839 天神、要求す
今を去ること六万年前……。
……ウソです。
昨年の冬に入って間もない頃だ。
唐突に異世界天満宮に呼び出された。
呼び出したのは当然そこの御祭神・菅原道真公。
ちなみに道真公は、この異世界の神社に祀られるようになってずっとここに住んでいるのではない。
元々、この神様の総本社は前の世界にあって、本拠地はそこ。
日本の神社には『分社』というシステムがあって、御霊さえ分けてもらえば本社以外にもいくつもの支店的なものを作ることができる。
そうすることで本社近くにお住まいでない方も、ご近所の分社へ長旅することなく気軽にお参りできる……という便利な仕組み。
ウチの異世界天満宮も、その一つという分類。
祭神様の本腰据えた住居ではないが、分社さえあれば割と気軽に顕現くださる。
ということで菅原道真公だけは、この世界の神ルールに囚われることなく自分の意志で出たり去ったりするんだな、これが。
で、本日は何の御用でございましょう?
『見るがよい、この景色を』
「景色?」
俺が道真公に謁見しているのは、言わずもがな異世界天満宮の境内。
俺とオークたちが力を合わせて建立した拝殿が、今日も壮麗だ。
『たしかに社殿は素晴らしい。北野や大宰府の本殿にも迫る造りよ。しかしそれだけではいささか寂しいとは思わぬか?』
「いいえ」
だって、俺とオークたちで一生懸命拵えた神社ですもの!
これさえあればどこの観光雑誌に乗せても恥ずかしくない逸品に!!
自信作だぜ!
『それはわかる! わかるけれども! 景観には取り合わせというものがあるだろう!? 月に叢雲、華に風!』
「それは好ましくない組み合わせでは?」
ただまあ道真公の言いたいこともわかる。
この神社、農場から離れた空き地に建てたもんだから、周囲は見渡す限りの空き地で殺風景たらない。
いかにオーク製神社が豪勢だとしても、その一棟だけじゃ全体的な寂しさは拭いきれない。
門前町でもあれば……というのはいささか求めすぎであろうが、もう少し何かあってもいいな。
『そう! そうそれ! この社にも花が必要だと思うのだ! 花が! そうだろう!』
なーるほど。
花か。
たしかに彩りを加えようとしたらお花がもっとも手っ取り早くて効果的。
「じゃあこの辺の平地に一面チューリップでも植えますか?」
『ちっがぁーーーーーーうッッ!!』
何どうした?
急に叫んでどうしたんです天神様?
『違うの! たしかにチューリップも綺麗だろうけど神社との取り合わせ悪くない!? 和のものと洋のものだよ!? チューリップを扱った歌も古今集にはないでしょう!?』
和洋折衷とも申しますし……。
じゃあこうしよう、神社を増築して風車をつける。
風車との相性抜群それがチューリップ。
『何故そこまでチューリップに執着する!? 花のチョイスをちょっと見直せばいいだけだろうに! ああもう、そっちが答えを出さないなら私から言ってやろう! 梅! 梅の木を植えないか!?』
梅?
何故そこで梅?
『この菅原道真公と言えば梅の花が付き物であろう!「東風吹かば、匂い起こせよ以下略」の歌を知らんのか!?』
「すみません知りません……!」
不勉強で申し訳ない。
しかし菅原道真公が梅の花をこよなく愛する人であったというのは知っている。
だから道真公ゆかりの天満宮には梅の木が植えてあると。
『それ知ってるならなんでわざわざ外した!? 焼きたてアツアツの梅ヶ枝餅を口内に捻じ込むぞ!!』
「やめて口の中がやけどになります」
こうして道真公の要請で、異世界天満宮の敷地に梅の木を植えることとなったのです。
当時はオークボ城の準備も進めていたために目立つことがなかったが、同時並行で植林作業がスタートするのでした。
まあ梅の木自体は既に農場にはある。
だからそこまで大変なことではない。
何しろ梅は、成る実にも大変美味しくて価値があるから。
梅干しにしたり梅酒にしたり。
そういう用途目的でダンジョン果樹園の一角に見事な梅林が茂っている。
そこから何本か引き抜いて異世界天満宮辺りに植え替えるもよし。
ハイパー魚肥を使えば成長促進もできるから一から育ててもいい。
そんな風に俺が脳内でアレコレ計画を立てていたら……。
『しばし待たれい』
道真公がまた口出ししてきた。
何です?
