750 悩む男たち
私の名はオークボ。
農場の聖者様に仕えるオークの一体である。
オークとはモンスターの一種で、ダンジョン内に停滞したマナが沈殿し、凝り固まった結果実体化したもの。
本来の摂理から外れた発生の仕方をする、疑似生命というべき存在。
しかしながら私を始め農場に住むモンスターの大体は、そうした枠組みから外れる。
それは農場の主たる聖者様の御業。
あの方に仕えることでモンスターには本来ないはずの『自我』を得ることができた。
すべては聖者様の偉大さによる。
おかげさまで私だけでなく他のオーク、ゴブリンも、ただ主の手足となって働くだけでなくみずからの充実感を味わうこともできる。
私も、聖者様に従って農場で働けるのは心底幸福なことだった。
こんな日々が永遠に続くとすら思っていたが、あるきっかけから転機を迎えることとなる。
なんとこの私の結婚話が持ち上がったのだ。
モンスターであるこの私に。
お相手は人魚族であるゾス・サイラ殿。
出会ってから随分とよくしてもらった御人だが、まさかそのような深い仲になるとは……。
正直私はまだ困惑している。
* * *
暖簾をまくり、店内に入るとすでに上手そうな匂いが充満していた。
「へい、らっしゃい」
いつも通りの不愛想な挨拶。
オヤジに断りもなく席を見繕うとカウンターに見覚えのある顔を発見した。
「ゴブ吉殿……!?」
「先にいただいていますよ」
特に確認し合うこともなく隣の席に座る。
ゴブリンのゴブ吉殿は、私と同時期に農場に入り、共に働いてきた戦友だ。
私がオークチーム、ゴブ吉殿がゴブリンチームをそれぞれ聖者様に尽くしてきた。
いわば農場の双璧……という自負があり、それはゴブ吉殿とて同じ気持ちだろうと考えるが、まさか同じ時期に同じ悩みまでも共通するとは思わなかった。
「オヤジ」
「ヘイ」
「米焼酎お湯割り、あと大根つくねに白滝……あと玉子をくれ」
「飯は?」
「あとでいい」
ちなみに、この飲み屋で店主を務めているのは酒の神バッカス殿だ。
最近は魔都の方だけでなく農場にも支店を出して、我ら農場住人の憩いの場となっている。
ゴブ吉殿は辛口の日本酒を飲んでいるようだ。
すぐ隣にカラの杯が残っていた。私より先に来ていたとはいえ仕事上がりの時間にそう差はないはず。
かなりの速度で一杯空けたということがわかる。
そんな性急な飲み方はゴブ吉殿らしくないと思った。
「……例のことが原因で?」
「お察しの通りですよオークボ殿」
ゴブ吉殿は杯を呷り、二杯目ももうカラにしてしまった。
かく言う私も頼んだばかりの焼酎がもうなくなっている。相棒に倣って注文を追加した。
「……本当にいいのでしょうか、モンスターが結婚などと」
酒臭い息と共にゴブ吉殿が呟く。
その問いに答えることはできない、私もまた同じ問いに苛まれているからだ。
「モンスターは疑似生物、本当の生命であるかどうかも疑わしい。本来は自我すらなく本能のままに行動する存在……」
「そんな私たちに自我が与えられたのは聖者様の大いなる御業による。聖者様に仕え、あの御方の御力に触れたからこそ本来あり得るはずのないものが我らに芽生えた……」
しかしだからと言って我々が真なる生命体になったのか、というと答えに窮する。
モンスターは、どこまで行ってもモンスターなのだ。
我らオークやゴブリンは俗に『疑人モンスター』などとも呼ばれ、五体満足で人類と似通っている。
しかしだからと言ってけして人類と同じではない。根本的に違う系統の生き物。
前に言った通り生命であるかどうかすら怪しく、仮に生物だと規定してもあまりに人類からかけ離れている。
この農場に関わりを持つ者でも、魔族と人族が結婚した例もあるが……それよりも遥かに異質なのが人とモンスターとの結婚。
それに問題はないのか?
