762 祝う神の迷走
人間形態になったアードヘッグさんとブラッディマリーさんは、そりゃもう美しかった。
真っ白いタキシードに真っ白いウェディングドレス。
その組み合わせはまっさらに輝いて二人の前途そのものであった。
バティとオルバくん。
ゾス・サイラとオークボ。
カープとゴブ吉。
ブラッディマリーさんとアードヘッグさん。
四組の新婚カップルが揃い、ついに壇上へと向かう。
華燭の典を上げるために。
『皆の衆、よくぞ集った』
祭壇で待ち受けていたのはノーライフキングの先生だった。
それを見て参列者はまた腰を抜かして混乱した。
全カップルが揃ってもう驚かされることはないだろう、というところでの不意打ちだったので尚更ヤバい。
一応あれで世界二大災厄の片方なんで、もう腰がガクンガクンになった状態から四つ這いで逃げ出そうとしているけど手足が小鹿のようにブルブル震えてなかなか進まない。
結婚式というめでたく晴れやかな日が、阿鼻叫喚の地獄絵図に変わっていた。
「本日はご足労を頂きありがとうございます」
カップルを代表してオークボが謝意を述べる。
「我々の門出を先生に見届けていただけるのは幸福の至り。必ずや記念すべき区切りの日となることでしょう」
『いやいやワシとて、キミらが発生した時から見守ってきたから、そんなキミらの成長を見届けられて嬉しいよ。生まれたばかりの人形のようなキミらがこんなに立派になったかと思うと……涙が……!?』
人情に脆い先生。
そんなやりとりの中で新婚組の中で唯一先生と初対面なオルバくんが口から泡を噴いていた。
意識大丈夫かな?
『これまでも結婚式の司祭は何度か行いましたが、合同結婚式などとハイカラなものは初めての経験ですのう。千年生きても初体験ができるなど、いい人生じゃ……』
「それだけ複数の信仰が絡むのでまとめて処理できるのが先生だけです」
『何、処理するのは厳密にはワシではないのでな、では早速……!』
先生が杖を振ると空間が歪み、開けた時空の穴から寒々とした神気が流れ込んできた。
いつも通りの流れだ。
これはノーライフキングの先生が神を召喚する流れ!
神を直接呼び出して、結婚の誓いを認めさせる。
ガチ神前の誓いだ!!
『まずはそちらの魔族カップルの成婚のために、ハデス神を呼び出すとしよう』
「よろしくお願いしまーす」「はいぃッ!?」
もう慣れたもののバティと、まったく初めてで何を言っているか理解できない、その新郎。
対比が新鮮だった。
『さあ現れよ地下の支配者、冥神ハデスよ。この若き夫婦に祝福を授けたまえー』
珍しくけっこうちゃんとした祝詞で神を呼び出す先生。
そして現れたハデス神は……。
……いつも通りじゃなかった。
いつもよりなんかずっと凶悪。
全長自体がいつも呼び出している姿より遥かに大きいし、なんか腕がいっぱい生えている。
羽まで生えている!?
あちこちトゲトゲしている!?
そしてやけに立派な肩パッド!? おかげで物凄く肩幅が広く見える!?
その姿はさながらラスボスの第二形態のようだ!?
『よくぞ我が前に現れた我が子らよ……、その勇気に応えようぞ……!』
その口ぶりもラスボスっぽいし!?
どうした?
ハデス神何があっての唐突なイメチェンですか!?
『何、最近地上を観察するに、このような姿の余が人気なのであろう?』
え!?
『神たるもの流行に疎いようではいかんのでな。地上のニーズに合わせてみずからをコーディネートし直してみたのだ。……どうだ? ナウなヤングにバカ受けであろう?』
と誇らしげにラスボス第二形態な姿を誇示するハデス神。
しかしおかしい。
今地上にハデス神の言うような正気を疑う流行はなかったと思うが……!?
流行ったと言えば……あ!?
ゴッドフィギュア大会で現れた数多くの改造ハデスフィギュア!?
フィギュアを自分で動かして戦わせて勝利する、そのホビー大会を勝ち抜くために千差万別の改造ハデスフィギュアが登場した。
その姿かたちはモデラーの数だけある!
黎明期だけあって勝利のみ目指して試行錯誤された作品群は、カンブリア大爆発を連想させたほどだ。
それを当の神自身が目撃して、変な影響を受けてしまった!?
