742 教育者の憤慨
小生の名はヤーテレンス。
人族である。
自分で言うのもなんだがけっこう波乱万丈の人生を送ってきた。
そもそもは小生、神に仕える道を志し神官となった。
その当時は大天空神ゼウス様を崇拝せし人間国の国教が大隆盛。
大天空神を祭る聖堂も国内各地に建てられ、領主や大貴族もおいそれと歯向かえない大権力者、それが教会であった。
ハッキリ言って調子に乗っていたと思う。
それが大転機を迎えたのが人魔戦争の終結。長年争い合ってきた魔族に制圧されて教会の権力は消滅した。
それどころか魔族に対して『残虐非道のバケモノだー』『人族を皆殺しにするぞー』などと脅しかけて戦争を助長していた教会だ。
実際に魔王軍が駐屯し、旧人間国など遥かに及ばない手厚い保護を始めれば、教会の広めたデマがわかって益々立場を悪くする。
元々権力を笠に着て好き放題やって来た連中なので、魔王軍の制圧下に入れば闇に押し隠してきた悪事が一気に明るみに出て、完全に立場など消え去った。
今や多くの神職が追放され、あるいはもっと直接的に逮捕されて法の裁きを受けたりしている。
大天空神教会はもはや崩壊したと言っていい。
そんな中、小生神官ではあったものの逮捕も追放もされることなかった。
何の派閥にも関わってない末端平神官であったこと。生来真面目で、悪事にも手を染めることもなかったので罪に問われる筋合いもなかったのだ。
それでも大天空神教会自体が崩壊したために小生も神官としての立場を失い、還俗せざるを得なくなった。
それからは様々な仕事を転々としながら、人に地域に奉仕することをやめなかった。
神官の肩書きはなくしても、私は人生を神に捧げ、人々の役に立つ道から外れようとは思わなかったからだ。
そうした生活を何年も続けていくうちに、仲間を得たり資金も増えたりして、行動の基盤がしっかりしてきた。
これほど順調なのは、小生たちの活動が正しいという証明でもあろう。
そんな中、小生たちが新たに立てた目標があった。
『学校を作る』ということだ。
人が人らしく生きるには最低限の教育を受け、知識と礼節を身につけることが不可欠。
そのためにも旧人間国にキッチリとした学校を設立し、多くの子どもたちに高水準の教育を施したい。
もちろんこれまでも活動はしていて、各地で寺子屋程度の教室を開いて読み書きを教えるぐらいはしていた。
そこからさらにグレードアップし、全国から学ぶ意志の強い将来有望な子を集め、さらに高等な教育を施す。
そうして育て上げられた若者は優秀な人材となって、将来官吏や学者などとなって世の中を大きく動かしていくことになるだろう。
この荒れ果てた旧人間国を大きく立て直すにはそういった人材が必要不可欠となる。
神に仕える道は消え去ったが、それでも世に貢献できる道を……。
そう、かつて小生が神官だった時から尊敬し、目標としている聖トマクモアのように。
千年前の偉大なる聖人。権力に凝り固まる教会上層部と対立しながらも人のためを想い、弱き人々のために教えを説いてきたという大司教こそ、私の生きる目標。
『現代のトマクモア』などと呼ばれるほど世の中に貢献したいものだ。
そのためにも改めて、旧人間国に学校を設立するぞ!
* * *
そう思っていた矢先に問題が起きた。
学校設立の許可が下りなかったのだ。
今の旧人間国、ある程度規模の大きなことをするとなったら占領者である魔王軍の許可を得なければいけない。
小生の計画した学校設立もある程度規模の大きなものだから魔王軍占領府の許可を得なければならなかった。
で、得られなかった。
抗議した。
「どうして許可されないのですか!? 納得できません!!」
小生が噛みつく相手は総督マルバストス。
実質、旧人間国に駐屯している魔王軍のトップだ。
そんな相手でも小生怯まない。
「高等学校の設立は、これからの人間国……いえ世界の発展のために絶対必要なものです!! その重要性を魔王軍の方々も理解くださると思っていましたが!」
「キミの主張は理解しているつもりだ。しかし性急の感が否めない」
マルバストス総督は、さすがに魔王から旧人間国の統治を任されているだけあって、黙っているだけでも威圧感が凄い。
しかし小生負けない!
「小規模な、読み書きを教える程度の私塾であれば許可を得るまでもなくジャンジャンやってほしいところだが、キミらの希望している学校は……ただの学校ではない。いわば高等学校というべきものだろう。それだけの施設は、今の人間国の状況では運営不可能だ」
うッ。
そこは痛いところを……!?
