849 魔都・新喫茶店事情
春の賑わいも旺盛となってから、俺は一旦魔国を訪ねた。
魔国にある喫茶店を訪ねた。
かつて俺が、興味の赴くままに築き上げた喫茶店。信頼に足る人物に託したあとすっかり足が遠のいていたが、間が空いても様子を見に行かねば義理が立たぬというものだろう。
喫茶店のマスターを務めるグレイシルバさんとも話がしたいし。
カランカラン鳴らしてドアを開けると、いぶし銀のマスターが渋い微笑みで出迎えてくれる。
「いらっしゃい」
ご無沙汰しております。
長いこと顔を見せずに申し訳ない。
グレイシルバさんは人族の元傭兵という喫茶店のマスターとして最高のキャリアをお持ちだ。
所作がいちいち渋くて見惚れる。
店の雰囲気もだいぶ落ち着いていて、まばらに埋まった席が却ってスペースをゆったりさせて落ち着いてコーヒーを楽しめ……。
……あれ?
「客少なくない?」
「そうかい? 最近はいつもこんなものだよ」
そうなのか!?
開店当初は、連日満席で店外に行列ができるほどだったのに!?
そりゃあ異世界の珍しいものが立ち並ぶお店だから千客万来はいつものパターンではあるんだが。
この喫茶店が立った頃も、コーヒーという異世界初の趣向品が衝撃を与え、魔都中の流行の最先端を追い求める者たちが大挙して押し寄せたものだ。
大体、俺が後先考えずにプロデュースした諸々はのちも継続して大流行りし、経済をけん引していくものだがなあ。
それを思うと……、この繁盛具合は芳しくないというか……!?
「そうかい? それでもお客さんはちゃんと来てくれていると思うが?」
今現在も席の半分は埋まっていますしねえ。
お陰でこの隠れ家的喫茶店の静かな雰囲気は守られていますし、お店のコンセプト的には正しいと思われるが、しかし満員御礼でないと寂しいっていうか!?
「何事も欲張りすぎはよくないんだぜ。戦争中もそうだったが、勝ちすぎるのは却ってよくないことの前兆だった。大抵は敵の罠だったり、もしくは自軍に思わぬひずみができていて何かの拍子に大怪我を負ったりするものだったぜ」
グレイシルバさんの含蓄のあるお言葉!
たしかにそうかもしれないが、それでも満員を求めてしまう俺は、現代知識無双のし過ぎで感覚がおかしくなっているんだろうか?
「たしかに開店直後は目の回るような忙しさで賑わっていたが、あんなにバタバタするのはもうゴメンよ。矢剣飛び交うような目まぐるしさは戦場だけで充分ってね」
「そうそうその通り、コーヒーはこういった静けさの中で味わってこそ美味しいのさ」
などとグレイシルバさんに同調する客は、魔王軍四天王のベルフェガミリアさん。
まーた魔王軍の職務をさぼっているのか。
「コーヒーはね! 舌だけで味わうものじゃあないんだよ!! 漂う匂い! コーヒー豆を挽き、湯を沸かし、カップに注ぐ音! それらを五感のすべてで楽しんでこそ、真のコーヒー好きと言えよう! そして、それらコーヒーのポテンシャルを余すことなく感じ取るためにも、喫茶店は静かで落ち着いていて、何と言うか救われてなきゃあダメなんだ!!」
「わかったから戻って仕事してください」
知っていますよ、どうせアンタ山ほど未処理の案件抱え込んでるんでしょう?
すべてのしわ寄せがマモルさんへ向かっていくんだからコーヒー飲み終えたらさっさと自分のするべきことをしなさい!!
そしてアンタの力説が却って喫茶店の静謐を損なっているという皮肉!!
「ここ最近の客の出入りが落ち着いてきたのは、まあ同業の新規参入が増大したからだろうなあ」
「なんと?」
迷惑な客は放っておいて……。
グレイシルバさんは自身の商売の状況を分析する。俺もそれに耳を傾ける。
「新しくコーヒー豆の産地が見つかったろう? そこから大量輸入されてきて、大抵誰でもが望めばコーヒー店を立ち上げられるようになったからなあ。それで新たな出店が魔都中に起こったんだ」
同業者が乱立すれば、それだけ利益も分散する。
顧客となる魔都の住人たちは変わらないんだ。一つのパイを複数人で取り合えば自然、取り分は少なくなる。
「商会やギルド……。この街で商売を企画できる連中は大勢いるからな。そういうヤツらが本気で参入してきたら、オレのような個人経営は太刀打ちできんよ」
と諦めきったような口調で言うグレイシルバさん。
勝てないいくさに無理に挑もうとしない。そんな潔い態度にはベテランらしさが垣間見えるが……。
……いや待て?
