772 参列者の視線2:旧世代からの目線
我が名はベタ・トラディショナル。
人魚国を防衛する大将軍である。
人魚王家に仕える名高い武門、ベタ家の当主でもあり我が家は先祖代々英雄豪傑を輩出してきた。
私自身も若きみぎりから軍部に入って出世街道をまい進し、前人魚王ナーガス様の御世から命を賭して仕えてきた。
『人魚の武名にトラディショナルあり』とまで言われる我が存在は人魚国の生ける伝説。
今日までの人魚国をこの手で支えてきたという自負がある。
しかし……。
……ここ最近は時代の移り変わりに戸惑うことも多くなってきた。
最大の転機は国王の代替わりよ。
初陣より長くお仕えしてきたナーガス陛下がついに玉座から降り、そのご後継アロワナ王子が新たに君主となってからもう数年が断つ。
アロワナ王子は、その幼少の頃より成長を見守ってきた。
戦闘訓練には私が直接稽古をつけてあげたこともある。
それゆえに王位についても気心知れた間柄、王者が交代しても変わらず仕えていける自信があった。
しかしながらアロワナ王子は、みずから王位についたのち精力的な改革を行い、それまで政略の中枢にいた要人を次々罷免し始めた。
役職から追われたのはいずれも裏で汚職を行ったり、かつての政治的混乱で王家の権力を弱めようとした者たちで、そういう連中を追い落とすには概ね賛成である。
しかし急激すぎる改革は混乱を生み、先君ナーガス陛下が築き上げた体制を徒にかき乱しはしないかと不安になる。
たとえ不正を行っていたとしても、国家の重役を担っていた者ども。ヤツらがいなくなれば政務を果たせる者がいなくなり結局は大きな損害がもたらされる。
そのことを説いて王子に手心を加えるよう進言申し上げたが、王子は『検討する』とだけ返したあと一向に改める気配もない。
さらには、そうした人員の大刷新で空けた穴に、経験もない若い人材を埋め始めた!
中でももっとも危惧する人事は、人魚宰相の地位にゾス・サイラなる者を据えたことだ!
『アビスの魔女』と言われるゾス・サイラを。
宰相といえば、国王を直接補佐して政治を指揮する重要な役割。
そんな国家の柱石ポジションに、かつて指名手配されたいた犯罪者を据えるなど前代未聞!
それだけでも許しがたいというのにゾス・サイラは魔女と呼ばれている。
つまりは女!
女ごときに宰相職が務まるとは到底考えられん!
何を考えておるのだアロワナ王子は!?
「は? まさか義父上は女に仕事が務まらないなどと前時代的なことを仰られるのですか?」
「いやいや……!?」
家で愚痴っていたら、次男の嫁ランプアイに思い切り聞き咎められた。
次男夫婦は、普段別宅に住んでいるのだが今は子どもが生まれたばかりでその世話を手分けするためにも同居している。
私にとっては初孫、物凄く可愛い!!
しかし次男夫婦は、気に入らないことがあるとすぐ孫を連れて自宅に戻ろうとするから家でも滅多なことが言えんのだ。
酷くない?
そこへ我が次男ヘンドラーが、義父に反抗的な嫁を窘めるでもなく……。
「父上が不用意なことを言うから悪いのです。アロワナ陛下は極めて適切な采配を振るわれている。ゾス・サイラ様の起用はその最たるもの。英断にケチをつけることの方が不遜だとわかりませんか」
とむしろ嫁と一緒に私を責めるのだ!?
酷くない!?
「現在の人魚国に、ゾス・サイラ様以上の逸材はおりません。『魔女』と呼ばれるだけの深い魔法知識。それだけでなく政務においても一等群を抜く手腕は、かつて『深淵の才媛』と呼ばれたことからも明らか」
「し、しかしな……人魚国で長年培われた伝統を崩すことは……!?」
「その伝統の陰で人心が弛緩し、政治の腐敗へと繋がったのも事実。それを根底から改革するのに新王が即位した今こそが絶好機。父上も忠臣を名乗るなら率先して協力願いたい」
「ど、どうしろというのだ……!?」
「さっさと引退してください」
なんと酷いことを言うのだ!?
私は前王ナーガス陛下からお仕えしている忠臣の中の忠臣だぞ! しかも身体衰えず今なお万軍を率いる気力体力もある!
まだまだ国家の役に立てるとも。
「能力の問題ではなく、前王時代から仕え続ける老臣が新体制に居座ることが問題なのです。特に父上はアロワナ様が玉座についてなお『王子』などと呼び、子ども扱い。これでは国王の威厳が保てません」
「うぐッ!?」
しかしアロワナ王子のことは御幼少の頃から見守ってきたため息子のような想いが強くてなあ。
だからつい……!?
