793 第三の刺客
ネプチューンクィーン。
そして魔族将軍。
天才プロモーター、ホルコスフォンのマッチメイキングで凄まじい敵手がレタスレートの前に立ちはだかった!?
いずれも魔族人魚族の最強クラスに立つ難敵だ!
この厳しい状況にレタスレートはいかにして立ち向かうのか!?
「この豆の使者ミス・マメカラスはいかなる苦境でも耐え抜き、乗り越えて見せる! さあ、とっとと試合を始めましょう!!」
「その前にー」
覆面被ったプラティがまだもったいつける。
「早まってはいけないわ。アンタに挑戦する刺客がアタシたち二人だけといつ言ったかしら?」
「なんですって!? まさか……!?」
まだいるって言うの?
プラティとアスタレスさんだけでもうお腹いっぱいなんですが!?
自分の妻がレオタード姿でリング上を大暴れしている旦那の胸中も慮ってください!
「さっきも言っていたけれど、アンタはみずからを豆の使者と名乗っているらしいわね?」
「そうよ! 元々私がリングに上がったのも豆の素晴らしさを一人でも多くの人々に伝えようという売名意欲から! 宣伝の一環なのよ!」
たとえ事実がそうであっても堂々と売名とか言わないでください。
「目的のためなら手段を選ばないその心意気やよし! しかし、そのように固い決意を持ち合わせる輩は、アンタ一人だけとは限らないのよ!!」
「なんですって!?」
「そのような経緯からリングに上がったもう一人の戦士を紹介するわ!! カモン! 茶畑よりやってきし緑の戦士よ!!」
ゴォオオオオーーーーッッ、と湧き起こる緑色のドライアイス。
アレどういう仕組み?
そしてそんなもうもうと噴き上がる緑色の煙の中から姿を現したのは……。
「……エルロンか?」
次から次へとなんかもう。
今度の登場は、我が農場で皿を焼き続ける匠のエルフ……エルロンであった!?
元は自然を愛するエルフ! そこから人に恨みをぶつける盗人、そこからさらに農場に移り住んでこよなく皿を愛する陶芸家となったエルロンが、何故今リングに降臨した!?
「ここに集った皆に言いたいことがある……!!」
『エルフだ……!?』『エルフまでリングに上がるように……!?』と戸惑う観客に向けてエルロンは言う。
「茶を飲め! 茶は美味しい! 職人が精魂込めて作り上げた器で飲む緑茶は超逸品!!」
何言ってんだアイツ?
そんなことを言うためにリングに上がってきたのか、あのエルフは!?
「エルロン氏は今、世界中に茶を広めることを使命としているのです」
淡々と語るホルコスフォン。
何から何までコイツの仕掛けのうちなのか!?
「ご自分が作った芸術的な器で、美味しいお茶を飲む。……それこそが世界最高の喜びだと信じるエルロン氏は、それを世界中に広めることを新たなライフワークとしています。そのためには、一人でも多くの方々にお茶の美味しさを伝えるのが必定」
そこに目に入る、類似した成功例。
豆好き豆信者レタスレートは、女子プロレス興行に便乗して豆宣伝を打ちまくって見事に知名度を爆獲している。
その状況を参考にしようとしたのか、はたまた羨ましくなったのか。
模倣商法で稼がんとするエルロンになってしまった。
「盗賊ならば知財だって窃盗する! 時はまさに後追い商法の時代!」
高らかに宣言するエルロン。
彼女もまた女子プロのリングコスチュームめいたレオタードを着けて、勝つ覆面で顔を覆っていた。
彼女が顔を隠すといかにも後ろ暗いことがあるかのようだ。
「私はお茶の使者の覆面レスラー! 豆の使者よ、今こそお互いの信じるものを懸けてリングで勝負だ! そして必ずや今日訪れた観客たちにお茶の素晴らしさを伝える! お土産コーナーにお茶っ葉と茶道具一式を用意しましたんで! 是非ともお帰りに買い求めください!」
「豆菓子も各種取り揃えていますんでお願いします!! ふん、骨のある対戦相手が来たみたいね! 名前を聞いておこうじゃないの!!」
乗ってくるレタスレート。
エルロンも覆面を被っている今はリングネームが必要ということか?
「ふッ、私は聞かれるまでもなくお茶のためにマスクを被り、お茶のためにリングに上がったお茶の使者……!」
そのお茶愛を体現するリングネームは。
「グレート・ムチャだ!」
……無茶しやがって。
という自由奔放なマイクパフォーマンスを一区切りさせ、マスクを被ったプラティが引き継ぐ。
「以上三名の飛び入りレスラーがアンタに挑戦するわ! 見事全員撃破して、そのマスクを守り通すことができるかしらね!?」
「ふん、当然だわ! 私がもうアンタに叩かれてピーピー泣いていたヒヨッコじゃないって思い知らせてやる!!」
レタスレートも揚々とケンカを買って、実に鮮やかなマイクパフォーマンスだった。
しかし農場仕込みのこのメンバーは、それまで彼女が戦ってきた一般女子レスラーとは明らかにレベルが違う。
負ければマスクを剥がされ、かつての人間国王女の素顔がさらけ出されてしまうリスクを負ったこの試合。
絶対に負けられない戦いを、彼女は無事勝ち抜けるのか!?
