798 存在の耐えられる薄さ
俺です。
プロレス観戦から戻ってきました。あれがプロレスかと念を押されたら即答しづらいけれど。
一緒に観戦したジュニアも大層気に入ったようで、特に自分の母親が試合参加したのが大ヒットしたようだ。
折に触れてプラティに『あのマスクつけてー』とおねだりしている。
プラティもプラティで結局子どもに甘いので、リクエストを受けるたびネプチューンクィーンになってポーズを決めていた。
ちなみにノリトは年齢的にまだ理解できていない様子。
エルロンは、グレート・ムチャへの変身依頼はゼロ件だった。
旧人間国の人間豆共和国化には、たくさんの偉い人を巻き込んで話が進行しているという。
レタスレートは言い出しっぺであるくせに一切の話し合いへの参加を放棄している。
元支配者として関わると話がややこしくなるという懸念よりは、豆にかける時間を削られたくないというのが本心らしい。
今の彼女は、以前と同じように農場の一角で豆を育てつつ、豆を利用した新料理の研究に勤しんでいる。
レタスレートとしてはもはや政治の世界なんかに関わるつもりはサラサラないのだろう。
俺だってそうだ。
人間国が再スタートするのは魔王さんとか人間国の多くの領主さんたちにお任せして、俺はこの農場の主として、農場主らしい活動に従事していこう。
具体的には?
実はもう案件があるんだよな。
俺にも長い時間をかけて成し遂げたかったことが、今まさに完成目前まで迫っていた。
なんてったって時期がいい。
時は秋。
秋には示し合わせて農場のある場所に姿を現してくるヤツらがいる。
鮭だ。
こっちの世界ではサー・モーンとか言うんだが俺にとっては鮭だ。
赤身だし脂がたっぷりだし、腹の中にはイクラがある。
コイツらが秋に川を遡上してくるところをフィッシュして一網打尽なのだ!!
去年あたりから存在を確認された異世界鮭どもだが、その時は大フィーバーで色んな食べ方をしたものだ。
普通の塩焼きはもちろん、ハラス焼きにしたり生で刺身を食ったり海鮮丼にしたりと様々な食し方をした。
しかしその中で唯一心残りがあったのは……!
ホイル焼きをできなかったことだ…………ッ!!
……!!
何たる無念!!
今思い出しただけでも当時の悔しさが甦ってくる……!
あまりの悔しさに息子の前で声を上げて泣いたものだよ……!
俺は、ホイルで焼くのが鮭をもっとも美味しく食べる方法の一つだと思っている。
鮭だけでなくて、玉ねぎやキノコやもやしなどと一緒にし、さらにはバターもぶち込んでホイルに包む。
そして焼く!
程よく時間が経ったあとにアルミホイルを開けて、中に広がる鮭の中にバターと野菜成分の染みわたった美味しさよ!
鮭を獲ったからには絶対ホイル焼きにしようと決意した去年。
しかしその決意は実行されなかった。
肝心のアルミホイルがなかったから。
異世界に渡ってきてもうけっこうな時間が経つ。それで生活に必要なものはもちろん、様々な文明の利器もこちらで再現可能となったのだが……。
意外とアルミホイルは再現していなかった。
それで去年は鮭のホイル焼きができず涙を呑む結果となったのだ!!
今年は同じ失敗は犯さぬ!
俺は去年のうちから行動を開始していた!
鮭のシーズンを終えて、冬の暇な時期を利用していかにしてアルミホイルを作り出すかで知恵を絞っていたのだ!!
アルミといえばアルミ!
アルミを紙状になるまで薄く伸ばしたもの!!
……と概念については知っているが、実際に作るとなったら難しい。
まずアルミをどこから調達してくるか?
……マナメタルならたくさんあるんだけどなあ、とか言ったらまたドワーフさんが心臓止めて死にそう。
さらにアルミを手に入れたとして、紙のように薄く延ばすにはどうしたらいいの?
それを去年の一冬かけて色々考えたんだが、結局なんもいいアイデアは浮かばなかった。
あんな薄い金属の箔を何十メートルも伸ばしてクルクル巻くってどうやったらできるんじゃい!?
