824 エコノミック・アンデッド
今は社長と呼ばれるノーライフキングが、生きた人間であった頃。
彼が異世界から召喚されたのは今から半世紀ほど前、ちょうどその頃の日本は高度経済成長期と呼ばれ沸き立っていた時期だ。
その頃の人々は、それこそ脇目もふらずに働きまくっていたという。
経済自体が急成長していたんだから働けば働くほど成果も明確に現れる。
手応えのハッキリするのは嬉しいことだから、あの時代働くのも相当楽しいことだったんじゃないかなと思われる。
そんな時代に生まれ育った社長(人間時)は、それこそ第一線で駆けまわるビジネスマンであった。
突如として異世界に召喚されながらもその性根は変わらず、名刺を剣に持ち替えて精力的に働き続けた。
働くこと。
それこそが彼の存在意義でありライフワークであった。
死してゾンビと成り果てても本質は変わらない。
彼は働き続けるだろうししてなお。その特異すぎる不死者としての在り方が、彼の呼び名『社長』の由来となった。
しかし社長のなおも恐ろしいところは……!?
『それではどこで働きましょう!? 何を働きましょう!? 一分一秒でも働きたい! 息つく間もなく働きたい!!』
なんという労働意欲。
『そう、それが彼を、我ら三賢と並ばせるほどの曲者ノーライフキングへと成り上がらせたのです。聖者様、そもそも人はなぜ働くとお思いかな?』
という先生の問いに、俺は一旦黙って答えを思案する。
「それはやっぱり……お金を稼ぐためでは?」
人間生きるためにはお金が必要。そのお金を稼ぐための労働……シノギだ。
つまり働くということは生きること。
そこで『はて?』と違和感を覚える。
『そう、我々ノーライフキングは不死者……。つまりはもう死んでいる存在なのです。死んでいるからには生きる必要などない。故に生きるための努力……働くこととは無縁でいられるのです』
生きるための努力から解放されたモノ、それこそが不死者。
しかしながら、その死して卒業したはずのものに死してなお囚われ続けているノーライフキングがいる。
それがこの社長。
背広を着た白骨のノーライフキング。
『私ね、この死なない体になって驚いたことがあるのですよ。まず不死者は死なない! もう既に死んでいるのですから当然! するとどうなると思います!?』
「はあ……?」
テンションたっけえアンデッドだな。
『まず食べなくてもいい! そして寝なくてもいい! いずれも生命維持のための機能ですから、既に死んでいる私にはどうでもいいことなのです! するとどうなるか? 働く私の行動に照らし合わせたら!』
どうなるというんでしょう?
『休まなくてよくなるんですよ! 休日も必要ない! 退勤する必要もない! 二十四時間働けるんです!』
……。
待って?
それは何か前提がおかしいような?
『さらに言うなら給料も必要ない! アンデッドはもう死んでいるからメシを食べたりする必要もないんです! なのにお金なんか貰っても使い道がいないでしょう! 給料もいらず休みもいらず無限に働いていられる! こんなに素晴らしいことがあるでしょうか! いや、ない!』
あまりに力説してくるので思わず頷きそうになったけれど……。
違うよね?
その理屈は誤りがあるよね?
一番根本的な部分から掛け違いが起こっているようなこの感覚。
もう死んでるなら働かなくてもいいじゃん。
これに尽きる。
しかしその一番の確信から目を逸らし、働くことのみに邁進する社長はたしかに恐ろしい。
その正体不明の恐ろしさは、程度だけならたしかに三賢にも匹敵するかもしれない……!?
『私にはね、夢があるのです』
聞いてもないのに語りだした?
『働くからには就労目標というものが必要ですからね。私はいずれ同じ志を持つ大この者たちと団結して、会社を興し、アンデッドによる独自企業を設立するんですよ! 凄いとは思いませんか! 社員全員が休みも給料も福利厚生も必要としないアットホームな職場!!』
真っ黒アットホームだよ。
そうして話を聞いていくうちにベルフェガミリアさんの言っていた『社長の恐ろしさ』というのが。
生きる努力をする必要のないゾンビが仕事をする。
さすれば何が起きるのかというと、仕事をするゾンビには人件費がかからないということだ。
世の中で人を動かすことほどもっともお金がかかる。
生きるためにお金を必要としないアンデッドにはお金をかける必要がない。
そして休息も必要ないから休憩も休日も必要ない。
何千連勤だってさせられる。
そんなゾンビとの生産性で普通の人間が勝てるわけがない。
奴隷以上のコストパフォーマンスだ。
もしも社長が、そんなゾンビ企業を引っ提げて人間の市場に参入してきたらどうなるか?
