825 ワーカーホリックをダメにする
ノーライフキングの社長。
ある意味もっとも恐ろしい相手が目の前にいる。
俺がこの異世界にやってきて、ここまで恐怖を覚えた相手がいるだろうか?
だが俺は必ずやこの世界の危機を回避してみせる。
それが安易に労働を語ってしまい、このエコノミックな怪物を農場まで呼び寄せてしまった俺自身のけじめだ。
「社長、社長……!」
『なんでしょうか!? 我が社に発注ですね! 我が社はあらゆることを手広くカバーしておりますのでトイレ掃除から隕石解体までなんでも承りますよ!』
手広くやりすぎる……。
気圧されるな。
時代は変わった。ただがむしゃらに働けばいい高度成長期は過ぎ、バブルや氷河期を経て、世は新しい働き方を求めている。
俺もまたその時代の申し子。
だからこそ俺はこの戦いに勝つ自信がある。
いつもの現代知識無双だ!
古き考えは新しき考えに駆逐されなければならない!
俺の持つ先進的な考えが、旧世代の凝り固まった価値観に風穴を開けてやろう!
それでは行くぞ!
「あの……社長は労働基準法というのを御存じですかね?」
『知っていますが、それが何か?』
そう、すべての労働者の味方、労働基準法。
それによれば週四十時間以上……そして一日八時間以上の労働をさせてはならないとされている!
アナタの労働方針はそれに違反しているのでは!?
『はっはっは、何を仰います。所詮それはかつての世界の法律ではないですか。別の世界であるこちらではまったくの無意味ですよ』
「ぬぐッ!?」
『それに我々はもう死んでいるのですから、死人を縛る法はありませんでしょう』
「ぐぬごごごごごごごご……!?」
ダメだッ!?
この社長、案外理論武装していてちょっとやそっとじゃ言い負かせられない!?
敵は想像以上に手強い……!
しかしまだ負けたわけではない! ここは俺も、よくよく気を引き締めて二手目三手目をしかけねば。
「……社長、アナタが去った後のあっちの世界では、働き方改革というのが行われようとしていましてね?」
『なるほど! より長く、より激しく働けるように改革していこうというわけですね!!』
違う違う違う違う違う違う違う。
逆逆逆逆逆逆逆逆逆逆。
もっと余裕をもって、じっくり働いていこうという改革ですよ!
早く家に帰ったりしてね!
『おかしいことを仰る。家に帰ったって何もすることはないじゃないですか』
「ひえぇえええええッ!?」
『だったら働いた方が全然時間の有効活用でしょう』
「いえあの……リモートワークって家にいながら仕事をするシステムもありまして……」
『職場に住めばいいではありませんか』
ダメだヤバいこの人、根本的に考え方が一般人とは異なる!?
昭和初期にはこんな人たちがゴロゴロいたからこそ日本は奇跡の急成長を遂げることができたのか?
「こうなったらとっておきのことを言わせてもらいま……! 社長、今のアナタのような考え方はですね……! ブラック企業と言われるんですよ!!」
『ぶ、ブラックぅうううッ!?』
どうだ!?
これにはさすがの社長も堪えるはず……!?
『ブラック……、ブラックといえばクレジットカードならゴールド、プラチナを抜いて最上級と認められる色……! つまり私の会社は、そのような上流企業だと認められるってことか!?』
「ええー?」
ところ変われば色の認識も変わる。
たしかに黒には高級感のイメージもあるがさあ!?
クレカことクレジットカードは一般タイプのものからゴールドカード、プラチナカード、ブラックカードと言ってランクが上がっていくらしい。
俺は持ったことないからよく知らんけど。
企業戦士として日々奮闘する社長にはクレカだけが色の価値観だってことなのかッ!?
ひょっとしてブラック企業って高級感があるからブラックなの……!?
……イヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!
危ねぇ。俺の方が逆に洗脳されかけていたッ?
