801 第七の麺性
「鉄板はすべてを受け入れるのだ」
また唐突にヴィールが変なことを言い出した。
俺もちょうど手隙なタイミングだったので、話を聞いてやる以外に選択肢がない。
……いや、これ確実にヴィールが俺のスケジュールを把握して的確に暇な時間帯を狙ってきてやがる。
ドラゴンのくせに小知恵を身に着けてきおって……!?
「……で、鉄板がどうした?」
仕方がないので付き合ってやることにする。
どうせ農作業の間の小休止で会話が欲しかったところだ。
「こないだのタコとカニとイノシシどもの揉め事に介入したではないか。それで鉄板を持ち出したではないか」
そうだね。
出したね鉄板。
クラーケンと巨大蟹デスマスくんと角イノシシの争いを治めるために、お好み焼きを作る必要があったからね。
なんで? って言われたら答えに窮するんだけども。
その時さらに何故かヴィールが乱入してきて何故かお好み焼きに対抗するようにもんじゃ焼きを作ったね。
何故か。
本当に何故だったんだろう?
「あの時気づいたのだ。鉄板というものの奥深さが……!!」
「鉄板自体は平面ですけどね」
「どんなものも鉄板で焼いとけばとりあえず美味しく食べられるのだ……! つまり鉄板とは食材のすべてを分け隔てなく受け入れる母親の懐のようなもの!」
その母の懐真っ平らですかね?
「というわけで、ちょっと前から鉄板焼きに凝り始めているおれ様なのだ。今日はご主人様に、その成果を発表してあげるのだー」
ほいほい。
なんかすっかりヴィールのヤツが凝り性になっているな。
俺を差し置いて料理ネタを牽引することすらままある。
今回もそんなノリだ。
鉄板使ってやることなんて料理以外にないからな。本命から外れて焼き土下座なんてされても困ることしかない。
是非料理でやってほしい。
「というわけで既にアツアツの鉄板を用意してあるのだー。火を使わずにおれ様の魔力で自由に温度調節ができる優れモノなのだー」
ほぼほぼホットプレートやんけ。
時代が進んでいるなあ。
「アッツアツに熱したところに油を引いてあるから今すぐにでも焼けるのだ。そこへまずはソーセージをぶち込むのだ!」
おお定番。
いいよねソーセージ。それは俺がソーセージメーカーで作って保存しておいたヤツかな?
「純粋に熱せられて肉から油が滴るのがいいのだな。しかしそれは挨拶代わりに過ぎないのだ! 次を食らえシイタケのバター焼きなのだ!!」
またヨダレの滴りそうなものを!
「シイタケを熱すると中から水分と共に旨味たっぷりの出汁がにじみ出てくるので、それが笠に溜まってこぼれないように慎重に焼くのだ! さらにバターを落として鉄板の熱で溶かし……、その風味をたっぷりシイタケに擦り付けるのだああああッ!!」
おおおおおおッッ!?
聞くだけでお腹がすいてきそうな説明ではないか!
ヴィールめいつの間にそんなに語彙を操れるようになった!?
「続いてお次は! もやしなのだああああッ! もやしを山のように鉄板に盛る! そして芯がしんなり飴色になるまで炒め尽くすのだああああッッ!!」
おおッ!?
鉄板の上でもやしが荒れ狂う白波のごとく躍っている!?
「さらに焼けたもやしに塩コショウをかけ、さらにはダメ押しでバターも加えるのだぁあああッ!! 説明が遅れたがサテュロス製の一級品バターなのだぁあああああああッッ!!」
それなら美味しいに決まっているじゃないですか!?
そのもやしだって、どうせレタスレートの豆工房で育て上げたのを強奪してきたんだろう!?
一級品に一級品を加えて一級の腕前で焼く!
これが美味しくないわけない!!
「目の前で焼かれると見た目も楽しめるし焼く音も凄い! それもまた鉄板焼きの醍醐味だなー」
「わかっているのだなご主人様は! しかしながらここまでは前座! 本番はこれからなのだ!」
「な、なんだとー!」
ここまで多くのものを焼いておきながらまだオードブルだというのか!?
ここまで全部食っちゃったんだけど大丈夫?
このあとすぐ夕飯が控えてるんですが?
「ご主人様もわかっているのではないか? この農場ドラゴンのヴィール様にとって、小麦粉を扱わせた時こそが最強であると!」
いや、知らんが。
だからヴィールはいつの間にそんなにグルテンフリークになっちまったんだ?
とりあえずうどん捏ねとけって感じかよ?
