809 愛の相撲大会
何でも『愛』って言えば解決するわけじゃねーぞコノヤロー。
と思った。
まあ、当人からしてみれば今が一番楽しい時期の新婚さんだから多少は大目に見てやろうとも思ったが、それにしたって限度はある。
説明内容次第では俺が農場主特権で介入せんかと身構えたほどだった。
「今回の相撲大会……テーマは『愛』じゃ!!」
「また安直な……!?」
何故そこで『愛』?
何でもフワッと『愛』と言っておけばすんなり通ると思うなよ!!
便利に使われすぎるんだよ『愛』という言葉は!!
「聞けばスモウとは男の闘いとか。そのせめぎ合いに女であるわらわが介在する余地はない。それでいいのか? 愛する男の勝利のために何かできることはないのか? と考えたわけじゃ」
普通に声援送ればよかったんじゃない?
ダメか?
足りないの?
「わらわは考えた……! いかにすればこの想い、この愛情をオークボのために役立てられるか! そのために頭を悩ませ、人魚宰相の政務も停滞させて様々に思案してみたのじゃ」
「仕事はちゃんとしろよ……!?」
そんな惨状になるまでオークボのことを思い続けるなんて。
想いが重い、つってな。
「そしてわらわは天才ゆえにな、一つの答えに行きついたんじゃよ。これをいたせば大いにオークボの力となる! そう思って発明したのが、わらわ謹製オリジナル魔法薬に浸して機能付加した特別なマワシ! 名付けて『愛のマワシ』じゃ!!」
またドストレートなネーミング。
しかしてらいのないド直球な名前であるからこそ想いがシンプルに強い。
しかして『愛のマワシ』の能力とは!?
「単純な能力じゃ。『愛のマワシ』を装着すると、着けた者に向けられた愛情の分だけ装着者が強化される仕組みになっておる」
なにぃッ!?
と言うと、たとえばオークボを例にしてみれば当然彼のことを愛しているのはゾス・サイラだよな?
そのゾス・サイラから発せられる愛情を『愛のマワシ』が検知し、パワーに変換してオークボを強化する……という仕組みなのか?
しかしそんな様子はまったくないが?
「今は管理モードで全マワシの機能をオフにしておるからな。今切り替えよう。……スイッチ、オン」
「「「「「「「んひぃいいいいいいいいいーーーーーーッッ!?」」」」」」」
な、なんだぁッ!?
すぐさま一瞬のうちに、相撲大会参加者の人たちが一斉に悶え始めた!?
その風景は異様と言っても過言ではない!
集団催眠アプリでも使われたかのような光景だ!
一体具体的に参加者たちに何が起こったのかと言うと……!
「うおぉおおおおおおッッ! 力が漲るぞぁあああああッ!!」
「気力充溢! 筋力増大! いつもの力の十倍は発揮できるぅううううッッ!」
「フルパワー! 100%中の100%中の100%ッ!!」
という感じで漲るパワーが熱苦しい……もとい、凄まじい。
これがゾス・サイラの開発した『愛のマワシ』の効力ってことかッ!?
具体的に見てみたら……!
「ほんのぉおおおおおおッ! ふすぅうううううッッ!!」
そんな雄叫びを上げているのは人魚王のアロワナさん!
これまた高ぶっておられる!?
「わかる! わかるぞぉおおおおおッ! この全身に満ちてくるパワーなる力! これこそ我が妃パッファがくれるものであると!!」
へぇ。
アロワナさんと結婚したパッファは、今は人魚王妃として確固たる地位にあるがそこに辿りつくまでが典型的に恋愛ヘタクソで周囲を煩わせたもんだった。
アロワナさんに『愛』のパワーを与えるのだとしたらパッファ以外にあり得ないので、その力がジャンカジャンカ振るっておられる!?
「こ、これが『愛のマワシ』の効力だって言うのか……!?」
実践で見せつけられたゾス・サイラの大発明。
彼女に限らず人魚界で『魔女』と呼ばれる人たちは何かやらかすごとに衝撃が強い!
もちろん『愛』の力にブルッているのはアロワナさん一人だけじゃなく……。
「もすッ! もすぅううううううううッッ!!」
「ナーガスさんまで!?」
前人魚王のナーガスお義父さん!?
あの御方に『愛』を与えられる者がいるとしたら、それはもちろん全員魚王妃のシーラ様。
これまた大恋愛で結ばれたという二人だから、その効果は絶大だぜ!?
「もすもすもすもす!? もすぅうううううううううッッ!?」
「あらあら、アタシの愛情を受けてダーリンたらビンビンじゃないの? ゾスちゃんも面白いものを発明したわねえ」
シーラお義母さん観客席でその様子をご覧になっている!?
そりゃー、夫の真剣勝負ともなれば応援に駆け付けるのもやぶさかではねーだろうが……。
そういや『愛のマワシ』って有効範囲いくらぐらいなの?
あまりに距離がありすぎると機能不全になっちゃったりとか?
