77 不破の約定
「そもそも、このグラシャラが反乱を企てたのも、本気で魔王の座を狙ってのことではなかったのです」
淡々と語る魔王妃アスタレスさんの横で、当人であるグラシャラは仏頂面をますます大きく膨らませていた。
まさしくアスタレスさんのことを目の仇のようにして横目で睨みつけている。
もしやこの人の不機嫌の正体は……。
反乱に失敗した挫折感とか、そういうんじゃない。
「どうやら彼女は、ずっと以前からゼダン様に想いを寄せていたらしく……。彼女も折られた聖剣の一振り、怨聖剣フンフヴィオレットを継承する家系ですので、魔王に嫁する資格は充分にあるのですが……」
グラシャラさんの両親は、幼い頃から男勝りでガサツな彼女では魔王の寵愛は受けられないだろうと早々に諦めて、他の貴族女子のように宮廷に上がらせる真似はしなかったのだそうだ。
おかげで幼いグラシャラ嬢は、生来のおてんばをそのままに成長し、武芸にも長け、別のルートで立身出世を果たした。
正式な四天王入り。
そこで彼女は初めて、魔王ゼダンに出会った。
「一目惚れだったんだそうですよ」
「うるせえ!」
ここでグラシャラは、ここに来て初めての声を上げた。
そのワイルドながらも美人な姿に相応しい、孤高のオオカミのような声だった。
「大体お前ばっかりズルいんだよ! 同じ四天王なのに! なんでお前ばっかり魔王様に気に入られるんだよ!? 幼馴染がそんなに偉いのかよ!?」
「文句ならば貴様のご両親に言え。そもそも私と貴様では家格も同じで出発地点に差はない。それを勝手に見極めをつけて、貴様を幼い頃からゼダン様にあてがわなかったのは貴様のご両親の決めたことではないか」
「ゼダン様を好きになるのに時間なんて関係ないんだよ!! 誰が一番強くゼダン様を愛してるかってことだろ重要なのは!!」
「それならば私とて、誰より強くゼダン様を愛している」
なんか言い争いが始まった。
多分こんな言い争いが何十回と繰り返されてきたんだろうなあ、と推測できる。
「このような調子でな……!」
改めて聞くと、魔王さんの声が心底ゲッソリしていた。
「グラシャラが反乱を起こした動機も、どうやら本気で魔王の座を狙ったのではなく、どうやら我がすべてを投げ打ってアスタレスを追っていったことに怒ったかららしいのだ」
嫉妬。
『魔王の称号よりアスタレスの方が大事なら、自分が魔王に成り代わってやろう』と?
「コイツは、四天王の中でも飛びきり考えなしのヤツですから。仮にすべてが上手くいき、本当にゼダン様不在の間に魔王となってしまったらどうするつもりだったのか……!?」
「その時は、正面切ってゼダン様に迫るまでだったぜ! 魔王の座かアスタレスか一つだけ選べとな!!」
現実はそうなっていないわけで。
「魔国内は不穏分子を掃討し、内憂を消し去ることに成功したが。グラシャラの問題だけは、どうしても収められぬ」
魔王さんの初めて聞くレベルの疲れ果てた声だった。
「アスタレスさえいれば他に誰も必要ない、そう言えるほど愛欲に目が眩んでいれば、もっと簡単に断を下すことができたのだろうが、我もそこまでのぼせ上がれる頭の作りにはなっていないようだ」
「何を仰いますゼダン様!!」
「アナタ様がそのように聡明な御方であればこそ、アタシはこの身と心を喜んで捧げることができるのです!!」
揃って平伏する女四天王。
息の合い方がハンパではない。
「グラシャラは、武勇においては四天王随一と目されている。切り捨てるにはあまりにも惜しい逸材だ。それに加えて我のことをそこまで強く想ってくれているというなら、なおさら無碍には出来ん」
そんな彼女が『魔王妃になれないならいっそ殺せ』とゴネまくっている。
「どうするつもりなんです?」
「臣下よりの意見は、『側室にするのがよい』というのが大半だ」
さすが魔王。魔王は魔族の国の王様だからな。
娶る妻はたくさんいたってかまわないというわけか。
「グラシャラの主張を汲み取ってすべてを丸く収める方法はそれしかない、というのだ。無論、彼女には反乱の罪科があるので、充分に詫びを入れ、我に隷属するという形の嫁入りになってしまうが……!」
「それでも過分すぎるほどの恩情です。グラシャラがいくら強情を張っても、これ以上の好条件は得られぬと本人も納得しています」
確認するが、グラシャラはとても納得したような表情はしていなかった。
しかし、たしかにこれ以上の妥協点がないことは当人も認めざるをえない。そこでふくれっ面で従っている、という感じ。
「しかしここで大きな問題が現れた」
え?
特に問題なんかないんでは?
魔王さんが嫁さん二人も貰ってウハウハになるだけでしょう?
「あ、もしやアスタレスさんが反対しているとか?」
普通に愛する旦那が浮気するのは嫌だろうしなあ。
「見縊らないでください聖者様。私とて魔族の支配者に嫁した身である以上、夫の立場には理解しています」
そ、そうですか。
「様々な異なる考えを持つ派閥をまとめ、一つの勢力とするには、特別な繋がりを持つ妻を幾人も抱えるのは仕方ないこと」
「ハッ、既婚者になった程度で偉そうに」
「何か言ったかグラシャラ? 前線で暴れるだけが能の戦闘バカが?」
「それはお前だって同じだろうが! アタシらが二人合わせて戦場で何て呼ばれてるか知ってるのか!? 『四天王の脳筋担当』だぜ!?」
「貴様だってその脳筋の一人なんだから偉そうに言うな!!」
「アタシが言いたいのはなあ! そんな戦闘バカがお妃さまになった途端しおらしくしてるんじゃねーってことだよ!! バーカーバーカ!!」
魔王さんが渋い表情で言った。
「この二人の仲が悪いのは元々だ。決して今回の騒動が原因ではなく……!」
いや、それでも元来恋敵であることが仲悪い原因の一つではあるでしょうよ。
……で、じゃあ結局何が問題なんです?
さっさとグラシャラとも結婚してハーレム作ればいいではないですか?
「聖者殿には過去様々に世話になったが、その中の一つ……。覚えているだろうか、冥神ハデス様との謁見を」
「ああ……」
そりゃ、簡単に忘れられるほど薄いイベントでもなかったからなあ。
結婚する魔王さんとアスタレスさんの二人を祝うために、ノーライフキングの先生が勢い余ってハデスという神様を召喚してしまったのだ。
冥神ハデスは魔族を生み出した神でもある。
そのハデスから直接の祝福を貰って、魔王夫妻は誰にも引き裂かれぬことのない絆を得た。
神から貰う祝福というのは、それだけ強いパワーを持っているということだ。
「冥神ハデスより賜った『地母神の夫の祝福』は、魔族が得られる結婚の祝福の中でもっとも強い。その効果は様々あるが、その中に一つ」
『祝福を受けた者は生涯浮気できない』
「……というものがあるのだ」