老臣が若き主君を、我が子のように愛しむのは素晴らしいことだろう?
「アナタがそういう態度だから新体制の人員から煙たがられるのです。主君は愛しむものではなく敬うものですよ。とにかくアナタが去れば役職にも空きができて兄上が大将軍に就任できるんです。我が家のためにもさっさと引退してください」
親への当りが強くないかこの次男!?
お前のことも立派な軍人になれるよう厳しく育てたというのに!?
そうしてアロワナ王子の新体制に代わってから、何とも肩身の狭い面白くない状況になってしまった。
そんな折に届いた報せが私を益々戸惑わせたのだ。
「……ふむ? ゾス・サイラ宰相が結婚?」
それはめでたい話ではないか?
結婚すれば女は家庭に入って宰相職も辞するよな?
「いや、普通に続けるそうですよ。いつの時代の価値観でモノを言ってるんですか?」
「なんと!? 女が家庭を顧みず仕事に没頭するとはけしからん!」
「ヒトの去就を責めるなら自分が勇退してからにしてください」
相変わらず次男からの言葉が研ぎ澄ましたナイフのようだ!
一言ごとに斬りつけてくる!?
「宰相の慶事なので高官はほぼ出席することになります。父上も出てくださいね」
「えッ!? なんでだ!?」
宰相など内務の長、軍部の我らとは関係ないではないか!?
「平時の軍人なんて暇なんですから行事にぐらい顔出してください。それが嫌なら引退してください。ゾス・サイラ様のお式までに間に合うよう超特急で通しておきますから」
ことあるごとに引退させようとするのやめろ!
くっそだったら出てやるわ! 身の程を知らぬ女宰相の浮かれ面を身近で眺めてやる!!
* * *
そして式当日。
……なんで魔族まで参列しているんだ?
合同結婚式?
最近の若い者は変わったことをするのだな?
「父上向こうを見てください」
なんだ次男ヘンドラーよ?
式の間中私の傍についてどういうつもりだ? 監視?
ヘンドラーの指し示す方を見ると……。
おッ、アロワナ王子ではないか?
王子と親しげに話しているあの魔族は……?
「あの御方こそ魔王ゼダン様。魔族の支配者にして、人族を下した地上の覇者です。アロウナ王は、その魔王様と良好な関係を築いています。お二人の在位がたしかである間はこの世界に再び戦乱は起こらぬでしょう」
ぬうう……!?
これまで没交渉であった陸の王者とそこまで密な関係を築けるとは……!?
さすが王子! 成長なさいましたなあ……!
「ここまでの偉業を見せつけてもまだ主君を子ども扱いするのか……!?」
ん?
いや待て? 誰だあの王子と魔王の間に挟まれている陸人は!?
あの二人にあのように歓待されて……、きっとひとかどの人物に違いない!
「人族領主のダルキッシュ殿ですね。あの人も苦労するたちなので放っておきましょう。それよりもついに花嫁花婿が入場するようですぞ」
おお?
私らの注目すべきは女宰相か。さて一体どんな婿を迎えたことやら……?
ん? なんだあれは?
アレはオークではないか? 陸に住むモンスターの!?
ぐわははははははは!? 女宰相め、また珍妙な花婿を迎えたことよ!
モンスターと結婚するなど恥知らずもいいところ! そんな阿呆など宰相に相応しくないと上奏できるなこれは!!
「オークボ殿をただのオークだと侮っていると痛い目を見ますよ。ほら、すぐに……!」
……ん?
なんだ?
うごぉおおおおおおおおおおおッッ!?
覇気が!? 我が全身を襲って縛る!?
体に力が入らない! 加えて方からのしかかってくる重圧が!?
とても耐えきれずに膝を屈してしまう!? あのオークに向かて跪くように!?
「わかりましたかこれがオークボ殿の発する覇気。これの前に抗う力のない凡夫凡才は、皇帝に服従するように跪くしかないのです」
と同じように跪く次男ヘンドラーが言う!?
「オークボ殿の能力を持ってすれば、我ら人魚国の全戦力もたった一人で制圧することが叶いましょう」
「ぐぬぬぬぬぬ……!?」
「そんなオークボ殿の力量を見抜くことができなかったということで父上の衰えと引退の推奨を上奏しておきますね」
そんなに父を引退させたいか親不孝者ぉおおおおおッッ!?
しかし、ただでさえ目の上の瘤な女宰相にあれだけの武力を持った夫が加わったら……。
正直軍部はまったく対抗できん!?
一体どうなるんだぁあああああッッ!?







