828 たまに玉ねぎ
人間、ときに健康志向に立ち返る。
先日のサウナ騒動で改めて思い知った。
え？ 女性がダイエットに浮き立つのはいつものことじゃないかって？
……まあそうだが。
俺もたまにはけっこうになってみようと思ってあるものに注目してみたものがあります。
玉ねぎ。
皆ご存じ、あの丸くて上の方だけが気持ち尖っていて、なんだか突き刺さりそうなアレ。
どれだけ皮を剥こうと無限に剥ける。そして切り刻めばなぜか涙が止まらない。
どんな食べ物にも大抵入っている。
肉じゃが、カレー、ハンバーグ、生姜焼き、スパゲティ、オムライス、牛丼にも入っている。
ジャンクなものには大抵入ってるんだよな玉ねぎ。
それでいて健康にいい。
聞くところによればデトックス効果があり、体内にわだかまった毒素をギャンギャン体外に排出する。
それでいて血糖値を低下させる効果もあり、成人病予防にも効果アリだという。
代謝を促進してダイエットにもいい感じとか……、いや、またそんなことを言ったら女性たちが群がってくるからやめておこう。
ときどき思い出したように健康に気をかけるようになるのが人間という生き物。
今日が俺の健康に目覚めた日なのだ!!
明日からはまた不摂生な自堕落生活に戻り、今日だけは徹底的に健康に気を配る！
サプリメントを一瓶一気飲みするほどに健康に気遣う！
そこで玉ねぎを食って健康になるぜ。
一つ丸々食べてやらぁ！
生でガリッと！
「ぐへべべべべべべべべ……ッ!?」
さすがにヤバかった。
玉ねぎを生で丸かじりはヤバい。
辛味苦味がハンパではない。
いやそんなこと食う前からわかってただろう何でそんなことした俺？
という失敗を経て、やっとまともな調理に移る。
まずは玉ねぎの皮を剥き、上と下を切り落として、十字の切れ込みを入れます。
皿に置いてバターを一欠片乗せて、ラップをふんわりかけたあとレンジで三分。
たったそれだけで美味しい玉ねぎの蒸し焼きが!!
あッ、ダメだ。
異世界には電子レンジがない。
何たることか。
もっとも手軽にできるはずの料理がファンタジーな世界に転移することで逆に難しくなるとは!?
電子レンジさえあればクソほど簡単なので、独身時代はよく作ったものよ。
チンしたあと玉ねぎにポン酢をかけるか麺つゆをかけるかを気分次第で変えていた。
仕方ないから蒸し器にかけるか、逆に手間が多くなる。
電子レンジの偉大さを知るのだった。
そんでまあ蒸し器に入れてシュッシュシュッシュ蒸気で熱した玉ねぎよ。
溶けたバターがジンワリと玉ねぎの身に沁み込み、さらには玉ねぎ自体の水分でトロンと柔らかくなる
頃合いで取り出したらホクホクの蒸し玉ねぎが完成していた！
「美味そう！」
実際美味い！
蒸されてジンワリ柔らかくなった玉ねぎが、芯の方に行けば行くほどトロトロになっていく!!
「これだけ美味しくて健康にいいとか……！ なんて夢の食材なんだ……!!」
玉ねぎ！
しかもさっき言ったようにジャンクな食べ物にほど高確率で紛れ込んでいるから益々有難い！
偏る食生活の味方!!
