817 大戦勃発
まだオークボ城終わりの気抜けから立ち直れない今日この頃。
まだ『コタツに入ってヌクヌクしたいわー』という感情が残っているところにエマージェンシーな訪問者が飛び込んできた。
「聖者様! 聖者様ッ!!」
「どうか助けてください!」
訪ねてきたのはS級冒険者のシルバーウルフさんに魔王軍四天王のマモルさんだった。
それぞれ陣営の異なる使者が同時に来ようとは。
ゆってこの二人はクローニンズという同一ユニットで固い絆に結ばれているので、そこまで珍しい組み合わせでもねんだけど。
しかし苦労すること山のごとしな彼らが持ってくる話が、安穏であるはずがない。
しかもクローニンズメンバーが二人揃ってくるんだから不穏さも併せて二倍、さらに二倍のジャンプ力で三倍の回転も加えてもっと凄いことになっているかもしれない。
絶対面倒なことになるから聞きたくないが、聞かなかったらあとあとさらに面倒なことになるんだろうので腹を括って聞くことにした。
で?
何があった?
「「戦争が起きます」」
シンプルに大変なことだった。
どうして?
天変地異に迫るレベルの一大事、戦争。
そんなものが今さら起こるなんてどういうことなんだ? この世界は今、確実に平和へと向かっているんじゃなかったっけ?
元々、人族と魔族の間で行われていた戦争は。
数百年に渡って繰り広げられた人魔戦争はつい数年前に終結を迎え、そこから融和の道をひた走っているのではなかったか?
一旦は魔王軍に占領された人間国も近々自治権を取り戻して人間共和国に生まれ変わる予定だし。
海底に棲む人魚国との交流も進んで平和ヘの一本道が頑強な石畳で舗装されているんじゃなかったっけ?
それでなんでこのタイミングで戦争勃発の報告を受けるんだか!?
「我々も必死で止めたんだが……力及ばず……!」
シルバーウルフさんが忸怩たる口調で言う。
ギルドマスターとS級冒険者……二つの肩書きを併せ持つ彼は、人族の間では最高クラスの権力を保有していると言っていい。
そんなシルバーウルフさんでも止められない事態の勃発?
一体どんな事態が……?
「こうなってはおすがりできるのは聖者様しかいないと思い、シルバーウルフ殿と共にまかり越した次第です」
うるせえマモルさん。
俺は前回のアナタから食らった心の傷が癒えてないんだ。
幼馴染と政略で恋愛結婚とか苦労人を騙った心の底からの幸せ者め。嫉妬ではらわたが煮えくり返るからしばらく話しかけてくんな。
「お願いしますぅうううッ!! このままでは魔王軍も冒険者ギルドも崩壊の危機にぃいいいッッ!!」
「これ以上苦労を背負いたくないんですぅううううッ! 聖者様! どうかご助力をぉおおおおおッッ!!」
わかった、わかった。
わかったからしがみついてくんな。
マモルさんに純粋な怨念があるのは山々だがシルバーウルフさんにはかねがねお世話になっているしな。
それに彼らクローニンズの苦労の巻き添えを食らいたくないし、苦労の芽は早めに摘んでおくに越したことはなかろう。
「やった! よかった!」
「では早速一緒に来てください! もはや戦いの火蓋は今にも切られそうなのです!」
ええー、そんなに切迫してるの?
一体何が起ころうとしているのか? 苦労を避けるための先行対処だがもうこの時点でガッツリ苦労に巻き込まれてるんじゃないかと思う俺だった。
* * *
マモルさん、シルバーウルフさん二名に連れられた俺は農場を出て、転移魔法にてバビュンと移動して着いたところには……。
さらに二名の見知った顔があった。
S級冒険者ゴールデンバット。
魔王軍四天王ベルフェガミリアさん。
この二人が睨み合ってピリピリ空気を張り詰めさせておる?
彼らが対決ムード?
「よかった! まだおっぱじまってなかった!」
「しかし今にも均衡が崩れそうだぞ! 一旦火が付いたらもう誰にも止められない! 血みどろの戦いが勃発してしまう!!」
ホッとしたり戦慄したりのシルバーウルフさん&マモルさんのクローニンズ。
……もしや、これから戦争しようなんて息巻いているのは、あの二人なのか?
ゴールデンバッドは人族最高の格付けS級冒険者の中でもトップを張る精鋭。
ベルフェガミリアさんは魔族の軍事機構、魔王軍四天王で最強を誇る。
こんな二人がぶつかり合ったら、それこそ戦争にしかならない?