「その中でも、おれ様がもっとも得意とするものがラーメン! しかしながらラーメンは茹でるものであって焼くものではないのだ! その矛盾にぶち当たり、もがき苦しむこと四千年!」
ナチュラルにウソつくな。
「その葛藤の果てに辿りついた答えをご主人様に披露するのだ! まずは鉄板にラーメンの麺をぶち込む!!」
「いきなり正面突破じゃん」
「さらに刻んだキャベツやもやしも含めて鉄板で焼くのだ! 焼くのだああああああああッッ!!」
鉄板焼きを焼きまくるヴィールこそが燃え上がっていた。
「そこへおれ様が試行錯誤を重ねて作り上げた特性スープもぶち込み焼き上げるのだあああああッ!! いい焼き加減になったところで皿に盛り、刻みのりと紅しょうがを加えまくって、チャーシューも付けてやるのだぁああああああッ!! そして完成なのだああああッ!……あッ、ごま油もサービスしてやるのだ」
そうして完成したヴィール特製、鉄板で焼いたラーメン。
っていうかこれ焼きラーメンじゃん。
九州博多のソウルフード。屋台の友、焼きラーメン。
鉄板で焼き、ご当地の最強コンテンツとんこつ味をスープ抜きでより濃厚に味わえるようになった悪魔のメニュー。
既に前の世界で存在したものを、ヴィールが知るはずもない。
ならばまったくのノーヒントから感性と発想だけを頼りに、こちらの世界で焼きラーメンを完全再現?
食べてみる……。
……うんめえ。
普通のラーメンよりも遥かに濃厚ドロドロとなっているスープが麺に絡みつき、嫌と言うほどハッキリしたとんこつ風味を届けてくる。
口内に始まり五臓六腑に染みわたらんほどのとんこつだッ。
まさしく焼きラーメン!
異世界にいながら己の閃きだけで焼きラーメンまで辿りついたのかヴィール!?
ヴィールはグルテンを……ラーメンをあまりに愛しすぎることによって見たこともないラーメンを感覚で嗅ぎ取ることのできる感性が発達したのではないか?
ラーメンにおけるシックスセンス……?
いや、第六の感覚をも超えたセブンセンシズ……!?
ラーメンに特化したセブンセンシズ……つまりセブンラーメンシズだ!!
セブンラーメンシズに目覚めたヴィールのラーメン力は、もはやゴールド麺職人にも匹敵する……!?
ヴィールよ、よくぞここまで成長したものだ……!!
「どうだご主人様! おれ様の鉄板とラーメンを合わせた新メニューは至高の味わいだろう! これならごん骨ラーメンに飽きたとか言いやがる連中も一撃必殺なのだ!!」
……。
ん?
「こないだのドラゴン勝負で使い切ったはずが、何故かすぐさま二倍の量になって帰ってきたごん骨スープだからなあ! 消費するのに一手間二手間必要なのだ! よーしこの新メニューでガンガン売り出してやるのだぁーーーッッ!!」
それって、あのヴィールが抱えている特級取り扱い注意物。
ドラゴンのエキスがたっぷり含まれて、人間他あらゆる普通の種族が摂取しようものなら過剰な進化を促されてバイオハザードなことになりかねないという。
豚骨スープのようにドラゴンから煮出したからゴン骨スープと呼ばれているあのッ!?
「まさかこの焼きラーメンに絡めてあるスープも!?」
「何を言っているのだご主人様? このヴィールが使うスープと言ったらゴン骨一択だろう?」
なんということだぁあああああああッッ!?
飲んだら大変体に負担がかかるということで、他の誰に飲ませようとも俺だけは頑なに摂取しなかったのに!?
焼きラーメンという変化球ゆえかついつい警戒心が緩んでしまったぁあああああッッ!?
一生の不覚!?
「ご主人様からの高評価も得たところで、早速この焼きラーメンを大々的に売り出していくのだぁああああああ!! 今度こそ! 今度こそこの負債を完全払拭してみせるのだぁあああッッ!!」
結局ヴィールもゴン骨のことを負債と見做していた。
彼女の世界進出をどうやってか止めねばならないが、まず喫緊の問題としてはここまで休憩中にたらふく食ってしまって、夕食までにどうやって腹を空かそうか、ということだった。
ヴィールの麺ロードはまだまだ続くよ、どこまでも。
* * *
後日談。
結局ついにゴン骨スープを摂取した俺だが、そのせいか日々すこぶる快調だ。
元々飲んだら過剰にパワーアップさせる成分ではあるからな。
用量を誤ったらとんでもないことになるだけで。
いやぁ、ホント体が軽くなって力も強くなって、快適だなぁ。
しかしこれ以上に摂取したいとも思わないなあ。
本当に。
そして……。
え? もう次から冬!?






