837 皇帝竜夫婦訪問記・ドラゴン後編
突如戻ってきて結婚を宣言する父上。
その衝撃たるや全身震えんばかりの皇帝竜アードヘッグである。
父親の結婚話なんて天地がひっくり返るような違和感!!
「父上? それにシードゥル? どうしてそんな話に……!?」
「あらいやですわお兄様、さっき人魚さんたちの国で言ったではありませんか」
代わって答える我が妹竜シードゥル。
「私、すべてのドラゴンの姑さんになるのです! そのためにはすべてのドラゴンのお舅さんになるお父様と結婚しなければだすわ!」
そうなのかぁ~?
謎理論で武装したシードゥル。
しかも彼女は人魚国で例の最強姑さんに話を聞いてきたらしく思った以上にやる気満々だった。
「父上はそれでいいんですか? 仮にも自分の生み出した子どもの一人と……!」
「まあそういうのはニンゲンどもの習慣では禁忌になるんだっけ? しかし複製で繁栄してきたドラゴンが生殖方法を切り替えた直後じゃあ大目に見るしかないだろう。事実お前らだってそうなんだし」
「う……ッ!?」
そりゃあ自分の妻のことを『姉上』と呼ぶのも内心どうかと思っているんだが……。
「おれもいい加減、お前らに敗れてから心の整理がついてきたんだ。せっかく生き残ったんだし楽しもうと思ってな。新しい流儀をな」
うっすら笑う父上は、相変わらず何を考えているかわからないドラゴンだった。
この息詰まるような不気味さは、この人が力を失ってから身についたものだ。
それ以前はガイザードラゴンとしての強大な力でただ押し進めるだけの粗暴な竜で、恐ろしさはあるがそれはもっと単純なものだった。
それこそすべてのドラゴンの親なのだから長生きなのは当然だし、その分の経験と思慮もあるべきだろう。
それが表面化し、おれたち若い竜を圧倒するほどの不気味さを発揮するのは皮肉にも力を失ってからだった。
「……シードゥルはそれでいいのか?」
一応この父上、自分の息子娘たちを罠にかけて力を奪い取ろうとした御方だが。
狡賢いのは昔からだが、シードゥルもまたその被害者になるはずの一人であった。
恨みこそあれ、苦楽を共にできる間柄になるのは難しいんじゃないか。
ここまで人類の各国を訪問して様々な夫婦を見てきたが、どんな事情で一緒になったと言えどもやはり互いを思い合うことだけはどの夫婦も差異はなかった。
互いに憎み合い疎み合う間柄で夫婦の間柄は成り立つのだろうか?
「大丈夫ですわッ! ここ最近父上と一緒に遊ぶのは大層楽しかったですからッ!」
あッ。
コイツ何も考えてないだけだ。
時に無念無想は、あらゆる深慮遠謀をも跳ねのける。
そういや何故か父上とつるむことの多かったシードゥルだった、暇に任せて一緒に遊んでいたりもしたっけ。
それが高じて結婚まで思い至ってしまうとは。
これまで出あってきた夫婦の馴れ初めから考えたらあまりにも軽いノリであった。
いや、竜だからこそここまで考えが軽いのか?
「それでも『結婚』などという発想が我々の中になければ誰も行動に移そうとはしなかっただろうがな。その概念を最初に持ち込んだのはお前たちだ。よって今の状況を素直に受け入れるのが、お前たちのとるべきことではないか?」
クツクツと意地悪い笑みを浮かべる父上。
「その通り! アードヘッグ様は我ら竜に新たなる生き方をお与えくださった進歩的なお方! 我らは改めてアナタをガイザードラゴンとお認めし、忠誠をお約束しましょう!」
クロウリー・シーマまでもが便乗して誉めそやしてくる。
かつては全ドラゴンから認められずに非難囂々だったのが、こんなに様変わりするとは……!?
