769 強さとは
ドラゴン披露宴、余興勝負これまでの戦績。
第一試合はヴィールが相手の妨害を逆手にとって一着ゴール。
第二試合は勝利条件を未設定のままにしたせいでグダグダの没収試合。
第三試合は貧乳を煽られたご令嬢のビンタによって相手竜が気絶してしまったため無効試合。
第四試合はテュポンがやる気を出さなかったため無効。
そして第五試合はブラッディマリーさんの恐怖の味噌汁で圧倒的な勝利を飾った。
* * *
「ちょっと待て!!」
そこへ披露宴へ乗り込んできた竜たちの一人が被せ気味に言う。
あれは挑戦竜たちのリーダーっぽい人でシャルルアーツさんであったか?
「何なんだこの勝負は!? 我らドラゴンは力こその最強生物! それがこのようなふざけた内容で勝負を決めようというのか!?」
「お、だったら実力勝負すんのかー?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬッッ!?」
迫るヴィールに圧され二歩三歩と交代するシャルルアーツなる竜。
力づくの勝負になられたらアレキサンダーさんに蹂躙されるのはわかりきっているし。
アレキサンダーさんの陰になって目立たぬが、他のメンバーだってバケモノ揃い。
ヴィールは十傑竜の序列八位らしいが、当然それは昔の話で農場で過ごした今は一位だったブラッディマリーさんを傍手で捻れる戦闘力。
その一位ご本人であるブラッディマリーさん。
すべての竜の始祖であるプロトガイザードラゴンのテュポン。
どこから切りとっても無双の展開しか予想できない。
「おれ様はいいぞー? 今から純真無垢の実力勝負に切り替えてもなー? おれの破壊衝動が疼くのだー?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?」
向こうも強くなったヴィールの気配を肌で感じ取っているのか、迂闊に動けずに戦慄いている。
このままイキられて終了となるのか……!?
「お待ちくださいヴィール姉上」
そこへ介入しに来たのはアードヘッグさんであった。
純白のタキシードを着た花婿仕様。
「順番から言って次の勝負は彼とおれのもの。おれの出番を取り上げないでいただきたい」
「なんだ殺りたいのかー。しゃあねえ今日の主役はお前だし譲ってやるのだー」
意外とあっさり引っ込むヴィール。
彼女なりに晴れ舞台に立った弟を立てるつもりらしい。
「それにやはりおれが戦わなければ意味がないでしょうからな。彼らはおれの強さを疑って乗り込んできたわけですから……」
「疑いなど! 貴様が卑怯な手段でガイザードラゴンの座を奪ったのは事実ではないか!!」
一方的に噛みつく相手方。
「我らドラゴンは力こそがすべての種族! いかに他の分野で得意ぶろうと力がなければ価値はないのだ! これまでの連中のように詭弁を弄して煙に巻くか? 偽りのガイザードラゴン!!」
「アナタ方の主張はいつも同じですな。おれが後継争いのルールを無視して直接父上を撃ったことがそんなに卑怯ですか?」
「その通りだ! 力を重んじるドラゴンが恥さらしな……!」
「では逆に聞きますが、当時最強であった父上に直接挑み、打ち倒したことは実力とはまったく関係ないのですか?」
「うッ!?」
「父上の定めたルールに盲従し、言われるがままに戦うアナタ方は力を重んじていると?」
「ぬぐぐッ!?」
けっこう痛いところを突く論調で相手も唸ることしかできなかった。
あの不器用だったアードヘッグさんが、こんなに冷静で的確な意見を言うとは!?
「シャルルアーツ兄上。披露宴の余興対決も残すはおれとアナタの一戦のみ」
「だから余興では……!?」
「ですがアナタは力対力の勝負を望んでいるのでしょう? では、おれの方からそれに乗ってしんぜよう」
「なにッ!?」
「勝負内容を、力がモノを言う勝負に定めようと言っているのです」
そのアードヘッグさんの発言に場がざわめく。
いつの間にやら直接関係ない魔族や人魚族まで展開に釘付けだ。
「フハッ、フハハハハハハハッ!?」
リアクションとしての高笑い。
「どうやらいい気になりすぎたようだな偽りの皇帝竜! そのまま煙に巻いていればよかったものをここに来て正面から勝負してくるとは! この十傑竜序列二位シャルルアーツの恐ろしさを知らんと見える!!」
「ニンゲンたちと触れ合うようになってから、ずっと疑問に思うことがある。即ち、強さとは何なのかと」
「聞けよ話を!」
ちなみに恐ろしさならば恐怖の味噌汁。
「我らドラゴンは強い。それは生物として元々強さを備えているからだ。生まれながらにして地上最強。だからこそ力を信奉しそれ以外で己を証明する術を持たない。……対してニンゲンは弱い」
そりゃもう弱いよニンゲンは。
体も丈夫じゃないし寿命も短い、ドラゴンから見てみれば。
一吹きしただけで跡形もなく消し飛んでしまうかもしれない。ドラゴンにとっては人も虫も木の葉も等しく同じ弱者だろう。
「しかしながらニンゲンは、自分よりも強力な相手に立ち向かっていく。モンスターや権力者、時には我らドラゴンにまで。必要であれば知恵を絞って勇気を奮い、自分より遥かに強大な相手へと戦いを挑み、時に勝利する」
「な、何を言っている……!?」
「生まれながらに弱くとも、己を鍛え力増し、それでも足りない能力差を知恵や決意や幸運によって埋め合わせて二度も繰り返せぬ勝利を掴む。ニンゲンはそういうことを一度ならず何度も成し遂げてきた」
元から強いドラゴンが、生まれ持った強さのままに弱い者を叩き潰す。
ひ弱な人間が、鍛え抜いた力と技と根性で、自分よりも強い相手に逆転勝利を収める。
果たしてどちらがより難しく、より尊いことだろうか。
「シャルルアーツ兄上。ニンゲンたちの社会には冒険者なる職があります。ダンジョンに潜り、様々な利益を持ち帰るのが仕事です。おれはかつて我が城に彼らを招き、その仕事ぶりを見ることができました。とても素晴らしいものだった」
「だから何が言いたいのださっきから!?」
「アナタとおれの勝負の内容ですよ。ニンゲンの文化に沿いながら実力本位の勝負をする。冒険者の真似事で勝負するというのはどうですか?」
アードヘッグさんの提案に、場がざわめき出す。
これはもしや……いつぞや龍帝城で行われたダンジョン攻略競争の再現か!?