文明ホント凄いな、と思った。
そして冬が開けて春。
時間をかけてたどり着いた結論。
――――『俺にアルミホイル作りは無理だ』
となった。
試作品でマナメタル製のホイルは作れたんだよ。
俺には『至高の担い手』もあるし作ろうとすれば何となくでも作れるだろうとは思っていたし、実際作れた。
マナメタルをハンマーで叩いて薄く薄く薄く薄く……伸ばしていったら無事紙ほど薄っぺらくなった。
質感もアルミホイルそのもの。
これで鮭を蒸し焼きにしたらさぞかし美味しいだろうと思ったが、いくらなんでも使い捨てのホイルにマナメタルは贅沢すぎじゃね? と思った。
曲がりなりにもマナメタルはこの世界最高の金属らしい。
金属に携わるドワーフさんが、マナメタルを目にした感動のあまり心臓が止まって死ぬレベルなんだから、俺の感覚でいるより遥かに貴重な金属なんだろう。
それを調理用に使い捨てるのはあまりに勿体ないし、なんか金属業界に携わる人たちに失礼かなと思えてきた。
やっぱりね、用途に見合った素材がいいと思うんですよ。
いくら万能の素材だからと言って何にでもマナメタルで解決しようとするのはよくない。
ということで俺がとった新たな方策は……。
ヒトに丸投げすることだった。
金属の扱いならコレ一択という専門職の方々がいる。
ドワーフの皆さんだ。
この異世界でモノ作りナンバーワンを誇る種族。
これを言うと一部のエルフさんとケンカになるからあまり大きな声では言えないが。
そこまで決めてドワーフ地下王国に発注をかけたのが春先のこと。
注文の詳細を伝えた時、ドワーフ王のエドワードさんは目を白黒させていた。
――『……金属を紙のように薄く……? そのようにして一体何に使うのですか?』
と。
まあ率直に理解されることはないと思っていたが、そうだろうね。
紙のように薄くした金属なんて、防具代わりに体に巻いても一撃に斬り裂かれるしね。
しかし違うんです。
アルミ箔は戦いのためではない、むしろ平和利用するための道具なんです。
ということでドワーフさん安心してアルミホイルを作ってください。
報酬はマナメタルのインゴット百kg分でいかがでしょう?
というわけで交渉成立し、ドワーフさんたちが作成に入ったのが春先のこと。
そのまま春が終わり、夏も過ぎ去って、秋になった。
そろそろまた鮭が遡上する時期になって、このままでは今年も間に合わねえ! となった時にやっとドワーフさんたちからの連絡が!!
* * *
アルミホイルが完成した!!
ドワーフさんたちが持ってきてくれたのは紛れもないアルミホイル!
素材のアルミは普通にドワーフさんたちが精製法を確立していた。
それを十分の何ミリレベルでの薄さで伸ばし、俺のイメージ通りのアルミホイルが完成したぞ!
凄いぞエドワードさん!
モノ作り種族ドワーフの真骨頂見せてもらいました!!
「……いえいえ、聖者様はいつも我らの考えつかない発想をくれますからな。こちらもやり甲斐がありますよ……!?」
というエドワードさんの微笑みは煤けていた。
やはりここまで来るのに相当な悪戦苦闘があったものと思われる。
もっと感謝しないといけないな、俺。
報酬の他に何か甘い物でも差し入れしよう。
「それに我々も楽しみでありますからな。この不思議な薄い金属を、聖者様がどのように使用するか」
「うぬ?」
「我らドワーフ工房でも議論の的となりましてな! よく出てくるのは、体中に巻いて鎧の代わりにするという説! 次には敵に放って斬り裂く武器使用説がありました!」
「…………」
「かく言うワシの考えですが、この金属の箔を細かくしてまき散らすことで、ある種の魔法探知をかく乱する効果を狙うのではありますまいか? そういう話をどこかで聞いたことがありましての!」
……ではドワーフさんたちの疑問を解消するためにも、早速アルミホイルを使ってみるか。
一年越しの悲願が、もうすぐ叶う!!