それも、おれがガイザードラゴンに就いた直後から支え続けてくれた、ある女性のお陰……。
「ぐぬぬぬ……! 私が結婚した傍からこんなに真似する者が現れ出すなんて……! ドラゴンってけっこう流行り物に囚われやすいのね……!」
「姉上……、いやブラッディマリーよ」
「はいッ!?」
改めて自分の妻のことを名前で呼ぶ。
そのことに意表を突かれてか、動揺する姉上……ではなくマリー。
「今回、様々な場所を回って、様々な人の夫婦を見てきた。素直に幸せだとわかる夫婦もいれば、一目では解しきれない複雑な夫婦もいた」
まこと人の繋がりの形とは奇妙怪奇なるもの。
それを改めて実感させられたのが今回の見回りだった。
「そして見てきたことを我が身に置き換えて……、おれはまだまだ人の営みを理解していなかったのだなと思い知る。結婚というのは式を挙げればそれで完成だなどと思い込んでいた」
「アードヘッグ」
「キミが何に憤慨していたのか理解したつもりだ。今からでもよき夫となるために努力をしてみよう。今回訪ねて知った様々な夫婦たちを参考にして。それで許してくれるかマリー?」
もう彼女のことを『姉上』とは呼ばぬ。
どこの世界に自分の伴侶を姉と呼ぶものがいよう。
式を挙げて久しいというのに悠長なことだが、おれにもやっと夫としての覚悟が芽生えてきた。
おれの言葉に感動したのか、マリーは瞳を潤ませて身を寄せてきた。
「あなたッ、その言葉を待ってたわ!!」
抱き合うおれたちを囲んで、居合わせた竜たちが万雷の拍手を贈った。
「いいぞー、竜帝夫妻―」
「その仲睦まじさこそが竜族の明るい未来ですわー」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……!
ありがとう!
皆祝福してくれてありがとう!
完璧だ。
何もかもが完璧に決着した!
* * *
そう思っていると……!
『そう綺麗には終わらせないのだー!』
なんと空から降ってくる巨大な影が!?
あれは……ヴィール姉上!?
ヴィール姉上がドラゴンの姿で飛来してきた!?
『ドラゴンどもが集まってワヤワヤしているのにおれを交ぜないなどとは不届き千万なのだ! この上はすべてのちゃぶ台をひっくり返して、ここまでまとまったことをナシにしてやるのだぁー!』
ひぃいいいいいいッッ!?
姉上ッ!?
恐るべきとばっちり!
そんなこと言われても今回はつがいのドラゴンばかり厳選されてるんですから、独り身のアナタの出番はないでしょう!
独り身のアナタには!
『そんなことはねーぞ! おれ様にもちゃんと相手はいるのだーッ!』
えッ? ホントに!?
それは知りませんでした一体誰が!?
『ジュニア』
……。
それはたしか聖者殿の御子息では?
年端の行かぬ三歳児に何の望みを懸けております?
『うるせぇえええッッ!! ジュニアが大人になるまで精々十何年! それぐらいドラゴンにとっては僅かな時間でしかねえ! 立派な大人になったジュニアにおれ様が嫁入りしてやるのだぁああッッ!!』
なんという遠大な計画!?
さすが農場に住まうドラゴンのヴィール姉上は、結婚に対する計画性も尋常ではなかった!
しかしその望み歪んでないか!?
聖者殿はその話に了承してるんでしょうかね? 親の許可必要で!
『うるせぇええッッ!! おれの計画に口出しするヤツはドラゴンブレスで焼き払ってやるのだあああああッッ!!』
「お待ちください姉上! そうだ! またドラゴン四駆で勝負しましょう! おれが開発した新機、シャイニングスコンブで勝負ですぞ!!」
クロウリー・シーマ殿が上手いことヴィール姉上をなだめすかし、最後には皆でドラゴン四駆をかっ飛ばしてうやむやにできた。
有能な臣下を持つことがいかに大事かを教えられるのだった。
魔王殿はルキフ・フォカレ殿を、アロワナ殿はゾス・サイラ殿を臣下に持っているように。
まあ、それ以前にガイザードラゴンたるおれが頭の上がらないドラゴンが他にいることが大いに問題なのだが。
「こらぁあああああッッヴィール!! アンタもドラゴンの端くれなら皇帝竜に従いなさい! 夫への無礼は妻の私が許さないわよおおおおおおッッ!!」
「はぁああああッッ!? 就任式で一番ごねてたヤツが手の平グルグルしてんじゃねぇえええええッッ! 妻の座を手に入れたぐらいでムシがいいのだぁあああああッッ!!」
「妻が妻の権利を行使して何が悪いのよぉおおおおおッッ!!」
これにてドラゴン夫婦見聞記……。
……終結!!






