788 覆面王女、発進
秋深まる。
草葉が色を変え、青から黄金色に染め上がっていくほどにエキサイティングする者がいた。
誰あろう。
レタスレートであった。
ふと気づくと、農場の片隅でオークたち相手にスパーリングめいたことを行っている。
「さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」
レタスレートの周囲には、オーク複数名が取り囲むように陣取っていた。
作品傾向によっては『凌辱五秒前』にしか見えない、その絵面。
しかし農場においては間違ってもそんなこといならない。
「ぬおおおおおおッッ!!」
オークのうちの一人が先陣切ってレタスレートに飛びかかる。
彼女が差し出した右手を掴み取り、単純な腕力比べが始まった。
「ほんりゃあああッ!!」
さらにオークがもう一人!?
二番手は左腕にて組み合うレタスレート。
つまりは一度に二人のオークを、それぞれ片手ずつで受け止めているってことだ!?
「ぬぅううううんッッ!?」
「ふぬぅうううううッッ!?」
それでいて左右ともビクともしない。
既にオークらは、各々の両腕でもってレタスレートの片腕を押し返そうとするのだが、それすら叶わないのだった。
要はオークの全力を、レタスレートは片手だけで上回っているということ。
「どうしたの!? もっと全力でかかってらっしゃい!!」
挑発されてもオーク、いかんともしがたい。
そうこうしているうちに埒が明かないと思ったのか、他のオークたちも加勢するように飛びかかる。
一、二、三、四、五、六人ぐらいで一斉に。
しかしながらレタスレートはもはや左右のオークに挟み込まれて押し固められているような状態。
両手も塞がっている。
こんな状態でこれ以上の大人数をどうさばくというのか!?
「はいやッ!」
「「おおおおおおおおッッ!?」」
なんとレタスレート、左右で組み合うオークをそのまま片手のみで持ち上げ、振り回した!?
オークらの身体を丸々、鈍器か何かのようにして。
「おごぉッ!?」
「ぐべッ!?」
そして後発でかかってくるオークらにぶつけて跳ね飛ばす。
相手の身体を凶器にして相手をぶん殴っている!?
オーク二刀流でひとしきり暴れ回ったあと、残るのは倒れるオークしかいない死屍累々の光景のみだった。
「今日の訓練、終わり!!」
見ているだけで恐ろしい。
暗殺拳法の修行だってここまで激烈じゃねえよ。
レタスレートが怪力無双を誇っているのが今ではもう当たり前になってしまっているが、一体いつからこんなことになったのだろう?
最初からこうではなかったはずなんだよ。
レタスレートは亡国のお姫様。
魔族によって地位を追われた人王の娘であったのを、本来処刑となる立場で我が農場に身柄を預けられたのだった。
その当時は、いかにも我がまま姫でやることなすことクソガキムーブであったのに、いつの間にかイメチェンして生粋のパワーキャラに。
力自慢のオークたちが赤子の手をひねられるように一方的にやられてしまう今の状況を見れば、今さら疑う余地すらない。
本来ウチのオークはそんじょそこらのオークとわけが違って変異化しているから、たった一人でも一軍を圧倒する戦闘力を各々有している。
そんな変異化オークが複数人で力負けしてしまうのが現在のレタスレート。
「今日もいい肩慣らしになったわ! 付き合ってくれてありがとう!!」
「いえいえ、まあ、いえいえ……!?」
薙ぎ払われたオークたちだが、それほどダメージを負った様子もなく、すぐさま立ち上がっていく。
やはり訓練だからかな?
そんなガチで殺り合われても困る。
しかし女性一人に無双された事実はどうしても受け入れがたく『今日も勝てなかった……!』という悔しげな呟きが聞こえてしまった。
「トレーニングのあとは、食事でエネルギー補給よ!!」
そう言って何かしらをゴクゴク飲み出す。
あらかじめボトルを用意していたようだ。
……。
一体何を飲んでいるんだろうか?
プロテイン?
「ほう、豆乳ですか。たいしたものですね」
なんか、いかにも説明セリフくさい訳知り顔のセリフが来た。
誰だ?