「冒険者の仕事の中には、モンスター討伐があります」
違った。
「おれとシャルルアーツ兄上が冒険者を演じ、モンスターに扮する者を狩るのです。先に狩猟討伐完了した方が勝ち。いかがかな?」
「ふんッ、何を言い出すのかと思えば……!!」
忌々しげに鼻を鳴らす相手竜の反応は、どこか虚勢めいていた。
「またしてもニンゲンの真似事で勝負をつけようとは、要するにニンゲンに被れた竜たちなのだな貴様らは!……しかしながら実力本位の勝負とはいいものだ。我らドラゴンの本質によく合っている。よかろう、その勝負受けて立ってやる!」
相手側の了承によって勝負が成立した。
新生ガイザードラゴンのアードヘッグさんvs十傑竜序列二位シャルルアーツ。
その好カードの勝負方式は冒険者を真似た狩猟勝負!
モンスターハンティングだ!!
「それで、何を狩猟するです?」
狩猟には獲物が必要だが、その獲物はどこから用意するのか?
アードヘッグさんは龍帝城という立派なダンジョンをお持ちだから、そこから発生するモンスターを使うのかな?
しかしながら勝負するのは人化したとはいえ竜だ。
並大抵どころか、どんな最強最悪のモンスターだとしても容易に瞬殺されるのでは?
それは当人たちも承知の上だろう、特に挑戦側のシャルルアーツの表情は余裕がありありと浮かんでいた。
「くっくっく……! なんでも連れてくるがいい、一瞬で灰にしてやるがな」
「ええ、モンスターなどでは我らドラゴンに対抗できません。なので獲物役にも特別な方にお願いしようと思います」
「ん?」
「アレキサンダー兄上どうぞ」
「ほんぎゃああああああああああああッッ!?!?!?!?」
怪鳥のような叫び声をあげてシャルルアーツぶっ飛び。
そこには竜の姿に戻った最強竜アレキサンダーさんの姿が!
『うむ、任せておきなさい。これでも一応ダンジョンの主として冒険者に狙われる立場にあるからな。仮装ではなく真実現役の冒険者たちの獲物だぞ!』
実際にアレキサンダーのお命頂戴なんて考えている冒険者はいないだろうけどな。
そもそもが存在が高すぎて届くだなんて誰も思っていない。
崇拝の対象にすらなっている。
それが最強の中の最強竜アレキサンダーさんなのだ!
「ぐおらぁああああああッッ!! ふざけんなぁあああああああッッ!!」
怒涛の勢いで詰め寄ってくる相手側。
「アレキサンダー兄上が標的なんてぇえええええッッ!? こんなの無理に決まってるじゃないかああああッッ!? 誰が兄上を倒せるって言うんだあああああッッ!? 相対した瞬間に塵も残らんわぁあああああッッ!?」
「だからですよ兄上」
アードヘッグさんは冷静なまま言う。
「先ほども言った通り『自分より強い者にも知恵と勇気で立ち向かっていける』それこそがニンゲンの真の強さだと。我々ドラゴンがその強さを真似るのであれば、相手もまた我ら以上の存在でなくてはならない。アレキサンダー兄上以上の適任がいますでしょうか?」
「適任すぎてヤバいって言ってるんだろうがぁああああッッ!! 絶対負ける! そんなもの勝負になるかぁああああッッ!?」
「では兄上は、自分より弱い者としか戦わないと? 勝てる勝負しかしないと?」
そう言うアードヘッグさんの声は思いのほか鋭く冷たい。
「ニンゲンは、たとえ自分より強大な相手だろうと必要があれば迷わず立ち向かっていきます。死をも恐れず、大切なもののために。それこそがニンゲンの強さです。シャルルアーツ兄上アナタはニンゲンにできることがドラゴンにできないと仰る」
「ぬぬぬぬぬぬッッ!?」
「この戦いに勝てればガイザードラゴンの称号を譲ってもいい。それはアナタの命懸けるべき事柄ではないのか? ここで引き下がってはドラゴンとしてのプライドが崩れますぞ!」
「ぐぐぐ、くそぉーーーーーーーッッ!!」
気迫に圧倒され、論に突き詰められて、シャルルアーツは弾けた。
「こうなったらやってやりゃああああッッ!! 相手がアレキサンダー兄上であろうとかまうものか! 必ずや打ち倒し、ガイザードラゴンの称号をこの手に入れてやる! アードヘッグ、さっきの言葉忘れるなよぉおおおおッッ!!」
「その意気ですぞシャルルアーツ兄上!」
これアードヘッグさんに上手く乗せられてない?
相手の心理を読み取って誘導するとは……さすが皇帝竜だな!!






