776 最強ドラゴンの戦い(上)
おう、農場ドラゴンのヴィール様なのだ。
今日は何の話だ?
……。
ああ、あのプロトガイザードラゴンとかいうヤツのことか。
こないだの結婚式で出てきやがったからな。
一体何がどうしてああいう結果になったのか聞いておきたいってことだ。
ご主人様はマメなヤツだなー。
豆はあのお姫様と羽女だけで充分すぎるのだ。
まあプロトガイザードラゴンのテュポンのヤツは結果から言うと、アレキサンダー兄上にボッコボコになって負けて支配下に置かれているのだ。
ドラゴンにとって勝敗は絶対だからなー。
ご主人様的には、不死山でアイツが復活してからアレキサンダー兄上のところへ飛んでいくのしか確認していないからな。
そこからはおれがしっかり確認しておいたのだ。ドラゴンとしての責任もあるしなあ。
だからあのテュポンのアホが、いかにして身の程知らずに挑んでアレキサンダー兄上からけっちょんけちょんに叩き潰されたか語ることができるのだ。
望むならば迫真の語り口調で聞かせてやってもいいぞ?
ご主人様になら何でも話してやれるからなー。
うむ、わかったのだ。
では聞かせてしんぜよう。
* * *
あれはご主人様たちと不死山に登った日にまで遡るのだ。
すべてのドラゴンの始祖だというプロトガイザードラゴンは不死山で永い眠りについていたけど、それが何が原因だったか復活して……さあ大変だって話だったよな?
そう言えば何が原因で復活したんだっけ?
……え? 思い出さなくていい?
ご主人様がそう言うなら大したことじゃねーんだよな。忘却の海の底へ捨て置くのだ。
それより本筋を進めるか。
太古より復活したあやつは、目覚めたこの時代でも最強になろうと敵を求めたんだな。
もっとも強大な敵を。
それとなったらやっぱりアレキサンダー兄上をおいて他にないのだ。
そう言うことをうっかり教えちゃったもんだから突っ走りやがってな。
あんな鉄砲玉をおれが差し向けたなんて誤解されたら堪ったもんじゃないから追いかける以外の選択肢がなかったのだ。
ご主人様が見届けたのはそこまでだったなー。
じゃあここからが本題だ。
アレキサンダー兄上のダンジョン『聖なる白乙女の山』に着くと普通に兄上いたのだ。
あの人はあんまり外出しないからな引きこもりがちなのだ。
山の頂上の宮殿で兄上が出迎えてくれたんだが……。
「おお、ヴィールではないか。今日も遊びに来たのか? ん? そちらにいるドラゴンは見かけたことがないな。友だちか?」
『いや、あのぉ……!?』
基本、日常からニンゲン形態でいる兄上なのだ。
その兄上が出迎えの際に、何かを抱えていたので気になって尋ねてみたのだ。
けして用件が伝えづらくて雑談に逃げたわけじゃないぞ!!
『アレキサンダー兄上、なんか見慣れぬものを抱えているなー。なんだそれは?』
「おお、さすがヴィールだよく気づいたな! 農場暮らしが長くて気が利くようになったか?」
話題を振ってもらった兄上はあからさまに嬉しそうだったのだ。
そんなアレキサンダー兄上の抱えている肝心のブツは……、何やらぬいぐるみのようだったのだ。
毛皮でモコモコとして、それでいて丸っこくて。
ニンゲン形態だと白髪の爺さんな格好の兄上なんで、そんなの抱えてたら違和感が天井破りだ。
話題に事欠かなくても聞かざるを得なかっただろうな。
『そのぬいぐるみ……いやモンスターか?』
一見オモチャのようであったが、よくよく目を離さずに見てみると、手足をピコピコしているし瞳がキョロキョロしていたのだ。
それで生き物だと察せられたのだ。
「その通り! ウチのダンジョンで新しく使役しようと思っているモンスターでな! 手強いぞコイツは!?」
『とてもそうには見えないんだが?』
だってぬいぐるみと見間違えるような丸小ささだぞ。
とてもニンゲンどもを駆逐できなさそうなのだ。
むしろあんまり可愛いから一匹ジュニアのために貰って帰ろうとしたぐらいだが……。
「では実際に体験してみるがいい。我がダンジョンの新たな主力モンスターとなるであろうホメゴロピィの力を!!」
アレキサンダー兄上によって地面に降ろされたぬいぐるみモンスターは、その外見に似合ったよちよちおぼつかない足取りでおれの前まで歩み出たのだ。
そしてドラゴンの姿であるおれのことを見上げて……。
『おっきくてすごーい!』
と褒め始めたのだ。
『お、おう、ありがとな……!?』
『ちゃんとお礼ができて、えらい!』
また褒めてきやがったのだ!?