「おおーい、ゴールデンバットよ!……な!? そろそろ頭は冷えたんじゃないか? 一緒に帰ってギルド本部で干し芋でも食べようではないか!?」
「ベルフェガミリア様ぁー! そんなにムキになるなんてアナタらしくないですよ! いつもの面倒くさいスピリッツはどうしたんですか!? こんな時こそ『めんどくさい』! 面倒くさいことはせずに帰って昼寝しましょうよー!」
奇しくも人魔両勢力のトップ陣営、それぞれの問題児&それに振り回される担当が揃ってしまった。
それらが一堂に会してより混迷とした状況になりつつも……。いきなり連れてこられた俺は一体何が起こっているのかまったく読めずに立ち尽くすのみ。
いっそ俺がこのまま帰ってしまいたいぐらいだ。
対して呼びかけるられる側の問題児ズたちは……。
「シルバーウルフよ、オレのこの血の滾りは冷めることなどけしてない。男にはけして避けられない戦いがあってオレにとってはそれが今だ。敵を倒さずして戦場から去ることなどあり得ぬし、干し芋は不味いから食べたくない」
「ああぁ!? ふざけんな干し芋美味いだろッ!!」
と人族サイドが言い争えば……。
「悪いねえマモルくん。いつもは面倒くささを最優先にする私でも。手間を惜しまぬことだってあるんだよ。あと私も干し芋はいらないかな」
「こっちは干し芋言及してないでしょうが!? 差し障りのある発言はやめて!」
魔族サイドも穏やかには済まないようだ。
ここで今まさに何が起こらんとしているのか?
人魔クローニンズが必死に止めようとしているのは、あの二人の衝突に違いない。
かたや魔軍司令の職権を持ち、数十万に及ぶ魔族兵を率いながら自分自身も世界最強クラスの戦闘能力を持つベルフェガミリアさん。
もう一方は人類の限界に挑戦し、単体でドラゴンやノーライフキングと渡り合えるほどの機転と身のこなしを備えたS級冒険者ゴールデンバット。
互いに異なる分野で人類最高を誇るに相応しい者たちだ。
加えてベルフェガミリアさんは魔族たちの軍事機関……魔王軍の司令官として国家守護の象徴的存在である。
魔王さんには及ばないものの、特に軍事面の顔として傷つけられてはいけない体面だろう。
ゴールデンバットだって、人族特有の人材システム……冒険者の最高ランクであるS級に君臨し、その人気はうなぎ上り。王族以上に慕われるとまで言われている。
そんな二人が争えば自然と注目を集め、互いの悪感情が芽生えて種族間対立にまで発展しかねない。
なんて迷惑な話だ!
詳しい経緯はわからなくても、そこだけは直感的に察せられたので傍観しているわけにもいかない。
察することができる辺り俺もまた苦労人だな……!
「あー、えー、その。いやいやいやいやいやいやいや……!」
とりあえず調停者の風を装って介入開始。
これは爆弾解体と同じだ。
ちょっとでも扱いを間違えたらボカンと行く。細心の注意を払って正しい手順を進めて、危険を取り除かねばならない。
そういう類の作業だ。
クソッ、さっきまで家でヌクヌクのんびり過ごしていたというのにどうしてこんなシリアスな状況になった!?
「聖者……?」
「聖者くんじゃないかね?」
幸い、二人とも俺の存在に気づいて注意を向けてきた。お互いに向けられる敵意は一旦置いておいて。
しかしコイツらヒトをくん付けやら呼び捨てにしやがって。曲がりなりにも敬称をつけてくれるクローニンズと話した直後なんで余計に気になる!
「あのまあね……仲よく! キミたちだって立場とかあるんだから気軽に争っちゃいけないことはわかってるでしょう? だからとにかく仲よく!」
「いくら聖者の頼みでもそればっかりは聞けん。コイツは倒すべき敵だ。コイツを生かしたまま次の日の朝日を浴びることはできん」
「そこまで!?」
思った以上に殺意が高くてビックリした。
「私も同意だね。そこだけは互いに気が合う。人族の分際で生意気なことを言うコウモリモドキくん。粉々に打ち砕いて思い上がったことを後悔させてあげよう」
ベルフェガミリアさんまで!?
こんなにモチベの高いベルフェガミリアさん初めて見た!?
こんなにマイペース、人のことなんか知ったこっちゃない二人がどうしてこういがみ合うまでになったの!?
「理由かい? そんなのは簡単だ。彼が書いたこの悪の書が、私の堪忍袋を破ったというただそれだけのことだ……!」
悪の書?
そしてベルフェガミリアさんが懐から取り出したその本は……。
異世界百名山?