810 愛情番付
オークボ城大相撲大会が思わぬ展開を迎えております。
相撲大会って言うよりはカップル愛情自慢大会みたいな?
ゾス・サイラの提供した愛情変換アイテム『愛のマワシ』の効力で参加選手とその妻もしくは彼女のラブラブ値を可視化できるようになったのだからもう大変!
参加選手当人よりも、そのカップルな人たちが意欲的に参加してくるんですよね。
『私こそもっとも彼を愛しているわ!』とばかりに。
もはや相撲大会場は、東西の横綱を決める番付よりも恋愛番付を決めることの方に大盛り上がりとなっておるわぁああああッッ!?
俺と交流のあるネームドな方々はもちろんのこと、特に面識のない名もなき方まで愛憎のただなかで痴情がもつれておる!?
「お、おいお前!?『彼女いない』って言ってたクセに何でそんな強火なんだよッ!? まさか隠れて付き合ってたのか!?」
「街一番のモテ男と言われたモテマクリン・イケメンスキー氏のパワーが全然上がってないぞ!? 彼と関係を持った女性は複数いたはずなのに、全員本気じゃなかった? 所詮パリピの恋愛観なんてそんなものか……!?」
「すみません男同士……男性同士の恋愛感情はどう対処されてるんでしょうか?」
と姦しさが止まらない。
ストイックとダンディズムで徹底されるはずの相撲大会が一気に桜吹雪が流れ込むかのようだ。
「ほーっほっほっほっほっほ! 新婚ホヤホヤのわらわから皆に幸せのお裾分けじゃ!」
高らかに笑うゾス・サイラ。
たったの一手でここまで場の雰囲気を掌握するなんてさすが魔女恐るべし!?
「昔の瑞々しい心境を忘れてしまった老夫婦は過去を思い出して若返るがいいぞ! まだ恋の何たるかも知らぬ青き果実は自分の気持ちを自覚するがよい! いついかなる状況であっても必ず最後に愛が勝つと証明するのがこの大会じゃああッ!!」
ノリに乗っておられる。
入籍してからのこの人の勢いが止まることを知らないなあ。
もはや無敵のゾス・サイラ。女性にとって既婚者の肩書きはスターをとることと同意なのだろうか?
……この混乱が収まるまでまだしばらくかかりそうなのでもう少し、各自の盛り上がりを実況することにしましょうか。
……おッ?
なんかあそこに一際騒がしい御仁がおられるが?
「ふぅんおおおおおおおおおおおおおおッッ!? こぉおおおおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおッッ!! けはぁああああああああッッ!?」
なんだなんだなんだ?
怖ッ?
あんな怪鳥ような奇声を上げて、見たこともない怪気炎を上げている相撲大会出場者は……!?
知っている人だった。
アレは……マモルさん?
魔王軍四天王のマモルさん!?
「おお聖者殿か、見ての通り我が忠臣マモルがこんなザマへと成り果ててしまった」
その脇でいるのは魔王さん。
やはり同魔族で、魔王軍所属でもあるこの御方だから一緒にはいるわな。
「一体何なんですコレ?」
「もちろん人魚国の宰相殿が仕掛けた魔法によるものだ。マモルにはことさら覿面に効いたようだな」
この状況でそれ以外に原因はないですけども……。
じゃあ、これってマモルさんが奥さんもしくは恋人からの『愛』のエネルギーを受け取った成れの果てってこと!?
凄まじい変化やないですか!? 一体彼はどんだけ愛されてるの!?
「マモルは既婚者だ。そもそも平民出のマモルは、魔王軍四天王を務める資格を持たなかったが四つの聖剣継承家系の一つ、貪聖剣ツヴァイブラウを受け継ぐ家系に婿入りして四天王に就任したのだ」
それって……政略結婚ってヤツ?
「こうした政略づくの婚姻は、生来の資格を持たぬ者が四天王となるためのもっともポピュラーな裏技だ。過去多くの叩き上げ勇士がさらなる成り上がりのために令嬢を娶り、聖剣継承家系もまた強者を取り込むことで自分たちの立場を強化してきた」
「ベルフェガミリアのヤツも堕聖剣フィアゲルプの継承家系に婿入りして四天王の座を手中に収めましたしな」
と付け加えるのは魔国宰相のルキフ・フォカレさん。
お疲れ様です。
「でも……するってーとおかしくありませんか?」
マモルさんは政略結婚なんでしょう?
さすれば結婚の動機は互いを愛し合うことよりも、婚姻関係を結ぶことで発生する利益の方が重要ってこと。
極論してしまえば結婚相手が愛し合っているかなどまったくもって重要じゃない。
むしろどうでもいいと言っていいレベル。
そんな愛情よりも利害関係が重要視される結婚をしたのに、あの尋常じゃない盛り上がりようは……!?
「それがあの男の業の深いところなのだ……!」
と言うルキフ・フォカレさん。
どういうことです?