「そんなことはないぞえ。わらわの発明に欠点はない。装着者に思いを懸ける者さえおれば、たとえ海底からだろうと天界からだろうと『愛』は届く! 何故なら『愛』に限界はないからじゃ!!」
はいはい。
天才が恋愛脳になるとホント恐ろしいことになるってことがよくわかった。
「その言葉……真実のようですな」
え? 誰のコメント?
彼は人魚族のヘンドラーくぅんではないかッ!?
なんか静かな様子だな……?
しかし内からフツフツと湧き起こるような力に打ち震えている感じ……!?
「私の妻ランプアイは今日も付き合いに参加せず家を守っていますので。しかし遠く人魚国にいて私の帰りを待っている彼女の想いが、ここまでたしかに伝わってきております!!」
ランプアイ今日も来てないの?
ヘンドラーくぅんの奥さんランプアイは、かつては農場で働いていたこともあった顔馴染みだが嫁いで以降、あんまり会った記憶がない。
子どもを生んで育児家事に追われることもあろうが、それでもちょっとした日に顔出しして息災を見せ合うことぐらいできんでないの? とも思うんだけど?
「彼女は真面目なのですよ。名族ベタ家の嫁であることを気負って家に馴染もうと必死なのです。名家に嫁いだからには次こそ跡取りの男子を生もうと懸命に……そんな彼女が益々いじましい……!」
涙ぐむヘンドラーくぅん。
まあ人魚王夫妻ほどわかりやすくはないが、このカップルもお互いを想い合っているということはわかった。
それがたしかに力になっておる。
さらには……。
「シャーッハッハッハ! シャーッハッハッハッハ!!」
この笑い声は!?
皆のシャーク将軍!? 人魚国の名物将軍も誰か『愛』を受けてパワーアップ!?
「シャーッハッハッハ! オレはいつでも独身彼女なしで想ってくれるヤツなんて誰もいねぇぜぇーッ! だから特にパワーアップも感じねぇぜぇーッ!! しかしそれを認めるのはあまりにも心が辛いので笑って誤魔化してるんだぜぇーッ!! シャーッハッハッハッハッハッハッハぁああああああああッッ!!」
あ。
なんかすみません。
そうだよな。誰しも想ってくれる相手がいるわけじゃないよな。
するってーとこの企画、奥さんもしくは彼女持ちが圧倒的有利なイベントになるんじゃないのか?
お一人様お断りか?
なんと過酷なイベントなんだ!?
リア充しか勝たん! 陰キャに人権なし! そう言っているも同じではないか!
これは農場主権限でもって介入し、このあまりに選民的な企画を即刻破棄させるしかない!
だって!
たとえば見てくださいよ! あっちにいるカップルを!
いやカップルというか夫婦!?
随分年季の入った老夫婦だ! 初めて見る顔なので、俺の知らないまったくの一般出場枠だ!
その旦那さんの方が相撲大会に出場して元気なオッサンだなーと思うが……!?
「あの……お前……ッ!?」
「……」
観客席にいる奥さんらしきご夫人と気まずい視線を交わし合っている。
何故かって『愛のマワシ』を巻いた老紳士の強化具合がなんともショボショボなので。
さっきのアロワナさんやナーガスさんの強化具合が超強火とするなら、この老紳士の場合は消えかけライター程度のものでしかない。
ゾス・サイラの言うには『愛のマワシ』は相手さえいれば一定の効果が得られるわけじゃなく、その相手が注いでくれる愛情の量に比例して強化度合いも変わってくるそうな。
だからめっちゃ愛してもらえるならパワーアップも大盛り倍々ゲームだが、そうでない場合もありますし……。
だからチョロチョロとしか強化されなかった老紳士、大困惑。
だって強化が弱火な分だけ奥さんからの愛情もそれなりってことなんだから……。
「どういうことなんだお前? ワシらはこんなにも連れ添ってきたじゃないか? 子宝にも恵まれたし何の不足もない夫婦生活と……?」
「そんな昔のこと仰らないでくださいまし。式を挙げたのももう何十年前だと思ってるんです? そんなに長く情熱だって保てませんよ……!」
奥さんの態度はつれない。
これが倦怠期か。一緒にいることが当たり前になりすぎてついには互いが煩わしくなる。これが熟年離婚!?
「たしかに若い頃は本当に……ところかまわず仲睦まじかったと思いますけど……。思い返すと恥ずかしくなってきましたわ。外出ではいつでも腕を組んでいたり、人前でかまわずキスしたり……!」
「うんうん、そうだったな……!」
「しかもアナタったらお盛んで……。たしかに『賑やかな家庭がいいね』とは言いましたけど通算で六人も儲けることになるなんて思いませんでしたよ。でもアナタは頑張って、経済的な苦しさも何のそので全員立派に育て上げてみせましたわね?」
「お前の協力あってこそだ!」
「そう、アナタはいつだって私を愛してくれることに全力でしたわ……。思い出したらあの頃の気持ちも蘇ってきました……! アナタ! やっぱり今でも愛していますわ!!」
「お前えええええええええッッ!?」
老紳士の強化具合が一気に爆発的になった。
忘れかけた若き日のときめきも思い出すことのできる。オークボ城大相撲大会は素敵なイベントだなあ。
 