話がまとまったかと思いきや、何かまだご意見でもおありでしょうか?
『あのぉ……なんだ、その、伝え聞いた話があるんだが……』
「チューリップが昔、投機として使われたことですか?」
『チューリップの話はもういい! そしてそういう世界史的な話でもない!』
じゃあ何です?
『……な、なんでも、この農場にもあるそうではないか、桜が』
はい、ありますねえ。
『至高の担い手』による効果で俺の知ってる植物は大体育成させることができるので、馴染み深い樹はあらかた生やしましたよ。
その中に、桜もあれば梅もある、と……。
『しかも、こちらの世界での桜は……ただ生やしたわけではない。何でも大層なものになっているそうではないか?』
「世界桜樹のことですか?」
世界桜樹。
それは様々なる試行錯誤から生まれた、特別な桜の木だ。
桜が何よりポピュラーであった前の世界は無論、こっちの世界にも二つとない。
我ながらなかなかのものを育て上げてしまったという反省と自負はある。
『何でもこちらの世界でも一等貴重な世界樹と……桜の木が合わさったものとか。そこで聖者殿よ。梅の木も同じようにできぬか?』
「は?」
『だから、梅の木を世界樹と合わせてこの世に二つとない特別な大樹を育ててはくれまいかッッ!?』
「な、なんでですか……!?」
別に普通の梅の木を植林したっていいじゃないですか?
それでも早春にはきっと美しい花を咲かせることでしょうよ。
『ダメだッ! ダメだダメだダメだッ!! この世界でも……こっちでも梅が桜に負けることなどがあっては!』
「はあ?」
『大体なんでだッ!? 梅の花だって古来より美しく咲き誇ってきたのに何故桜ばかり注目される!? 梅の花だって綺麗だろうが! 作れよ「梅」のタイトルで最近の流行歌を!!』
言われればJ-POPで梅をテーマにした歌って、ない?
対して桜の歌はいろんなのが浮かぶなあ。あれやこれや。
『私は、この状況に異論を唱える! 梅の花だって美しい! 華やかだ! だからこそこちらの世界でまず、梅の花が桜以上の知名度を得るように働きかける! それが梅の地位向上委員会の会長を務める私の使命!!』
「その委員会、何人構成なんですか?」
『私とキミの約二名!』
知らんうちに俺も頭数に入っていた。
参加宣言した覚えないんですけど!?
『というわけで聖者よ! キミの力で桜なんぞに負けない最強の梅の木を創造してほしい! 梅の地位向上委員会の会長として命ずる!!』
「せめて神様として命令してほしい!」
そんなわけのわからない委員会からの指令は受けたくない!
いいじゃないですかナンバーワンにならなくったって!
誰かにとって特別なオンリーワンであれば、梅の花は道真さんにとってのオンリーワンですべてヨシ! ってことになりませんか。
『くそぉおおおおおおッッ!! 大体なんだ松竹梅って!? 私の梅がなんで一番下なんだぁあああああッ!? 松と竹相手なら花が咲く梅が勝ってるだろうが確実にぃいいいいいッッ!!』
あッ、ダメだ。
この神、梅のことになると見境がなくなる。
これでも一時は洛中を恐怖のズンドコに陥れた祟り神。その怒りの矛先が農場に向いたら堪ったものじゃない。
「引き受けるしか……ないのか……!?」
世界樹+梅の木のオーダー、たしかに承りました。
植林だけで済むと思っていた軽いミッションが、難易度爆上がりになったもんだぜ。






