80 魔覇の誓い
復活した聖剣を使い、人族を滅ぼす。
それが、神の与えた祝福を破ってグラシャラさんが魔王さんに嫁入りする条件だった。
働きに対するご褒美としては妥当なところかもしれないが……。
『さあ、どうする? 今代の魔王よ?』
魔族の神ハデスが、魔族の王であるゼダンさんに迫る。
人族殲滅の大決断は魔王にしか下しえないものだし、彼に聞くのは当然だろう。
魔王さんはどんな答えを出すのか?
「先の、アスタレスの件で我は……、もっと考えるべきだった」
重々しく魔王さんは言った。
「長い間想い焦がれていた彼女と結婚する。それ自体は迷うことなどない。しかしそれでも、少しだけ立ち止まって考えるべきだった。魔王という重責を担う者として。それを怠ったから今、こんな難解な事態に陥っている」
愛する妻をたった一人しか持つことのできない『地母神の夫の祝福』を迷わず受けた魔王ゼダン。
しかし魔王という立場、彼自身の英邁さが、一人の女を幸せにするだけでは収まらないことは火を見るより明らかだった。
ハーレムは作るべくして作られるということか!
「今回の件も、気軽に承諾してよいものかと我が勘が警告している。人族との戦争に終止符を打つことは、魔族を束ねる者としてもっとも重要な責務」
拒む理由などない。
しかし……。
「しかし……! 人族も今や、この地上に根を下ろし数千年と暮らし続ける種族。それを神々の都合で簡単に滅ぼしていいものか? 人族とて、今は一人一人が地上で生まれ、大地の上で懸命に生きているのに!」
魔王は吠えた。
それこそ、この地上を生きて制する資格ある者として。
「我らが魔族の神ハデスよ。我、魔王ゼダンは今ここに誓う。人族の政体を壊滅させると」
『人族の……政体、か?』
「いかにも!」
魔王さんは続ける。
「人族の中で、天神ゼウスを奉じみずからが優越種であると驕るのは王族、そして教会の連中のみ。その者らを鏖殺し、国家としての人族のまとまりを解体すれば、あとに残るのは日々を懸命に生きようとする、魔族と何ら変わらない人々のみ」
『ふむ……』
「それをもって地上を守る魔王の務めを果たし、グラシャラにも褒美を与えてやっていただきたい」
『しかしな、ゼウスの子らには姑息なことを考える者が、何処にでも必ず……!』
ハデス神の反応は芳しくない。
『いいではないですか、アナタ』
そこへ口添えをしてくれたのは、愛妻である女神デメテルセポネだった。
『四千年前の大破壊以降、私たち神々は大きな干渉を出来なくなりました。人族の王と教会を滅ぼしてしまえば、ゼウスもこれ以上できることはなくなるでしょう』
『そ、そうか……!?』
『何より、優しい決断を下す魔王さんは好ましいではないですか。地上の生物はこうでなくては』
『そ、そうだな……!』
神、納得した。
『では今代の魔王よ。汝の提案通り人族の王と教会を滅ぼすことで、汝の功績を認めよう。……、いや、汝とその妻たちか』
「有難き幸せ!!」
魔王さんその場に膝をつく。
『ご褒美は先払いにしておきましょう』
地母神デメテルセポネが手をかざすと、そこから放たれる光が二つに分かれて、二人の女性を包み込む。
「えッ!?」
「私まで!?」
地母神の光に包まれたのはグラシャラさん、アスタレスさんの二人。
魔王の妻二人だ。
『アナタたち二人に平等に「地母神の祝福」を与えました。本来は一世に一人のみ与えられる祝福ですが。この祝福を持つ者ならば我が夫に認められた英雄に嫁ぐことができるでしょう』
「本当ですか!?」
「やったあ!」
地母神の告げる事実に大喜びするグラシャラさん。
『我が妻よ。気前がよすぎるのではないか? まだ何も成していないのに褒美だけ先に与えてやるとは』
『大丈夫ですわよ。アナタが必勝の策として授けた七聖剣。本来一振りしか真聖剣として残らぬはずのものが二振りも真聖剣として開花するのですから。ねえ?』
地母神さんの目が、真っ直ぐ俺を捉えた。
『打ち直してくれますよね? あの哀れな娘の折れた聖剣を?』
グラシャラさんの聖剣のことを言ってるんだろうなあ。
「打ち直します。打ち直しますけど……!」
何故そんなに圧迫してくる?
『ヘパイストスは、鍛冶の腕は全神一だというのに醜い容貌から父ゼウスに疎まれていると聞く。そのヘパイストスが贈りしギフトでゼウスの野望が打ち砕かれるのは、さぞ爽快』
ハデス神も、意地悪じいさんの末路を読み終わった子どものようにほくそ笑んだ。
『ゼウスの奇跡にて呼び出され、ヘパイストスからギフトを贈られた汝は本来あちらに属する側だろうに。我が子らに肩入れして問題ないか?』
「まっっっっったくないです」
たしかに人族の王様に呼び出された俺だが、金貨九枚でこの土地を買った時点で縁は切れたと考えている。
『至高の担い手』を贈ってくれたヘパイストスさんには感謝しているが、ゼウスとやらはまったく関係ない。
誰ソレ? って感じ。
『彼が私たちの子らと仲良くなってくれたのは、とても大きな幸運だったのかもしれませんねえ』
『お前の言う通りかもしれぬ。この縁をたしかなものとしておくために、余も力を振るうとしよう』
ハデス神はその手を掲げると、光が放たれ四方に散っていった。
『この土地全体に、地の神たる余の祝福を与えておいた。案ずることはない。代償の義務など発生せぬ極々薄く弱い祝福だ』
『既にヘパイストスさんからのギフトを得ているアナタ自身に、何かを与えることはできませんからねえ。「一人に対し、さらなるものを与えてはならない」。それが神々が守るべき約束の一つです』
『この土地で採れる作物の出来が、少々よくなる程度の祝福だ。これからも我が子らと争うことなく仲良くしてくれ』
それだけ言うと、もはや語るべきことはないとばかりに地の夫妻神はこの世界から消えて行った。
問題は解決した。
……のか?
一応。