種族間の隔たりは? つがいになったとして無事子どもは生まれるのか?
いやそれ以前に……、神がお許しになるのか。
汚らわしいニンゲンモドキが人と一緒に歩むことなど。
「……私には自信がない」
ゴブ吉殿が呻くように言った。
彼の脇に並ぶカラの杯がまた一つ増えていた。
「私だってそうさ。しかしお相手は諦めはしない。……キミの方だってそうだろう」
「たしかに……!!」
ゴブ吉殿を慕うカープ殿は、教員という職業にありながら情熱に溢れた直情型。
一度惚れ込んだ相手には何があろうと食い下がってくる。それはこれまで出会ってきた人魚族の女性に共通した特徴でもあった。
本来、人魚族の女性は皆そういう気質なのかもしれない。
説得してどうにかなる相手でもないし、結婚は強行されるだろう。
しかし、夫婦になったとして、ゾス・サイラ殿を幸せにすることができるのか……!?
「モンスターである……生命モドキでしかない私に!?」
「私はカープ殿の思いに応えることなどできない! こんな……こんなゴブリンずれでは!!」
私もゴブ吉殿も、大分酒が入って感情的になっていた。
他の客の迷惑かもしれない……。
そんなことが酔った頭の隅でも冷静に感じ取れて周囲を見回すと……。
「……ッ!!」
「どうしたオークボ殿?」
「我が君……!?」
「なにッ!?」
我々がクダを巻いている隣の席で、我が主……農場の聖者様が座っているではないか。
まさか今の愚痴をすべて聞かれたか!?
「わわわわわわわ……我が君、今のはですな……!?」
「マスター、ハイボールのおかわり」
我々が慌てふためいている最中も、聖者様は落ち着いている。
「それから昆布に厚揚げ……それと玉子と玉子と玉子」
ピーキーな注文をするなあ。
「別にみっともなくはないさ。結婚前ってのは男の方があれこれ考えるものだから」
「は……ッ!?」
聖者様のその言葉!?
我々の葛藤に対して!?
「お前たちの悩みもわからないではない。俺だって本来はこの世界にいるはずのない異世界人だ。結婚するとなった時も尻込みしたものさ」
「我が君……!?」
「それでも、迷ったって踏み出さなきゃならない時もある。キミたちに対するゾス・サイラやカープさんの気持ちは本気なんだ。お前たちも本気で応えないと、それこそ後悔するぞ」
我が君……聖者様は、我らを叱咤するために……!?
「それにな……お前たちが本当の生き物かどうかなんて、今さら悩むべきことか? お前たちがニセモノだったら、俺がお前たちと一緒に過ごした日々もニセモノだったってことか?」
「我が君……!?」
「違うだろう? お前たちと一緒に過ごした日々は……お前たちと分かち合った喜びも楽しみも本物だ! それだけは俺自身が実感した本当のことだ!」
そうだ。
私たちは聖者様と一緒に……。
家を建てたり、畑を耕したり、ダンジョンで下ったり上がったりした……。
その時に分かち合った気持ちは本物だったではないか!!
「今さら自分たちを疑うなんて……そんな悲しいことするなよ……!!」
「「我が君ぃーーッ!!」」
私もゴブ吉殿も泣きはらして聖者様に縋りついた。
そうだ、たとえ私たちがニセモノの生命であったとしても、今日まで農場で過ごした日々は紛れもない本物なのだ!
だからこれから続いていく未来もきっと本物に違いない!
私たちは今まで何を迷っていたんだ!
「わかってくれたか! 嬉しぃぞぉおおおおおおッッ!!」
「おぉおぉんッッ!!」
「べべべべべべべべべべべ……!!」
ヒッシリと抱き合い涙を流す私たち。
私たちはこの思いがホンモノであることを確信し、臆せず未来へ躍進していくことを誓うのだった。
「……いいヤツらばっかっす!」
飲み屋のオヤジが最後のシメをもっていった。
シメといえば……最後にご飯ください。