もっとも高くつく人件費を百パーセントカット。
そして二十四時間休みなく稼働できる。
既存の商売は軒並み競争に敗れて駆逐されることだろう。
人間によるあらゆる産業工業は衰滅し、あとはゾンビが回し続ける世の中に人間が乗っかるのみ。
それでも最初はいいだろう。
労働というただ面倒なことを死者に丸投げし、生者は思うままダラダラと過ごせるんだから。
しかし何の目標もなく、張り合いもなく過ごす日々に人間の精神は耐えられるのか?
流れを止めた精神は、ゆっくりと腐敗していき。
やがては肉体も老いて朽ち、そして晴れて滅びた暁にはみずからもアンデッド化し、永遠の労働に従事する……。
「ディストピアってヤツじゃねえか!?」
恐ろしい! なんと恐ろしい未来であろう!?
ノーライフキングの社長が持つ、三賢にも匹敵する恐ろしさの正体というのがこれかッ!?
「ある意味で社長は、人間社会にもっとも影響を与えようとするノーライフキングかもしれないね。労働が奉仕という側面も持っているのだから」
『さらには、行動の根底に善意しかないというのがのう。あやつにとって労働は善行であり、基本客観的にもそうなのだから、ワシらもおいそれと止められないんじゃよの』
「いつだったかの皇帝のようにあからさまな悪意があれば止めやすいんですけどね」
『あんなのは情け容赦なく天誅よ』
「ねー」
先生とベルフェガミリアさんがしみじみと話す。
ノーライフキングの社長とは、労働という善意を世界にじわじわと広めてやがて停滞のディストピアへと誘うもっとも恐ろしい不死者。
今、そこにある世界の危機……!?
「で、でも何故そんな危険な存在が今まで野放しに? 彼の労働意欲を考えるともうとっくに社長のシェアが世界100%になっていてもよかったのでは?」
『そこは、そこにおる若僧のお手柄ですぞ』
と言って先生がベルフェガミリアさんを指さす。
彼は照れたように鼻の頭を掻いて……。
「放浪中に偶然あの社長と出会ってね。少し会話しただけですぐさまヤバさを理解できたよ。それこそ震えるほどにね。なので一計を案じ、彼に『永遠に終わらない仕事』を提供してあげたのさ」
永遠に終わらない仕事……!?
「魔国の北の果てには広大なる砂丘がある。それこそ領一つが丸ごと収まるかというほどの。そこで私は社長に行ったのだ」
――『うわー、この砂丘にある砂粒を全部数えてくれたら助かるのになー。本当に助かるのになー?』
――『誰かこの仕事を引き受けてくれる人はいないかなー?』
と。
「お仕事大好きの社長はまんまと引っ掛かり、今日まで人の寄り付かない魔の砂丘で社長は何十年と砂を数え続けていたということだ」
『若僧の名案ですのう。砂丘には風が吹き、新たな砂が流れ込めば古い砂が吹き飛ばされることもあろう。そうなれば永遠に終わりませんわい』
仕事することしか考えない輩は、毒にも薬にもならない仕事をあてがって声援に空費させておけと。
そのお陰でこの世界は今日まで平和でいられたんだな。
「まあ、私のように生粋の怠け者だからこそ社長の危険性を即座に見抜けたというのもあるね。あと老師の下で修行を積んできたのもある。不慣れな人がいきなりノーライフキングを見たら真っ先にビビって逃げ出しただろうし……」
そういう意味ではベルフェガミリアさんが社長を発見したのは救世主級の幸運だったということか。
まさしくその行いは救世主。
しかしそんな社長が、砂粒数えの仕事を放り出して今、俺たちの目の前にいる。
……俺のせいか?
俺が安易に労働を語り、その気配につられて社長がやってきてしまった。
このままでは砂粒作業のくびきから脱した社長が、人間たちの社会を崩壊させてしまう。
これは俺の責任だ……!
何とか俺の手で社長を止めなければ!