というか本当に勝ち抜いてくれないと困るんですけども、アナタ一人じゃなくて世界中の人々が!?
プラティたちも何やってるんだよ! レタスレートの素顔一つで最終戦争が勃発しそうだってことはアイツらだってわかってるだろうに!
またあれか、その場の盛り上がりに引きずられて他のことが見えなくなってるのか!?
それが実にアイツららしい!!
「では行くがいいわ! 一番目の刺客グレート・ムチャ!!」
「お茶のためなら無茶もする!」
最初に飛び出していくグレート・ムチャことエルロン。
エルフにして元盗賊でもある彼女は、一体どんなファイトを魅せてくれるのか。
「ふん、エルフのサイレントキル能力は私もわかっているわ! けっして侮りはしない!!」
正々堂々と受けて立つレタスレート。
「しかしその手の能力は、このリング上ではもっとも生かせないものよ!! 正面から戦うしかない、この限られたフィールド! リング! 私の剛力で捻り潰してくれるわ!!」
あくまで自信満々。
しかし侮るな、エルフはそう簡単にしばき倒せる簡単な相手じゃない。
真正面からぶつかり合ってレタスレートとエルロンが四つ手に組み合った。
普通に考えればレタスレートの怪力に一秒もたずにエルロンが組み伏せられるだろう。
しかしながらその一秒が過ぎ去る前に、エルロンもといグレート・ムチャは勝負に出る。
「ふしゅあああああああッッ!!」
「んぎゃああああッッ!?」
なんと口から霧状のものを吹き出してレタスレートに浴びせかけた!?
あれは毒霧!?
毒霧殺法!?
あらかじめ口中に毒液を含んでおいて至近距離から吹きかけたというのか。
いくらレタスレートが怪力無双でも、眼球などの柔らかい部分に当たれば苦悶は必須!
「ぎゃあああああッ!? 目が苦い!? 苦いぃいいいいいッ!!」
「くははははッ! さもあろうお前に吹きかけたのは、超特濃抹茶! これを口に含み続けて平気でいられるのは、お茶をこよなく愛する私だけだ!!」
毒霧の正体はそれ?
とにかく他人がいきなり口から吹いたものを顔面に食らったら誰でも怯むだろうってことで、さすがの怪力レタスレートも二、三歩よろめく。
その隙を逃すかとばかりに突進するエルロン。
相手の顔面目掛けてガンガンと殴りつける。
「オラァ! オラァ!」
ガキンガキンと……!?
ん? ちょっと待ってこの効果音人が殴る時に出るような音じゃないぞ?
それもそのはず、エルロンの手には凶器が握られていた!?
お茶を煎れる時に使う……茶碗だ!?
「はーっはっは! 私が腕によりをかけて焼き上げた茶碗は硬度十となって鋼鉄の叩きつけようとも割れない! 打撃武器にも持ってこいだ!! この茶碗に殴られて額を割って血を吹き出すがいい!!」
流血はプロレスの花!
何て言ってる場合じゃないぞ! エルロンのしていることはゴリッゴリのラフプレー! 反則そのものの行為じゃないか!!
こんなことを認めたら、競技そのものが成立しなくなってしまう!
審判何をやってるんだ止めろ!
周囲の観客同様、俺もブーイングを上げようとしたその寸前……!
「豆チョップ!」
「あへぇーーーーーーッッ!?」
レタスレートの繰り出す手刀にクリーンヒットしたエルロン。
吹っ飛ばされてリング外まで出て、それで勝負がついた。
一撃必殺。
やはり豆で鍛えられた彼女の怪力は、反則程度で覆る次元はとうに越えていたらしい。
レタスレートの勝利だ。
「愚かな戦士よ……、戦い方を間違ったわね」
レタスレートが何かわかったように言う。
「私が豆を愛するように、アナタもお茶を愛している。しかし反則まがいの方法で戦えば結局は、自分の愛する者の価値を貶めるようなものよ」
「私の敗因はそれか……!? 私が盗賊時代のダーティな戦い方を忘れられないがために……!?」
よろよろとリングに戻ってきたエルロンは、自分の失策に悔やみ打ちひしがれるのだった。
「もっと自分を見詰め直し、お茶への愛を深めることね……! そうすればお茶は必ずあなたに力を与えるでしょう。豆が、私に力を与えたように」
なんかいい感じに終わりおった。