ホルコスフォンか。
よくレタスレートとつるんでいる納豆天使だ。
「豆乳は胃腸の働きを整え、肌の色艶を増し、若返り効果があると言われています」
「あの……ホルコスフォン? 一体誰に説明……!?」
「それに特大豆腐に、おからと煎り豆。これも即効性の豆色です。さらに納豆も加えてバランスがいい。それにしてもお昼ご飯直前だというのにあれだけ補給できるというのは、超人的な豆好きという他ありません」
本当にホルコスフォンは、誰に対して解説的に語っているんだろうか?
え? 独り言?
「よし、今日も適度なトレーニングができたわ! 本番に向けて着々と進んでいるわね!!」
「絶妙な仕上がりですねレタスレート」
まるでアスリート気取りな二人のやりとりだが、俺はさっきからまったくと言っていいほど理解が追い付かない。
コイツらは一体何をしているのだろうか?
「わからないのセージャ! 大きなイベントが目の前に迫っているのよ!!」
「プロレス興行で大規模なものが近日開催されます。レタスレートにも出場のオファーが来ていますので、ああして状態を整えているのです」
ああ。
あのS級冒険者のピンクトントンさんが主宰している。
いつ頃の話だったか、人族でも屈指実力者であるピンクトントンさんが旧人間国の振興、かつて敵対関係にあった人族魔族の融和、さらには冒険者の新たな働き口を開拓するために新たな企画を立ち上げた。
それがプロレス興行。
ショーとして真剣勝負。それらを観客に提供し興奮と話題とマネーを得ようと。
目の前にいるレタスレートもまた、そのいつからか追加された怪力設定を見込まれ、女子レスラーとして参加しているのだった。
「秋は、作物の収穫が終わる時期です。時間も余るし懐も温かい。それに一年の農作業が無事完了したことを祝ってお祭りも多くある」
「興行者としては絶好の掻き入れ時というわけよ!!」
その時期を狙って大規模な興行を打つのも自然の流れか。
ピンクトントンさんのプロレス興行も軌道に乗っているってことなのかな?
ここ最近の春夏も定期的に試合は行われていたようで、レタスレートも時折フラッと農場を離れていることもあったようだし。
レタスレートの怪力設定を持ってすれば、いかに荒くれの冒険者たちが演じるレスラーたちが束でかかってもチャンピオンベルトは奪えない。
そうして彼女は今や久しく、ピンクトントンさん主催の女子レスラー団体のトップに君臨しているという。
「今回も私が優勝を勝ち取って、リングを熱狂の渦に叩きこむのよ!!」
「私もセコンドとして全力を尽くします」
相変わらず仲よしで一心同体のレタスレートとホルコスフォン。
彼女らが日も高いうちからオークたち相手に実戦形式で訓練していた理由はわかった。
しかし俺は、レタスレートが公の場で活躍することに一抹の不安を取り除くことができない。
だって彼女、一応公式には死んだことになっているんだから。
長く続いた人魔戦争が終結したのはほんの数年前のこと。魔王さん率いる魔王軍が人間国を滅ぼすことで決着がついた。
人間側の王族は、全員捕えられて処刑。
それはまあ戦争の約束事というべきだが、勝利者側のトップであった魔王さんは慈悲深い方なので、表向き処断したことにして秘かに生き延びさせた。
その中で人間国王女だったレタスレートは俺の営む農場に預けられたということだった。
俺の農場は、外界から隔絶されてまったく人の目につかないから隠し場所としては絶好だ。
要するに彼女って存在が明るみになったらいけないわけよね。
もし生きてると知られたら彼女自身の身の危険にもなるし、彼女を庇った魔王さんの立場も悪くなる。
だから身バレリスクは極力避けてもらいたいんだけど……!?
「心配しなくても大丈夫よ! 私にはこれがあるわ!!」
と言ってレタスレートが取り出しまするは……一枚の布切れ。
それを頭から被る。
「これで私は超絶美王女レタスレートじゃなく謎の覆面美女レスラー! ミス・マメカラスよ!!」
そう、レタスレートは前述の事情から、覆面をつけて正体を隠してリングに上がっている。
覆面レスラーなんてよくあるから違和感とかはないんだが……。
しかし俺の不安は拭われない。
顔を覆う布一枚で、身バレは本当に回避できるのだろうか?
俺がそんな杞憂民と化していた矢先……。
案の定、立ち上がってきた。
謎の覆面レスラー、ミス・マメカラスの正体を巡る言説が……。







