761 世界を覇する新郎
和気あいあいとした歓談を続けていくうちに時間は過ぎゆく。
そしてついに式開始の時刻となった。
俺は司会進行としてアナウンスする。
「新郎新婦数名が入場いたします。皆さま拍手をもってお迎えください」
俺が司会進行なんかい。
かねてからの打ち合わせ通り、プラティがアカペラで結婚行進曲を歌い(聖唱魔法)、その音楽に誘われるようにして新郎新婦入場。
まずはバティのカップルだ。
仕立て師バティが、自分自身のために全力で仕立てた究極のウェディングドレスをまとい、その晴れ姿は三国一を思わせる。
その隣に立つ男性も凛々しい偉丈夫ではないか。
アレがバティの旦那さんか。
俺も初めて見たが、強くて優しそうでいい人そうじゃないか。
彼なら安心してバティを任せることができるな、父親目線。
そして次に入場する合同結婚式のカップル。
オークボとゾス・サイラであった。
花嫁衣装で着飾ったゾス・サイラは、普段の名状しがたいおどろおどろしさは微塵もなく、清廉で野に咲く菫のように可憐だった。
衣装一つでここまで印象が変わるなんてすげぇ。
彼女だけでなく新郎のオークボも、この日のためにバティが仕立てた純白のタキシードを着て、さらには愛馬ギガントロック号に跨り会場を進む。
ギガントロック号は、ゾス・サイラの魔法薬で人工的に作られた巨大なホムンクルス馬。
その後はオークボの騎馬として随所で活躍してきた、二人の能力の結晶であるから、この場にはまことに相応しい。
しかしながら、このオークボが入場した途端、会場に不穏な空気が満ち始めた。
「オーク? オークが何故こんなところに?」
「オークなど擬人モンスターではないか? 魔族に使われるだけの家畜が何故、花婿のように振舞っている?」
「演出の一環なのか?」
「だとしても悪趣味な、オークごときに人類の真似事をさせるなど……!」
参列客の印象は概ね悪かった。
彼らにとってオークはモンスターの一種であり、人として扱うに値しない生物であったのだ。
どうやら貴族層になるほどそうした偏見は強いらしい。
今までそうした層と付き合いがなかったせいか気づくことがなかったが、擬人モンスターへの偏見がここまで強いものだったとは……!?
「どうする? 蹴散らす?」
「てんばつー?」
プラティやジュニアが血気に逸ったことを言っているが、待ちたまえ。
俺たちが勝手に介入していいと思うのか?
ここはオークボの舞台だぞ?
我が農場が誇るリーダーの一人オークボが、この程度のトラブルを独力で治められないとでも?
ほらもう、一言も喋ることもなく指一本動かすこともなく、彼は対処を始めているじゃないか。
「な、何だこれは……!?」
「体が動かない? いや、震えが……震えが止まらない!?」
式に参列するさもしい貴族たちは、自分たちが受ける不可視の影響に気づきとまどう。
オークボが発する覇気に、彼らの生物としての本能が過剰に反応しているのだ。
天敵に恐れることと、群れのリーダーに従うことと、そして大自然への畏怖が一緒くたになって生物に押しかかるのだ。
オークボの覇気にはそれだけの効力がある。
オークから進化してウォリアーオークとなり、ウォリアーオークからさらにレガトゥスオークへと進化し……。
その果てにユリウス・カエサル・オークにまで極限進化したオークボはまさに皇帝の存在感なのだ!
木っ端貴族程度がその覇気に当てられて尋常でいられるものか。
そんな皇帝の存在感を持つオークボが一言発すれば、それは殴りつけられるよりも重い衝撃となる。
「ひかえよ」
その一言で、会場に波濤が起こった。
参列する魔族や人魚族の貴族たちが一斉に跪いた。
オークボの威気に圧されて、臣従の意思表示を取らざるを得なかった。
並の人ではオークボの覇気に抗えない。
参列者たちも九割以上が逆らえず、跪く以外に道はなかった。
数少ない例外といえば魔王さんやアロワナさん。さすが数々の修羅場を潜り抜けてきただけあってオークボが全然本気を出していないコケ脅しではビクともしない。
さすが世界の何割かを治める王様だ!
「しっかりして旦那様! アナタも跪いちゃってるわよ!?」
「あれぇッ!?」
慌てて立ち上がる。
しかし他の連中は、立ち上がろうとしても随時のしかかるオークボの重圧をはねのけることができないから立ち上がれない!