それでも農場で丹精込めて育てたコーヒー豆は、そんじょそこらの他製品には負けないはずだ。
それなのに客を他店舗にとられたと?
「フッ……、多店舗も工夫をしてきているということさ。実際に見てみたらどうだ? いまや魔都はコーヒーショップの群雄割拠。各自様々なドクトリンでもって生き残りを図っている。見物気分でもなかなか有意義だぞ?」
……ふむ。
俺もこの喫茶店を後押しした者として、見届ける義務があるようだな。
こうなったからには魔都に数多くできたというコーヒーショップを敵情視察しに行こうではないか!
とりあえずここで頼んだコーヒーを飲みほしてから!
「私ももう一杯飲もうかな」
ベルフェガミリアさんはさっさと仕事に戻って!!
* * *
魔都を練り歩いてみる俺。
こうして見ると街並みもだいぶ変わったな……。
まあ基本農場住みの俺が魔都へ来ること自体あんまりないのだが、そんな俺でもわかるレベルで以前より活気づいている気がする。
街全体が賑わっているし、真新しい造りの店舗もいくつか見かける。
遠く向こうに立つ太陽の塔も見えれば、神フィギュアを掴んで駆け回ってる子どもらも見かける。
こんな風に魔都が著しい発展性をみせてるのってもしや……俺のせい?
いや、まさかな……!
あらかじめグレイシルバさんに教えてもった住所へたどり着くと、そこにはたしかにコーヒーショップがあった。
「大きい……!?」
明らかに俺の知らないコーヒーショップ。
しかも大きい。
一度に百人の客を収容できそうな規模で、その点俺がプロデュースしたグレイシルバさんのお店などは足元にも及ばない。
それこそ大衆店といった趣だ。
ずっと突っ立って外観を眺めるだけでもいけない。
敵情視察と行くか……。
「何名様ですかー?」
「一人で」
なんだよ?
オンリーワンで悪いか?
お一人様でコーヒー飲んじゃ悪いのかッ!?
すみません。
「こちらのメニューからお選びください」
「んー、ではホットコーヒーと……」
そこでふと目に留まった、お食事メニュー。
グレイシルバさんのお店ではコーヒー以外何も腹に入れなかったし、日も登ってきて空腹にもなってきた。
「……このサンドウィッチセットを」
「あざぁしたー」
注文を受けてウェイトレスが引っ込んでいく。
恐らく彼女からオーダーを渡されて厨房で言われたものをクッキングするのであろう。
料理を待つ間、物思いにふけることにする。
「食事メニューか……」
そういえば、たしかにグレイシルバさんのとこはそういうメニューに弱い気がする。
まずはコーヒーに注目してもらえるようにメニューを絞ったが、それが競争期に入って却って仇となったか?
さすがにコーヒーだけでお客を寄せるのには限度があろうからな。
帰ったらちょっと考えてみるか。
……などと考えているうちに時間は過ぎ、注文したメニューが出来上がったようだ。
「お待たせしましたー。ホットコーヒーと……」
カチャンと、陶器らしい音を立てて置かれる何の変哲もないコーヒー。
次に……。
「サンドウィッチセットでございます」
ドンッッ!!
明らかに異様な音を立ててテーブルに置かれた籠。
これがサンドウィッチセット……!?
「大きくね……!?」
饗されたサンドウィッチ盛り合わせは、俺が想像したものより三倍は大きかった。
量も多い。
サンドウィッチが三……四、五、六、七、八……九枚?
しかも一枚一枚が『食パン丸ごと使っています』と言わんばかりの大きさだった。
「あの……これは何人分なんですか?」
「普通にお一人用ですが」
これがッ!?
異世界で乱立するコーヒーショップは、もしや食事がメインのところなのかッ!?






