834 皇帝竜夫婦訪問記・魔族前編
再びおれこそ竜の皇帝……ガイザードラゴンのアードヘッグ。
海の底で人魚たちの夫婦話も充分に聞けたので、おいとました。
マリー姉上も充分満足……したというか嫁姑戦争の苛烈さにビビッて一刻も早く逃げようという感じになっていた。
人魚国では大変貴重な話が充分聞けたが、かといってサンプルとしてはまだまだ数が少ないように思う。
それに海での話を聞いたのなら、地上の話も一緒に聞かなければ不公平というものだろう。
なので私は次なる話を、地上に住むニンゲンたちから聞くことに決めた。
え?
最初に訪問した聖者殿も地上の住人だろうがって?
あの方は無闇やたらと特別なのでノーカンで。
とにかく地上で有名な人類といえば、聞くまでもなく魔族の支配者……魔王であろう。
当世の魔王ゼダン殿とはアロワナ殿や聖者殿を通して見知っている。
急な訪問もきっと受け入れてくれよう。
というわけで再びドラゴンモードとなって天を駆け、魔族たちのもっとも多く住む魔都へと向かった。
ちなみにアル・ゴール父上とシードゥルの迷惑舅姑コンビは海底に置いてきた。
シーラ殿が直々にお守してくださるそうなので、少なくとも今回の用事が終わるまで再び邪魔してくることはあるまい。
* * *
「先日は誠に申し訳なかった」
まずは謝罪から。
魔族の王ゼダン殿に会い、真っ先に頭を下げるのかというと過去にちょっと迷惑をかけたことがあったので。
魔王殿へというか魔族全体へ。
まったくおれの与り知らないところであったが、なんかマリー姉上が襲ったそうなんだよね、魔都を。
その時はヴィール姉上が即座に駆けつけて事なきを得て、街にもまったく被害なしに済んだからよかったものの、謝らぬわけにもいかない。
「頭を上げてくれアードヘッグ殿。結婚式の際にも謝ってもらったではないか。竜の皇帝たる者、そう何度も簡単に頭を下げるものではない」
「そうよ! そもそもドラゴンは最強生物なんだからニンゲン風情に許しを請う必要はないのよ!!」
マリー姉上、アナタのために謝罪しているのですが?
「とはいえマリー姉上は今や我が妻。夫であるおれが何の関わりもないではいられない。連帯責任はしっかりと……」
「あ、アードヘッグ!?」
魔王ゼダン殿は、そのガッシリした体格を愉快気に揺らして……。
「竜族もまた夫婦というものが板についてきた様子ですな」
「いえ、まだまだです。実は訪問の用件もそれと関わりがあるのですが……」
用件伝え中……。
「なるほど、こう見えても我は聖者殿の仲間内でもっとも早く結婚したゆえに、伝えられることは多いと思われますぞ。それどころか妻が二人いますゆえに経験量も時間の二倍!」
「妻が二人!?」
そこにもっとも過敏に反応したのはマリー姉上だった。
「どういうこと!? 結婚って雄雌がお互い一人ずつしかできないんではなくて!?」
「普通ではそうです。しかしながら我は魔王、大きな責任を持つ立場。我が民すべてを平等に治めんがために、時に二人以上の妻をめとらねばならん時もあるのです」
それは誰からか聞いた覚えがある。
ニンゲンたちの社会ではそのことを一夫多妻制もしくはハーレムというのだっけ?
そうした習慣を今までしたなかったらしいマリー姉上は、言葉での説明だけで露骨な拒否反応を示す。
「不潔! 不潔だわ!!」
「そう言われるのは百も承知。しかしながら我は魔王として幾百万の民を愛し、守り抜かねばなりません。そのためならば妻の二人も全力で愛し抜く! それが我の魔王としての覚悟でもある!」
「うう……!?」
腹を括った魔王殿の迫力にマリー姉上ですら気圧される。
たとえ力では敵わずとも、肝の太さでドラゴンと渡り合えるのがゼダン殿の魔王としての凄まじさであろう。
「アードヘッグ!」
「はいぃッ!?」
いきなり姉上から呼ばれてビビる。
「アナタはどうなの!? 欲しいの? 二人以上の妻が!?」
「えっとあのその……!?」
「ニンゲンどもであっても頂点に立てば、複数の妻を持たねばならない。……だったら最強種族ドラゴンの頂点である皇帝竜のアナタは一体どれだけの妻を持てるというの!? 十人? 百人!? もっと多く!?」
あわわわわわわ、落ち着いてください姉上!
