738 隠れろ隠し味
さーて、もっともシンプルでスタート的なインドカレーの制作に成功いたしました。
調合成功!
元がスパイスなだけに。
しかしそこで終わらないのがカレーの奥深さ。
俺たちはカレーのもっとも基本的なところを抑えつつ、カレーの一丁目一番地に立ったに過ぎない。
ここからさらに研究を進めて、カレーの神髄を究めていくのだ。
「とろみが欲しい」
まず最初に思ったことは、それ。
だって俺の知っている、子どもの頃から親しんできたカレーにはとろみがついていたので。
幼少の原体験には強みがある。
誰もそこからは逃れられないということで、俺も子どもの頃から食べてきたあのとろみたっぷりの欧風カレーを模索していくぜ。
「まあ、小麦粉入れればいいだけなんだろうけれど」
ということで水溶き粉をカレーに投入。
かき混ぜていくと自然にとろみもついていく。
段々俺の知っている、俺の慣れ親しんだカレーへとなっていく。
「いい感じ!」
よしここまでくれば……、と試しに一掬い取って味見。
「……薄い」
味が。
よく考えたら、水と小麦粉なんて味がねーんだから入れれば薄まるのも必定。
このままでは真のおうちで食べるカレーとはならない。
ここからさらに濃厚なとろみ、濃厚な味を併せ持たなければ。
そうすると、ここからどうしていけばよかろう?
「もっとスパイスたくさん入れるか?」
味付けを追加すれば味が濃くなるのも必定。
しかしスパイスって味付けよりも香りづけが基本のものだからなあ。
なんか他のものが必要なんじゃって思う予感。
じゃあ何がいい?
そう言えば、カレーには隠し味とか言って、スパイスとか調味料以外のものをふんだんに入れていくようなのをテレビで見たことがある。
『リンゴとハチミツ!』とかいうのもテレビCMで耳に残るほど聞いたフレーズだしな。
「りんごぉ! はちみつ!」
俺のつぶやきを聞きつけてジュニアが躍り上がった。
甘いものが好きなお年頃。
ジュニアが食するならそれこそ甘味たっぷり甘口カレーがいいのであろう。これは一考の余地ありだった。
ハチミツもカレーに入れれば殺菌されるんだろうし。
甘いものの他にも色んなたくさんのものを入れて味を調える。
隠し味というんだっけ?
なんかテレビ番組でも、こんなものをカレーに入れるんだぜ! と意外性をアピールするのを見かけるし。
料理する人とかは、自分はこんな隠し味を入れてるんだぜ、とか聞かれてもいないうちから嬉々として語りそうなイメージがある。
とにかく隠し味。
隠された味だ。
どんなのを入れるんだっけ……?
俺的にはいつもレトルトでチンしてきたから、その辺の実践的知識はまったくない。
精々テレビなりマンガで仕入れた知識しかないが……。
代表的なリンゴとハチミツ以外で聞いたことがあるのは……。
「……コーヒー?」
なんかよく言われていたような気がする。
『インスタントコーヒーがカレーの隠し味になるんだぜー!』とかなんとか。
コーヒーは昨年あたりから異世界でも流行るようになったが、インスタントコーヒーはないな。
残念却下だ。
その他に……ヨーグルト?
たしかにそういうのもあった気がする。
ヨーグルトであれば、サテュロスたちが作っている乳製品の中にあるだろうから用意は簡単だな。
あとで相談してみよう。
さらに意外なところでは……。
味噌。
なんか和風仕立てにしたい時にいいとかなんとか。
発酵食品全般は、まずプラティから始まってパッファに引き継がれ、今はその弟子であるディスカスが一手に担当している。
今や多くの発酵食品が、農場の発酵蔵で管理生産されている。その中に味噌もあるから分けてもらえばいい。
それから……、まだなんか記憶にあったような気がする……!?
そうその……、なんか……!
あッ、そうだビールだ。
ビールで煮込むと肉が柔らかくなるとか何とか。それと同じ要領でビールを入れても美味しいカレーができるという話を聞いた気がする。
そしてビールといえば酒!
酒といえばこの農場には酒のエキスパートというべき人と神のハーフ。
アイツも農場に住み着いてからワインにビールに日本酒、様々な種類の酒を生み出しているからビールの少しぐらい貰ったところで問題ないはず。
『酒を飲むこと以外に使うとは、酒に失礼ではないか!』とかひょっとしたら言うかもしれないが、何かまわんさ。
美味しくなることに間違いないんだからな!!
その他には……?
チョコレート。
ダンジョン果樹園にいるカカオの樹霊カカ王に相談すればいいか。
マヨネーズ。
あの禁断の調味料も、ウチのストックにはあるんだよなあ。
思い返せば色んなものがあるようになったものだ。
最初は何もなかった農場が、開拓して作物を増やしていき、色々な新顔が加入して彼らの得意なことを行ってますます多くのものが増えていく。
そうすることでどんなに複雑で、数多くの素材が必要な料理もこうして生み出せるようになっていった。
インスタントコーヒーはまだないが。
カレー作りはそうやって俺に、自分のこれまで歩んできたあれやこれやを思い出させるものであった。
これまで得てきたあらゆるものを結集して、この異世界農場カレーを完成させてみせるぜ!
「ふっふっふ……! となれば外せないものがあるのだなあご主人様よ……!」
「そ、その声は!?」
いつの間にやらヴィールが台所に現れていた。
……まあ、新作料理を作り出す時はいつも勝手に現れるヤツだから、今回は少々フライング気味だったというだけのことだ。
「隠し味! ご主人様のお求めはわかったのだ! ならば打ってつけがあるのではないか!?」
「もしや……!?」
「そう、おれ様のドラゴンスープなのだーッ!!」
やめろ!
農場でも一、二を争う危険物!
元々は美味しいラーメンを作るためのスープ原料として抽出されたんだが効き目が劇物すぎてアッという間に第一級危険物に認定された!
ドラゴンの成分は、人間相手には激烈な効果を与えて精神的に死ぬか爆発するかの二つに一つ!
そんなものをカレーに入れたらヤバいことになるだろうが!
絶対禁止! シッシッ!
『聖者様ぁああああッッ!! どうぞ私めを使ってくださいましいいいいッ!!』
さらに台所へ乱入してきたのは、ダンジョン果樹園に住む樹霊たちであった。
『リンゴのヤツばかりに活躍されるのは心外です! この柿の樹霊カキエモンにもカレーを美味しくする機会をお与えください!』
『なんの! このミカンの樹霊アルミカンがたちどころにカレーの味をまろやかにして見せましょうぞ!』
『いやいや! このバナナの樹霊ソンナバナナこそ……!』
様々な果樹に憑依する樹霊が我こそはと隠し味になることをアピールしてくる!?
さらには……。
『酒は万物の友!!』
乱入する酒神バッカス。
『カレーの隠し味になれるとはビールだけとは限らない! ワインだって、ニホンシュだって! 新たな味を授けてくれるに違いない! あと、みりん!』
そうやって酒をからっぱしからカレーに注ぎ込もうとするな!
樹霊たちも片っ端からカレー鍋に飛び込もうとするな!!
そもそもお前ら……!
そんなにアピールしたら隠し味にならないじゃないか!!
隠していない隠し味!
それが俺のカレーに押し寄せてくるぅうううううううッ!?
そして極めつけ。
『ここはすべてのフルーツの王、ドリアン・カイオウこそが美味しいカレーのために立派な隠し味となってくれましょうぞ!』
やめて。
ドリアンのお前こそ、本当に隠しようがない。