『やめるにゃーッ！ その悪魔の食い物から手を引くにゃーッッ!!』
なんだ？
振り向くと一匹の猫が、全身の毛を逆立ててフーフー唸っている。
アレは猫の完全な警戒態勢。
一体どうした？ ここに危険なものはないぞ？
『あるあるあるあるにゃぁあああああッッ!! 貴様が今まさに咀嚼しているそれ！ それこそすべての猫を魔界へと誘う煉獄の食物にゃああああッッ!!』
えッ？ どれが？
玉ねぎ？
ああ、聞いたことがある。
玉ねぎには何か犬や猫に悪い物質があって食べさせてはいけないのだと。
それを本能で察知しているのか、ポチまでがやってきて鼻の上に皺を刻んでウーウー唸る。
わかったわかった。
キミたちには絶対食べさせないから安心なさい。
ちなみにもう博士という猫が人語を解することも、もう面倒だから言及しない。
『クンクンクン……ギャーッ!? ネギ特有の突き刺すような匂いにゃーッ!! 鼻の奥を刺激するんだにゃーッ!! 一嗅ぎだけで危険な物質とわかるにゃぁああああああッッ!!……くんくん』
また嗅いでんじゃねーよ。
嫌だと思ってるのに癖になる匂いとかあるよね。
しかし本当にガチで食べないでくださいよ。不死の王が玉ねぎ中毒でご臨終とか洒落にもならない。
玉ねぎの貯蔵はポチや博士の手の届かないところで厳重にしておくとして……。
さらなる玉ねぎ料理の製作に挑戦だ!!
玉ねぎを刻む！
それのみ！
それを密閉型の容器に入れて冷蔵するのみ！
そして必要に応じてサラダなりラーメンなりにぶっかければよろしい。
そんな風に手間なく利用できるのも玉ねぎの強みだ！
それだけでなく、さらに粉々になるほど木っ端微塵のみじん切りにして、フライパンにぶち込む！
油も一緒に！
そして飴色になるまで炒めて、炒め玉ねぎの完成だ！
これもタッパー（マナメタル製）に入れて冷蔵しておく！
必要に応じてスープに入れたり、ピザに振りかけてもよかろうよ！
また炒めた刻み玉ねぎに醤油やみりん、砂糖他諸々を加えて中火でトロトロ煮込む……。
……オニオンソースだ!!
ハンバーグやコロッケに掛けてもいいな。
刻むんではなく摩り下ろすのもいいが、今回は玉ねぎの存在感を出したかったために原型が残りやすい方式にしたぜ!!
やっぱり摩り下ろした玉ねぎを、お酢やオリーブオイルや醤油、砂糖なんかを加えて、他にも色々加えてひたすら掻き混ぜる!!
オニオンドレッシングだ!!
サラダのお供にピッタリ!!
玉ねぎの酢漬け。
そんな色々を生み出してきた挙句……。
「……何か飽きてきた……!?」
そりゃあ玉ねぎばかりをオンパレードで調理して、視界中いっぱいを玉ねぎにしたら胸やけも起こすわ。
何事も限度を越さない方がよい。
そろそろ締めたくなってきた。
オチ要因がやってこないかな？
「食い物の匂いでやってきたのだー!!」
やってきた。
ヴィールだ。
我が農場屈指のオチ要員ヴィール。
今こそキミの力で、この玉ねぎの連鎖を断ち切ってくれ!!
「なんだ玉ねぎじゃねーか？ ラーメンと相性が悪いから扱ったことがないのだ。やっぱラーメンには青ネギだよなー」
と言いつつ玉ねぎを生のまま丸ごとガリッ。
コイツも焼かず蒸らさずそのままいきやがった。
「うぺぺぺぺぺぺぺッ!? 苦いし辛いのだーッ!? やっぱ野菜は煮るなり焼くなりしないと食えねえヤツだ！」
そんな『煮ても焼いても食えないヤツ』と思わせといて真逆な。
「うぐ……？」
「ん？ どうしたヴィール？」
玉ねぎを齧るとともになんか苦しみ出したヴィール。
……もしや!?
玉ねぎによる中毒か!?
それって犬猫が気を付けるべきものだろう!?
ええええええッッ!? それってドラゴンにも引っ掛かるの!?
「うわああああッッ!? 解毒！ 今すぐ解毒をぉおおおおおッッ！ しっかりするんだヴィールぅうううううッッ!!」
これがオチかよ!?
時節的にあんまり体張るのはナシにしてほしい！
一時は慌てたものの、すぐさまドラゴン最強の生命力で復活したヴィールは、体内を改造して玉ねぎの毒に対抗できるようになった。
さすがドラゴン。
とにかく玉ねぎは健康にいいんです。
一日一個は食べようぜ。