「国中から優れた才能を集め、役人や学者を育てるような高水準の教育機関。それだけのものを運営するには国中の統率ができていなければいけないし、運営する資金も潤沢でなければならん」
「それはそうですが……」
「人間国が併合されてからもう何年も経ち、教会や王族が散々荒らしてきた国土の復興も随分進んでいるが、それでもまだ国家級に大きなことをする余力もないのもたしかだ。いまだ時期尚早と弁えてほしい」
「……お言葉ながら」
小生は一旦喉を鳴らし、その次に繋ぐ言葉を唱える。
我々が何も知らないと思うなよ。
「それならば、魔王軍が人間国の優秀な若者たちを集めているのは何故ですか?」
「よく調べたな」
そう、我々とて独自の情報網で、魔王軍の動きをいくらか察知することもできるのだ。
魔王軍は数年ほど前、人間国の各領に通達を出し、将来有望な若者を差し出すようにと命じてきた。
人間国に今も営まれる領から一人ずつ差し出すだけでも相当な人数となるはずだ。
それだけの……しかも才気煥発な若者を選りすぐって集めて何をしようと言うのか?
しかも今年に入って再び同じことを行い、各地からやはり優秀な若者を集めたとか。
その若者たちが今、どこで何をしているかはわからない。
どれだけ調べても真実に辿りつけなかった。
「実はアナタ方も、我々と同じことをやろうとしているのではないですか? いや、もう既にやっている?」
優秀な若者を集めてすることなど、それくらいしか思い浮かばない。
高水準な教育を施して、国を支える人材に仕立て上げようと?
「小生たちの要請を許可しないのはそのためですか? この人間国の前途ある若者たちを、自分らだけで独占しようと? そうして魔国や魔王軍に従うよう洗脳でもするつもりですか?」
という邪推まで飛び出てしまう。
しかしそうでなければ、こんなに秘密裏で事を運ぶ理由がない。
小生は小生たちの理想を実現するためにも、ここで退くわけにはいかない。
こうなったらとことん突っ込んでくれるわ!
「そこまで言うならば仕方がない」
え?
何が仕方ない?
マルバストス総督のため息交じりの独言に、小生ちょっとビビる。
「ならば、その目で確かめてくるといい。キミらの理想に近いものでもあるから、よい見学にもなるだろう。魔王様の許可も必要になるが、そこは私に任せておくがいい」
えッ? 魔王の許可!?
なんか想像以上に話が大袈裟になってきてるんですが、一体小生どうなるんですか!?
口封じされる!?
* * *
転移魔法で送られた時には、誰も知らない場所で確実に口封じされるんじゃないかと絶望した。
しかしついた先で目撃したものは、小生が思ってもみない衝撃的な光景であった。
『皆さんおはよう、今日もいきいき勉強していこうではないか』
「「「「「先生よろしくお願いします!!」」」」」
これは……授業風景?
それも机を並べて学んでいる生徒は、人族魔族と隔たりがないじゃないかッ!?
『人魚族もおりますぞ』
「へぁッ!?」
『薬で変身しているのでわかりづらいですかのう』
うそぉッ!?
人族魔族に人魚族!
世界三大種族と呼ばれるものから若人たちを一ヶ所に!?
どういう状況なのだコレは!?
人魔人魚三ヶ国の交流が始まったとは聞いていたが、その三種族を一挙に指導する機関ができているなんて先進すぎるのではあるまいかッ!?
これはたしかに……!
小生が夢見てきた、高水準の学校そのもの!
小生の夢が、こんな場所で人知れずに実現していたなんて……!?
何でこんな素晴らしいものを秘密にしておくのですかッ!?
『立地の関係で、大っぴらにできませんのでのう』
そうですか、ところでさっきから授業を進めつつ小生に説明してくれるこの方は……!?
……ノーライフキング!?
『授業の片手間で申し訳ない。しかし魔王殿経由で話は窺っておりますぞ、何とも教育熱心な御仁がおられるとか。今日は授業模様をたっぷり見学していってくだされ』
ひぃいいいいいいいッッ!?
ご親切にどうも!?
ノーライフキング!
世界でもっとも危険で邪悪といわれる存在が、よりにもよって指導役に!?
『いやぁワシも年甲斐のないとはわかっておりますが、若者たちの溌剌な生気に当てられましてのう。ただ長生きしているだけのワシの知識が役に立てばと気張っておりますわい』
と中々気さくげに話すアンデッドの王!?
なんか先入観と違う!?
『子どもらもこんな怖い顔を前に緊張するものですが、ワシの生前の名を出すとけっこう親しんでくれますわ。トマクモアというのですがな。知っておりますかな?』
ほう、トマクモア……。
……んッ?