本当に恐ろしい。
『恐ろしいのう社長。聖者様でさえ御しきれぬとは……』
「社長を説き伏せられるものは誰もいませんよ。あの人の中では労働こそが正義の最上なので」
先生もベルフェガミリアさんも半ば諦め気味にこちらを眺めていらっしゃる!?
待って見捨てないで!
俺はまだやれる! やれるんだ!
『そうだ、来たる企業に備えて社歌を作ってみたのですぞ。試しに聞いてみてはくださいませんか』
「へ?」
こっちの返答も待たずに、アカペラでリズムを口ずさみ始める。
『♪嬉しいな、嬉しいな、ゾンビは休日も……給金も何にもない♪』
「やめろぉ!!」
そこはかとなくパロディ臭いのもなおのことだが、歌詞の内容がとにかくマズい。
とにかく働くことのみに喜びを覚える社長はあまりに危険だ。
こうなったら手段を選ばずに、この人を封じる以外にない。
しかしどうすれば社長を抑え込めるんだ?
昭和日本生まれの仕事中毒者、これほど手強い相手は出会ったことがない。
昭和日本生まれ?
あ。
いいことを思いついた。
「社長社長! これこれこれこれこれを!」
『はい? 何ですか?』
「これをご覧ください!!」
彼の前に取り入だしましたるは……。
コタツだ!
『こ!? こここここここここここ……、コタツぅううううッッ!?』
やはり効いた。
昭和日本で生まれ育った人ならコタツの魔力はことさら覿面に効くであろう!
いかにあらゆる休息を受け付けない昭和の企業戦士であろうとも、コタツの魔力には抗えない!!
こないだ拵えたばかりのコタツがこんなところで役に立とうとは。
人生何が起こるかわからないなあ。
『おお? おおおおおおお……!?』
「よし、ここで追撃だ! 山盛りミカンを食らえッ!!」
コタツテーブルの上に編み籠いっぱいのミカンをオン!
このツープラコンボに抗えるかな社長!?
『コタツ……。コタツ……!! 冬の営業帰りで冷え切った体をすっぽり滑り込ませて、温かさを味わっていたあのコタツ……!』
社長はさながら勤務中でお酒の飲めないサラリーマンのような悲哀を見せた挙句……。
恐る恐るとコタツの中に足を入れる。
迷いながらも誘惑には抗えなかった。
中は微熱発生魔石で充分に温かい。今彼の足は、春の故郷に戻ってきたかのような安らぎに打ち震えていることであろう。
骨だけの身体になった社長だが、いやだからこそコタツの温かさはダイレクトに当たって効く。
ハロゲンヒーターも電気カーペットもなかった昭和時代。
だからこそ唯一神コタツに抗える昭和生まれはいない!
『ふぉおおおおおおッ!? おんおんおん……ッ!? コタツの温かさ!? そしてこの狭さ! まるで母親の胎内に戻ってきたかのような安らぎ……!』
一通りコタツの温かさを堪能していると、やがて社長のスヤッスャとした寝息が聞こえてきた。
アンデッドは睡眠を必要としないが寝ようと思ったら寝れるのだ。
「よし今だ!! 先生お願いします!!」
『心得た』
先生による強制転移魔法でコタツごと飛ばされる社長。
行先きは彼が元居た砂丘。
気が付けばまた砂丘の砂を数える職務へと復帰することだろう。
「はあ、危ないところだった……!」
「彼が外の世界に出ると、この世界の経済社会が本気で崩壊しかねないからなー」
まじでこの世が滅ぶ可能性を秘めた恐ろしい人だった。
先生、博士、老師に匹敵するという評価は間違いあるまい。
「……人間、過ぎおるロクなことがないんだなあ」
今回社長との遭遇で思ったことはそれだった。
働くことはいいことだが、何事も限度を過ぎてはならない。
そもそもこの世界にやってきてのんびりダラダラすることこそが肝心かなめのことだしな。
俺はこの出会いを教訓として、もう労働環境とか何も考えずにダラダラのんびり農場を営んでいくとしよう。