心配しなくても私はアナタ以外を娶るつもりなど毛頭あしませんぞ、明らかに面倒そうだし。
取りなすように魔王殿。
「種族が違えば問題も違いましょう。人類はご存じの通り何千万人とおります。魔族だけでも相当多い。それだけの規模をまとめ上げるためにも複数の妻を迎えなくてはならない時もあります」
うむ、魔王殿もアロワナ殿も大変だよなあ。
「それに比べてドラゴンは最強種族であるからこそ数も少ない。総数百に満たぬのではありませんか? その程度の数なら婚姻まで櫛せずとも容易に統治できるでしょう」
「なるほど!! いいこと言うわねさすが魔王!!」
助け船を出されて迷わず乗っかる姉上であった。
おれは絶対に重婚などできないな、する気もないけど。
そう思うにつけて魔王殿の大変さには感嘆する。
結婚という実生活にまで、統治の一環として行わねばならないなんて。そうしたら彼自身の幸せはどこにあるというのか?
「生まれた頃から魔王子として、魔族魔国に尽くすことが生きる意味だと教えられて育ちましたからな。その程度のことは何でもありませぬ」
「凄い……!?」
「それに、実際に娶った二人のことも愛しておりますしな……!」
「え?」
何か呟くように言ってたけど何だろうか?
深く追求してはいけないような気がした。
「ただ念のためにお伝えしておくと、多くの妻を迎える男たちが皆すべて使命感や政略を理由にしているわけではありませぬ」
「えー?」
「色欲も立派な欲ですからな。歴代魔王の中には、ただ自分の欲望のためにひた走って何人もの妻をめとった者もおります。とくに政略上の必要もなく」
「何でダメなヤツなのかしら!?」
そうですな!
ゼダン殿が魔王として、ここまで謹厳にしているというのに、過去にはなんとだらしのない魔王がいたことか!
「一番近いところでは我が先代……今は大魔王と敬称されるバアルですな」
先代魔王?
アロワナ殿にとってのお父上ナーガス殿のようなものか?
ではやはりゼダン殿のお父上? ゼダン殿のように優れたお子を育てられたのだから、きっとその方も大層立派な王者なのであろうな!
「実にお盛んな人柄で、一番多い時には三十七人の妻を娶っておりました」
「ど畜生」
「さらには一度手を付けただけの情人ともなれば一体何十何百人になるのやら……」
「アードヘッグ! 行くわよ! そのニンゲンの風上にも置けない変態を成敗しに行くわよ!!」
マリー姉上が普通に激昂していた。
いや待ってください姉上。
まだワンチャン、一発逆転大勝利でちゃんとした理由から多くの妻を娶っている可能性もある!
戦略上政略上!
「いや、本当にただ単にヤリたいがためだけですな。親父殿は色々旺盛なお方でしたので」
「アードヘッグ! 続きなさい、この堕落の都ごと焼き払うわよ!!」
やめてください姉上。
悪いのは一人だけ、罪もない者たちを巻き込まないで、処刑する時は一人で。
「親父殿はそもそも享楽的な性格ですので、楽しいこと心地いいことに貪欲なのです。文化の促進に精力的であった分、恋愛も奔放だったようで……我の母もたしか二十何番目かの側室でありました。身分が低いがためにあまり父の傍にはいられなかったようですが、それでも正式な妻の一人であったために我も魔王子として認められはしましたがな」
魔王殿、ちょっと苦めの寂しい笑みを浮かべる。
彼も魔王の座に就くためにけっして平坦ではない道のりを歩いてきたのだろう。
「たった一夜のお手付きとなって身籠り、しかし正式な妻でないために王位継承権もないまま生み出された我が兄弟がいったい何人いることでしょうな。それを思うといまだに胸が痛みます。我が治める魔族の中にはまだ見ぬ血を分けた兄弟姉妹がいるかもしれぬ。だからこそ民を治めるに兄弟をいたわるつもりで大事にしているのです」
「素晴らしい! 偉いわ!!」
マリー姉上、感動のあまりスタンディングした。
「アナタこそまさにニンゲンの王! 皇妃竜たる私が認めますわ! 過去未来に対して最高の魔王と名乗りなさい私が許します!」
「そこは、もう神から認められています」
この会談でマリー姉上は魔王殿のことをいたく気に入られたようだ。
「大魔王とやらはキッチリ殺して帰るけどね」
「勘弁してやってください。親父殿もクーデターで王位から追われて相当に痛手を被っています。それに、それこそ何百人という女性に手を付けてはいましたが、相手の意思を無視して無理矢理……ということは一度もなかったそうで。だからこそ退位後も殺されることなく隠居できているようで……」
なるほど、色んな事情があるのだな。
ニンゲンたちの結婚について色々聞くのが目的であったが、今のは間違いなくもっとも極端な例としておれたちの記憶に刻まれることだろう。
魔王殿もそれを見込んで今の話をしてくれたのだろうし、ニンゲンたちの恋愛の形は様々なものがあるのだな。
「せっかくですからもっと人々のなれそめの話をいたしましょう。竜族の参考になるように。我が部かにも既に家庭を持っている者たちがたくさんおりますので。彼らの話などいかがかな?」
魔王殿の話は続く。