「マモルはな……たしかに婚姻によって聖剣継承家系に連ねて四天王にまでのし上がった。見ようによっては娶った妻を出世の道具にしたとも言えよう。しかし、そんな政略づくで結婚した妻あやつは…………、幼馴染同士なのだッッ!!」
な、なんだってーッ!?
幼馴染!?
結婚相手にできたら凄く幸せな属性ナンバーワンと謳われるあの幼馴染!?
その幼馴染と結婚したというのかマモルさんはッ!?
「元々ヤツらの父親同士が戦友であったとのことで、子どもの頃から親交があったとのことだ。その縁で先代の四天王補佐にまで登り詰め、決死の申し込みで許しを得て結婚と共に、次の四天王の座についた」
「その頃には男女の想いが通じ合って父親に隠れて付き合っていたという。……つまり恋愛結婚と政略結婚、異なる二つの属性を掛け合わせてスパークさせた極大幸福結婚こそ、四天王マモルが辿りついた境地なのだッ!!」
熱弁する魔王さん。
なんとマモルさんはそんなうらやまけしからん遭遇の人だったのかッ?
いつも苦労人の雰囲気を見せているので同情していたのに、騙されたぜ!
「まあ、四天王『貪』の派閥は先代のやらかしで随分勢いを落としたのでな。潰れかけとなった派閥の長など見ようによっては貧乏くじだというのに、あえて乗ったのも愛のなせる業よな」
「マモルが舵を取ってくれたおかげで『貪』の派閥も瓦解を免れ、魔王に従う健全な勢力に立ち返ることができた。ヤツが四天王に就いたのはヤツら夫婦だけの幸運とは言い難い」
ウンウンと一人頷く魔王さん。
とにかくマモルさんもこの愛・相撲博における最強候補の一角であるということがわかった。
思わぬ伏兵だ。
そんなに満ち足りた家庭なら今度飯をおごってもらわなければ!!
「しかしマモルよ、いかなる場合でも魔王が四天王に後れを取ることなどあり得ぬぞ。この魔王ゼダンとて夫婦仲の魔国中に轟く睦まじさよ。しかも一人だけではない! 見よこの一夫多妻制をまとめ上げて円満家庭とする魔王の器を!!」
うわー。
さっきまで大人しかった魔王さんが急にオーラ的なものを噴き上げたー。
その勢いは間欠泉のごとし。
しかもそのオーラは単色ではなく明確な二色に分かれていた。
魔王さんの奥さんも一人ではない。
魔王という魔族たちをまとめる国の長という立場上、どうしても二人以上の妃を娶らねばならぬ苦しい立場にあった。
しかし魔王さんは、その難しさを乗り越え二人のお妃さまと円満な家庭を築いている。
その結果が二色のコントラストとなって魔王さんを包み込むぅうううッ!?
「凄いッ!? 魔王さんの右半分が青で、左半分が赤!? シンメトリカルドッキングみたいだ!?」
どっちがアスタレスさんで、どっちがグラシャラさんかわからぬが……。
とにかく魔王さんもノリノリでこの恋愛脳の空気に押し流されているということだった。
……それらの様子を見て、俺が率直に思ったことは……。
「俺、参加しないで本当によかった……!」
このピンク色の空気吹き荒れ、恋愛に飲み込まれた相撲大会に。
今回もきっと面倒なことになると、あらかじめ裏方に回ると宣言して出場する可能性を潰しておいて本当によかった……!
本当によかったと思うよ俺は。
「旦那様……!」
ヒィッ!?
いつの間にやら俺の背後にピッタリと寄り添う誰かしら!?
もしやキミは……プラティ!? マイワイフの!?
「ダメよ旦那様……! ママやパッファどもが夫自慢している横で、アタシだけ何のアピールもしないなんてありえないわ! 旦那様も急遽参戦よ! このアタシが旦那様に捧げる『愛』こそが最強最大だってことをここにいる全女どもに知らしめてげるわッ!!」
やっぱりダメだったぁああああああああッ!?
逃げきれない!
「さあ旦那様も『愛のマワシ』を穿くのよ! 大丈夫、あのゾス・サイラが考案した試作品に『王冠の魔女』であるアタシが独自の改造を施し変換効率を二十三%アップさせたわ! これなら他の連中にダブルスコアで勝つことも確実」
「そういうのレギュレーション違反っていうんだよねえ」
生来の負けん気の強さと俺へ愛情を誇るプラティは暴走し、もはやだれにも止められない。
こうして悪あがきも虚しく俺もこの愛・相撲博の渦中へと巻き込まれているのだった。
* * *
そしてその渦の中心にいるべき人物。
彼は今、どのような気持ちでいるのだろうか?
一旦お休みをいただいて、次の更新3/11(金)にしたいと思っています。
今月は書籍版最新11巻の発売になります、是非よろしく!!






