752 社交界の新風
私の名はネヘラ。
上位魔族の由緒正しい血族の女よ。
怨聖剣フンフヴィオレット継承家系、その直系の血を受け継ぐ名族の中の名族。
私の夫になることのできた男は、次代の四天王の座すら射程圏内に収められる。
まさしく世界中の男が争って求める高嶺の花。
それが私。
ここ最近の怨聖剣継承の四天王枠はグラシャラ、レヴィアーサと分家筋の連中が占めてとても好ましくない流れなの。
だからこそ私の娶った婿が四天王となり、始祖代々から引き継がれた怨聖剣を本家の手に戻さなければ。
だから私は、誰より有能で忠実な男を婿に取らねばならない。
それで目をつけていたのが現職の四天王補佐オルバよ。
彼は堕聖剣フィアゲルプの継承家系に属する名家。
分家筋ではあるけれども本流に限りなく近い名家の生まれ、私が結婚してやるに相応しい血統だと思わなくて?
それに加えて中々優秀な男でもあるようだしね。
四天王の座を本家へ奪還するためにも毛色ばかりいいだけじゃなくて有能でなければ話にならないわ。
向こうだって魔王軍人であるからには位人臣の極み……四天王になることを切望しているでしょう?
我が夫となれば、その道を切り拓ける。
彼自身堕聖剣の継承家系として四天王の座を狙う権利は大いにありますが、あいにく同系の座を占めるベルフェガミリア様は魔王軍始まって以来といわれる傑物。
その上大魔王バアル様のご落胤という噂まであるなら向こう十年あの御方の安泰は続くことでしょう。
次を狙うとしてもあまりに悠長すぎる。
それならば狙いを変えて、私の夫となることで怨聖剣の四天王を狙う方がよっぽど効率的。
彼の能力と我が家の権力が合わされば、現職のレヴィアーサごとき引きずり落とすなど造作もありませんわ。
彼ことオルバを取り込むことは、我が家にとって栄光を約束されたも同じこと!
一日も早く彼を率いれ、私の忠実な良夫として仕立て上げねば!
……しかし焦ってはいけません。
こういうのは先に惚れた方が負けだとよく言われています。
惚れた弱みは即ち付け入る隙。どのような要望だろうと愛する者からなら受け入れざるをえません。
我が家の手駒として動かす以上は私が、彼を意のままに動かすようでないと。
だからこそオルバには私に惚れてもらい、オルバの意志で我が家の婿に入ってもらわねば困るのですわ。
そのために私、たくさん努力いたしましたのよ。
毎日ミルク風呂に入って肌を磨き、髪も上等な香油でお手入れしていますの。
いつでも一流トップデザイナーの仕立てたドレスで飾り、ドワーフたちから買い上げた上等な宝石をちりばめておりますの。
舞踏会では極上の笑顔で華々しくしておりますわ。時折、参加しているオルバ様ご本人にも声をかけ、存在をアピールしております。
私のような淑女から声を掛けられたら当然のようにときめいていることでしょうね。
これだけでもう彼が私に惚れている可能性は九十パーセント以上。
あとは相手からのプロポーズを待つばかり。
どんな熱烈な求愛を示してくれるのかしらと、楽しみにしていたんですけれど……。
* * *
……なんですって?
オルバ様がご結婚?
どうして?
私はまだプロポーズされていないわよ?
相手の了承も得ず結婚発表なんて無礼すぎるんではなくて?
……あ?
違う?
結婚相手は私じゃない?
なんでよ?
むしろなんで自分が結婚相手だと疑いもしないのかが正気を疑う、ですって?
どういう意味よ!?
というかオルバ様は誰と結婚したのよ!?
私以外の誰と!? 信じられない!
年頃も考えれば、魔国に私以上の花嫁はいないはずよ! 家柄、美貌、どれも完璧!
私と結婚すれば四天王だって狙えるというのに、そんな栄光を捨てて一体どんな馬の骨を迎えたというのよ!?
納得いかないわ!
すぐに相手を調べなさい! 中途半端な相手であれば我が家の全権力を持って叩き落とし、アルバ様の伴侶の座を奪い返してやるわ!!
……あ?