「ホホホホホ……、わらわのオークボに不躾な態度をとるからそうなるのじゃ。己の矮小さを噛みしめるがよいぞ?」
新婦のゾス・サイラもご満悦。
甲巨馬ギガントロック号に跨るオークボに抱きかかえられて、さながら白馬の王子に迎えられたお姫様ならぬ、巨馬の皇帝に娶られる女宰相であった。
オークボがその覇気を余すことなく発することで、彼を差別する侮りは一気に消し飛ばされた。
ここでダメ押し。
次なる新婚カップル、ゴブ吉とカープ教諭の登場だ。
彼らの入場は一層派手で、上から急転直下に舞い降りてきた。
ゴブ吉も愛馬ミミックオクトパス号に跨る。ホムンクルス馬として軟体動物の弾性を備えたミミックオクトパス号は、どんなに高所から飛び降りたところで問題なく着地できる。
「今度はゴブリンまで……!?」
「一体何なんだ? クソ立ち上がれない……!?」
戸惑う参列者たちだが、今だオークボの覇気が効いて跪くばかりだった。
「向かうところ圧巻。さすがオークボ殿の覇気の濃さはこの世に並ぶものなし。私ごときに同じマネはできぬ」
晴れ舞台として、やはりタキシードを着こんだゴブ吉は言う。
「私もモンスターとしてモノを知らぬ人々から誹りを受けよう。それは私を選んでくれたカープさんのために許せぬこと。しかし私はオークボ殿のように威圧で従わせることなどできない」
「気にせずともいいのですよゴブ吉様。私はアナタと一緒にはいられれば……!」
「いいえ、私はアナタの自慢の夫になりたいのです。なので……!」
ゴブ吉は、ゴブリンが三段階進化して極限化したタケハヤ・スサノオ・ゴブリン。
その能力は間違いなく世界トップクラスに入る。
「一つ芸をつかまつる」
その瞬間、ゴブ吉が消えた。
ヒュンと。
そして数秒の間に再び現れた。
周りの人たちは訝しみ……。
「消えて現れて……!? 一体どういうことだ……!?」
「超スピード? ゴブリンにしては面妖な能力だが……!?」
「いや待て!? あのゴブリン何を持っている!? 消える前は持っていなかったぞ!?」
誰たが指摘した通り、一瞬だけ消失したゴブ吉の両手には、それ以前になかった様々なものが抱えられていた。
アレは果物? 魚? あとよくわからない模型まで……!?
「あの果実は! 人間国特産のヒューマンゴーではないか!?」
「あっちの魚は人魚宮周辺の深海でしか取れないマーメイドンコ!? 煮付けが美味しい!?」
「ああ!? あれは魔都で新発売になったゴッドフィギュア、関節加工が最初からできていてユーザーに優しい新商品!!」
「いずれも各国でしか手に入らないものではないか!?」
そのすべてをゴブ吉は持っている。
一瞬姿を隠す前まで持っていなかったものが。
それの意味するところは……!?
「まさかゴブ吉は……!? 消えていた数秒間の間に世界中を回って、集めてきた……!?」
タケハヤ・スサノオ・ゴブリンとなったゴブ吉の持ち味は、スピードだ。
ただ超高速なだけでなく、時間停止と予知の能力を併用するので実際以上の高速で通常感覚の俺たちを圧倒する。
さらにミミックオクトパス号の弾力性が加わることでトップスピードはさらに上がり、事実上一秒で地球を15周する程度の速度が得られるんだとか何とか。
その速さを持ってすれば、世界中を数秒のうちに駆け回ることも可能か。
「つまらぬ芸を披露いたした。お目汚しでした」
「汚れるどころじゃなく目に留まらかった……!」
とにかくこれほどの速度を見せつけられてゴブ吉を侮るヤツはいまい。
ゴブ吉もオークボもウチの自慢の子たちなんだ舐めるなよ!!
「一体何なのだヤツらは……!?」
「しかしあんなオークとゴブリンが仕掛けてきたら魔国も人魚国も一たまりもない……!?」
「何とか取り入らねば……!?
皆オークボとゴブ吉の素晴らしさをわかってくれたようでよかった。
さあ、そうして参列者たちとの軋轢がなくなったところで最後の一組。
アードヘッグさんブラッディマリーさんのカップルが竜形態で空から飛来した。
さすがにこれが最大のインパクトで参列客が雪崩を打って逃げ出すのだった。
オークボの威圧で腰砕けになっていなかったら大惨事になっていただろう。