なんだコイツ!? 心がほんわかしてきたっていうか……!?
「見たか、これこそホメゴロピィの能力! 相手のどんな些細なことでも取り上げて褒めてくれるのだ!」
『それが何になるのだ!?』
いや、たしかに褒められると嬉しくなるけれど……!?
それとダンジョン攻略とかダンジョン防衛に何の関わりがあるのだ!?
「よく考えてみよ、ダンジョンに入ってくる冒険者は常に危険と隣り合わせ。いつ命を落とすやもわからぬし、何の成果もなく戻れば生活も立ち行かなくなる。……心から余裕は消え去り、潤いもなく乾いているはずだ!」
『はあ……、まあ……!?』
「そこで! このホメゴロピィを量産してダンジョン中に配置すれば、冒険者の一挙手一投足を誉めそやしてくれる! さすれば心に潤いが戻り、殺伐とした生活にもぬくもりが宿るはず! 我がダンジョンを攻略してくれる冒険者たちに、優しい心を失わずにいてほしいのだよ!!」
力説するアレキサンダー兄上の足元で、例の褒め殺しモンスターが『ちゃんとヒトのことを考えてあげて、えらい!』とまた誉めそやしていたのだ。
これアレか? いつぞやのニンゲンどものダンジョン攻略競争でアレキサンダー兄上が仕掛けたヤツか?
あれの実用化を目指していたのか……!? と兄上の努力の方向性に戦慄してしまったのだ。
『でもコイツはジュニアのために一匹もって帰りたいのだー。兄上貰っていい?』
「まだ試作段階ゆえな。どうせプレゼントするなら完成品の方がよかろう。研究が進むまで待っててくれまいか」
『いいけど早くしてくれないと困るのだ。ニンゲンの子どもが成長するのは恐ろしく速いんだからな』
ご主人様も言っていたのだ。
――『子どもは特撮にハマっていたと思ったらすぐにマンガを読み出し、気がつけば中二病に罹患している』と。
ジュニアだって、ぬいぐるみで遊ぶ時期もいつ過ぎ去ってしまうかわからないのだ!
スピードこそが勝負なのだぞ!!
『おい貴様ら、このおれを無視して何を下らぬことをほざき続けている』
そこで、例のヤツの存在をすっかり忘れていたことに気づいたのだ。
あのプロトガイザードラゴンのテュポンが苛立たしげに宙に浮いていたのだ。
『この時代の最強ドラゴンがいると聞いてやって来たのに、出てきたのは腑抜けたジジイとは。このおれを舐めるのも大概にしろよ。このすべてのドラゴンの祖、災いの元凶、プロトガイザードラゴンのテュポン様を』
うわあああ、そんなケンカ腰をアレキサンダー兄上に向かって、命知らずなのだ。
そんなアホ始祖竜を見て、例の褒め殺しするぬいぐるみが……。
『度胸があって、えらい!』
コイツも命知らずなのだ!!
テュポンのヤツがギロリと睨みつけてきて。
『この原始皇帝竜にザコモンスター風情が言葉をかけるなど……。無礼千万
、消滅をもって詫びるがいい!!』
そのままブレスを吹きかけてきたのだ!
うわああッ! 危ねえッ!?
いたいけなぬいぐるみに向かって何をするのだ!? すぐさま飛び出してかばおうとするおれ様であったが、すぐに気づいた。
おれなどがでしゃばる必要はないと。
案の定アレキサンダー兄上が差し出した右手によって、テュポンのアホが放ったブレスは跡形もなく飛び散り、ぬいぐるみモンスターに傷一つ付けることはなかったのだ。
また『守ってくれて、ありがとう』と褒め殺していやがったのだ。
「やはりまだ改良が必要だな。悪意ある者へは不用意に近づかぬように躾けるべきだろう」
『ぐう……我が激嵐のブレスを苦も無く弾くとは……、なるほど言われるだけのことはあるようだ!』
コイツ、自分が今死線を越えたことに気づいていないのだー。
『さあおれと戦うがいい! 真の最強ドラゴンが誰かハッキリさせようぞ!』
「最強?」
ぬいぐるみを抱きかかえたアレキサンダー兄上が言うのだ。
「最強か。この世でもっともくだらないことだ。誰が強かろうと大した違いはなかろうよ。そう名乗りたければ勝手に名乗るがいい」
『なにッ!?』
「誰が一番強いか? そんな些末事より大事なものがこの世界には溢れかえっている。数え切れぬほどに。それに気づけないほど愚かで悲しいことはない。お前もさっさと目を覚まし、不毛の夢から抜け出すのだな」
ああいうことサラッというからカッコいいのだよなー。
さあ、ここから進撃のアレキサンダー兄上が始まるのだ!!