『元々アナタのものじゃないでしょうに』って? 煩いわよ!!
* * *
それから数日。
我が家の者を縦横無尽に走らせたおかげで随分情報が入って来たわ。
私の大切な手駒オルバ様を篭絡した女ギツネめのことが。
……名はバティ。
家名を背負わぬ平民出身……ですって!? 一行目からして気に入らないわ!
何故名家の私が平民ごときに後れを取るのよ!?
それで何? 経歴は……魔王軍で最終的な役職は四天王補佐、しかも直接の上官は『妄』のアスタレス……現魔王妃じゃないの!?
くッ、これはなかなか強力な箔付けね……!?
ここまで官位を極めたなら平民風情でも貴族との結婚には踏み切れるかもしれないわ。
でも本質的に平民ごときが帰属に嫁ぐなんて間違いだけれどねッッ!!
ううむ……しかし魔王妃アスタレスの縁者というのは輪をかけて問題ね……。
それってオルバ様が第一魔王妃の陣営に取り込まれるってことじゃない?
現状、我が分家の生まれであるグラシャラが第二魔王妃となっていることで、これでも我ら怨聖剣の継承家系はけっこう景気がいいのよ。
かといって第一魔王妃であるアスタレスの実家……妄聖剣ゼックスヴァイスの継承家系の隆盛には及ばない。
同じ魔王妃でも第一第二と明確な順位づけがされている上に、魔王後継者たる長男はちゃっかりあちら側に生まれてしまったわ。
多少勢いがあるとは言っても、トップをひた走る妄聖剣の継承家系とは大きく差を開けられている。
この状態でオルバ様まであちらの陣営にとられるわけにはいかないのよ!!
マズいわ……ここは何としてもマズいわ!!
しかし、あちら側もミスを犯したわね。
いかにアスタレス妃の子飼いとはいえ、何の門地もない平民風情をオルバ様にめあわせるなんて……!
どんなに役職で箔をつけたとしても所詮平民は平民、生まれながらに尊い血を受け継いだ貴族にはけっして及ばないのよ!
アスタレス妃も、本気でオルバ様を囲い込むつもりでおいでならもっとたしかな……しっかり自分と血の繋がった貴族令嬢でも送り込むべきだったのよ。
平民の娘ごとき、この怨聖剣の継承家系正統に属する令嬢ネヘラの前では蹴散らされるだけの存在だということを思い知らせてやるわ!
まだ手遅れではない。
貴族令嬢たる私が本気を出してアプローチすれば、オルバ様はすぐさまこちらへ靡くことでしょう。
何の取り柄もない平民娘など捨て去ってね!
血の尊さがどれだけ重要かということを知らしめてあげるわ!
我が手足となるべき家人よ!
再び調査なさい! オルバ様が出席される舞踏会晩餐会のを調べ上げるのよ!
彼は結婚を控え、付き合いの場に顔を出すことが多くなるはず、そこで出来る限りの接点を作って彼との心を近づけるのよ!
これまでは控えめだったけど、もうなりふりかまっていられないわ。
この貴族令嬢ネヘラの高貴さと魅力をフルバーストして一気にオルバ様を虜にして見せる。
ドレスを用意しなさい!
最上級のドレスで我が美しさを引き立て、オルバ様のハートをキャッチ&リリースするのよ!!
そうだわ、『ファーム』のドレスを出しなさい!
今魔都で大ブームを巻き起こし、令嬢たちがこぞってほしがるという最高ブランドの!
『ファーム』の一流職人が手掛けたドレスであればきっと私を何より美しく飾り、オルバ様のハートをキャッチtheレインボーするに違いないわ!!
さあ、出しなさい『ファーム』ブランドの超高級ドレスを!!
……え?
ない?
一着も?
どういうことよ!?
『ファーム』ブランドのドレスは大人気で、魔国中の令嬢貴婦人から注文が殺到している。
そのために予約待ちが列をなして、まだ何年かは待たないと順番が回ってこない!?
それで私の衣装部屋にも『ファーム』製のドレスが一着もないと!?
何よそれ!
順番ぐらい今すぐ飛ばしなさい! 貴族令嬢である私が命じているのよ!!
……ダメ?
なんでよッ!?