あの魔改造ハデスフィギュアの構想を全部乗せして、こんなラスボス第二形態に。
「はははははは、ハデスさん? そちらには不幸な認識の行き違いがあってというか……!?」
『余はアホゼウスと違っていつでも無条件に信仰してもらえるなどと己惚れてはおらんからな! 常に我が子らのニーズに対応してもっとも崇め立てやすい姿を追求するのだ!』
「残念ながらその姿は正解ではありません!」
だからお願い! 一刻も早く前のバージョンに戻って!
このままではアナタへの信仰が邪教になってしまう!?
「先生! 早くハデス神の誤解を解いてあげてください! このままじゃ結婚式どころじゃない!」
『たしかに召喚するたびこの姿では真のラストバトルかと怖がられますのう』
最初のラスボスが先生で、勝利すると第二形態ハデス神が登場という様式美。
何人もラスボスを登場させるな!
あとラスボスの変身も第三形態にまで留めろ! 第十形態とか付き合ってられるか!?
『しかし神相手に説得など、さすがにワシでも荷が思いですぞ?……ああ、そうだ。神には神に担当してもらえばいいのです』
「どういうことです?」
困惑する俺を差し置き、先生が杖を振る。
すると新たに召喚されたのは海の神ポセイドスであった。
ゾス・サイラやカープ教諭がいるので、どうせ呼び出すはずだった神様ではあったが……。
『よう』
『…………?』
海神、兄弟神でもある冥界の主の変わり果てた姿を見て……。
一瞬『無』の表情になってから……。
『ぶッ!? ぶべらはははははははははははははッッ!? ひゃーっはははははははははははははははッッ!? きひひッ!? ちょッ、ちょ待って……!? 腹痛い腹が……!? はひひひひひひひひッ!? ふへーーはっはははははははははッッ!? 死ぬぅううううううううッッ!!』
あらん限りの大爆笑。
ハデス神のラスボス第二形態を見た結果である。
『何それ何それ!? どういう心境の具現化なのハデスくん!? ウケる!? 天界の連中だってもうちょいマシなガワするだろおい!? 密教系かよ!? ご乱心です! 冥界の神がご乱心でぇーーーーーーーーすッッ!!』
『笑うなッ!?』
大爆笑する海神も大きく信仰を失いそうだが、これをきっかけに冥神も正気を取り戻してくれるでしょうか?
『いや笑ってられるのも今のうちだぞポセイドスよ! これが今、地上ではトレンディなの! 地上の営みを観察してちゃんと分析したんだから!』
『そんなトレンディがあってたまるか! それ絶対誰かに騙されてるんだよ! この世界にもロキ並みのトリックスターがいるとは知らんかったが!』
『いや本当なんだって! なあ!?』
こっちに話が振られてきた。
俺に確認を取られても大いに困る。しかし元凶に心当たりがあるため素知らぬふりなどできず、とりあえず順序だてて説明する。
『なるほど……余が目撃したのは、その模型遊びの一環なんだな?』
「何分試行錯誤の時期でして、ハデス神には真似してもらえるならある程度文化が成熟してからにしてもらえると嬉しいんですが……!?」
『よかろう、そう言うことなら今度の大会で優勝した我が像には、褒美にその姿を取ってやろうではないか!』
過分なる褒賞!!
だがおかげで誤解も解け、何とかハデス神のラスボス化を回避することができた。
危機一髪!
説得に協力してくれたポセイドス神にも『ありがとう』を心から言いたいところだが……。
『…………』
どうしました?
そんな空虚な表情をして?
『……どうして余のフィギュアはないの?』
あっ。
ち、違うんですよ? ポセイドスさんのフィギュアもあります。あるんですが人気がなく……そうじゃない!?
『ハデスのフィギュアだけが大人気で余は不人気なの? どういうこと? 余も海の民たちのためにけっこう頑張ってるんだけど?』
違うんですブームの主舞台が地上だったせいでどうしてもホームとアウェイが明確になってですね……!?
うおおおおお!? せっかくハデス神の説得が成功したと思ったら今度はポセイドス神が面倒臭くなった!?
いい加減にしてくださいよ本題の結婚式がまったく進まない!?
今日の主役のはずのカップル四組がポカーンですよ!!