成功しているからと言って同じ定理を別の分野に当てはめるなど愚の骨頂。コーヒーショップが何のためにあるのかしっかり考えてほしいものですな」
シャクスさんの主張は、はち切れんばかりの俺の腹には大層共感された。
でもまあ大盛り=正義の主張には一理あると思うがね。
誰だって量が多いと嬉しいもの。限度はあるがな。
「コーヒーショップへは、コーヒーを飲んで一時の憩いをするためにご来店されるのです。そのことがわからぬとは、それでもアナタはギルドを代表する大商人ですか。……そこで聖者様」
はい?
「聖者様にはこのような大衆向けよりも我らパンデモニウム商会主催の系列店にお越しいただきとうございます。選ばれしエリートが利用する真なる憩いの場にお連れいたしましょう」
あるんですか、シャクスさん勢力のコーヒーショップも?
でもこれは確実にある流れだよなあ。
国内最強、魔王ファミリーにも付き合いのあるパンデモニウム商会が作ったコーヒーショップ……。
どんなお店なんだろう?
コーヒー一杯一万円とかしそう?
* * *
そして移動時間、約三秒。
パンデモニウム商会系列のコーヒーショップなんと向かい側にあった。
「ふーむ、いかにもな佇まいは……!?」
店内はほどほどの規模で、何より清潔な印象。
それだけで高級店ということが一目でわかる。
客層も、いかにも上流階級という感じの身なりで俺のような庶民は踏み入るのを躊躇われる。
「いかがです? まさに聖者様に相応しい店がまえでしょう?」
「いや、そんなことないかも」
「まあ、まずは店内でご注文ください。当店のコーヒーは独自のアレンジを加えたオリジナルメニューとなっているのですよ」
俺の話も聞かずズンズン入っていくシャクスさん。
「当店では、席に着く前にカウンターで注文するシステムになっておりまして。吾輩がお手本を見せますので、どうかお続きください」
「はあ……」
「キャラメルソースヘーゼルダークサンダーロイヤルホイップコーヒージェリーアンドフェアリーバニラクリムゾンエクスティンクトドラグナーオレを一つ」
んッ?






